第28話 エピローグ2
さて、高い方ですというざっくり指示でも辿り着けるのが山頂の良いところである。
多少怪しいところはあったが、ほどなくして山小屋に辿り着くことができた二人は、ずっと保留にしていた夕食を済ませ就寝と相成った。
湯を沸かす小鍋は食人カズラにあげてしまったので、ヨシュアには堅パンなど、そのままでも食べられるものを中心に食べてもらった。もちろんリリエリも少しは食べたが、今日の彼女のメインディッシュは主に苦い花、苦い草、苦い粉である。解毒作用を期待してのことだ。
湯がいてもない繊維質たっぷりの自然をそのまま食すリリエリのことを、ヨシュアはそういうものかとでも言いたげな顔で眺めていた。そういうもののはずがない。リリエリの眉間にえげつないほどに刻まれた皺が見えているとは思えない。
今後ヨシュアが単独で料理せざるを得ない状況になったときに酷い目に遭いかねないので、後できちんと訂正を入れておくことをリリエリは心中で決意した。今でさえ気遣い一つない動作で口に草や花や粉を流し込まれているわけであるからして。
ただ、こういった苦労のおかげか、翌朝にはリリエリの身体の痺れはすっかり解毒されていた。あとは下山するだけ……で済ませられないのがリリエリという冒険者である。
「亜毒竜の解体。月光鉄。カーシャライト。採ります」
今度こそ良い感じの段階で止めてくださいね、とヨシュアを重々言い含めリリエリは黙々と作業を進めた。なけなしの理性を振り絞ってミタマゴケとモス状鉱と亜アダマンチアの採取を諦めた甲斐もあり、二人は無事次の日の昼間には下山することができた。
もちろん本目的であったレッサーレッドも道中でばっちり回収。全部合わせるとちょっとした荷車が必要なほどの量となったが、ヨシュアはそれらを一人で軽々と運んでみせた。……リリエリを小脇に抱えたままで、である。リリエリは素直にドン引きした。彼への人間宣言はちょっと早まったかもしれないと考えたのもやむなしであった。
なにはともあれ。色々あったが。紆余曲折を経たとはいえ。
二人で受けた初依頼は、このようにして大成功という結果で収まったわけである。
□ ■ □
「……って感じです」
「…………うん」
一連の話を聞いたマドは、それきり長く黙り込んだ。依頼の達成を祝うべきか無茶な行動を怒るべきか、悩みに悩んだ末の無であった。
冒険譚の中に"邪龍憑き"としてのヨシュアの話は入れていない。本人がなんとなく言いふらされたくなさそうな雰囲気を醸し出していたためである。噂の内容を鑑みれば、親友であるマドが相手だとしても、誰彼構わず言っていいものではないと思える程度の分別はリリエリにもあるのだ。
ヨシュアは単純にちょっと常識がないけど滅法強い冒険者だったという体にし、ついでに危険そうな場面もそれとなくカットしたダイジェスト版をマドにご提供したわけなのだが、彼女は依然として非常に険しい顔をしていた。
「本当は危険なことなんて一個もやってほしくないんだけど」
「………はい」
「リリエリは、冒険者だもんね」
都合の悪い部分を端折ったことは確実にバレていそうだったが、最終的にマドは何も言わないことを選択したようだ。褒めもしないが怒らない。それがマドなりの最大限の優しさなのだろう。
ちなみに現在リリエリは、マドによってギルド二階の小部屋にて治療を受けている最中であった。右足と腹部を真っ赤に染めて帰還したものだから、あわや卒倒しそうになったマドによって半ば無理やり押し込められたのだ。
リリエリのソロ活歴は伊達ではない。そもそも怪我をして戻ってくること自体が珍しく、今回の出血量は青天の霹靂もいいところなのである。
おまけにB級下位の範囲ではとても入手できそうにない素材をしこたま持ち帰ってくるものだから、リリエリとヨシュアがどんな行動をとったのかはマドの目からは明らかであった。親友としても、ギルド職員の立ち場としても看過できない行動だ。即説教である。それもつい先ほど終えたところだが。
「それで、件のヨシュアはどうしたの? まだギルドに戻ってきてないようだけど」
「え? 戻ってないんですか?」
「……一緒に帰ってきたわけじゃないんだ?」
「ええ。途中で別れたんです。用事があるって言ってました」
「用事ねぇ。……まぁいいや。リリエリからも伝えておいてね。等級以上の危険地帯に立ち入るのは禁止行為です、って」
ヨシュアへの言伝に見せかけてリリエリへ深く釘を差した後、それじゃあまた、とマドは仕事に戻っていった。
マドのいなくなった部屋はまるで一回り大きくなったみたいに寂しい。手持無沙汰になったリリエリはごろんとベッドに転がった。その衝撃で腹部にじんわりと痛みが走るが、明日の朝には傷が残らない程度までは回復できる見込みである。
「ヨシュアさん、まだ戻ってないのか……」
ヨシュアとはナナイ山岳麓の小転移結晶前で別れた。用事があると言っていたが、その内容は詳しくは知らない。この世の事柄のほとんどに執着がなさそうなヨシュアが用事と言うのであれば、きっとそれはさぞ重要なことなのだろう。そう思うと追及するのも野暮というものだ。
とはいえ、ヨシュアたちが下山したのは昨日の昼間である。一夜が明けて、未だにエルナトギルドに顔を見せていないというのはいささか心配であった。一体どんな用事だったのやら、自宅に戻って着替えをする程度ではこんなに遅くはなるまいに。
なにかギルドに来たくない理由でもあるのだろうか。……その考えに思い至ったとき、ふとリリエリの頭にあの時のヨシュアの言葉が蘇った。
パーティを解消したいとは、思わないのか。
……まさか。
いや、だってあの時リリエリは確実に否定したはずだ。解消する理由はないと。そしてヨシュアもそれに納得してくれたように見えた。
それからは一度だって解消の話は出なかったから、それきり話はついたのだとばかり思っていたのに。
リリエリは自分の放った言葉を思い出した。"パーティを解消する理由はないですね。少なくとも、私の方からは"。
……ヨシュアの方からは、理由があるのだろうか。 自分のことを化物だと思っているから? 存在するだけで周囲を腐敗させるだなんて噂があるから?
このままヨシュアがギルドに戻らなければ、それは事実上パーティの瓦解を意味する。ヨシュアの素性なんて何一つ知らないし、彼がそのまま出身地のトーヘッドに戻るとも思えない。ヨシュアが行方をくらませてしまったら、リリエリには彼を追う術はない。
もし、もしこの想像が真実であるなら。リリエリになんの相談もなく、勝手にどこかへ行ってしまったというのなら。
「ヨシュアさんは、やっぱり馬鹿な人です」
「すまない。心当たりが、あまりないんだが」
……心臓が飛び出るかと思った。
声の方向は部屋の入口だ。聞き覚えのあるダウナーな声、ドアを開けているのはここ最近ずっと見ていた細身のシルエット。見間違えるはずもない。服こそ着替えているものの、全体的に健康が悪そうなこの人間は、間違いなくヨシュアだ。
「の、ノックくらいしてもいいんじゃないですか」
「俺に言及していたから、気づいているのかと」
この人、耳も良いのか。
迂闊なことは言えないな、とリリエリは独り言を聞かれていた気恥ずかしさをなんとか反省に昇華した。あまりに驚いたもので、腹も足もそこそこの痛みを訴えている。だが、まぁ、それくらいはいいのだ。だってヨシュアは確かにここに戻ってきてくれたのだから。
「心配してたんですよ。もしかしたら、もう帰ってこないんじゃないかと」
「なんでだ。俺たちはパーティなんだろう」
変なことを言うんだな、と言うヨシュアの声は穏やかであった。なんなら笑みすら含んでいるように思うのは、リリエリの都合のいい勘違いなのかもしれない。
「やっぱりヨシュアさんより私の方が馬鹿なのかもしれません」
「俺にはそうは思えないが。……それより、次はどこに行く? 二本目の杖も無くしてしまったし、金も素材もまだ足りていないだろう」
次。その単語に、リリエリはパチリと瞳を瞬かせた。
そうだ、まだ次がある。ヨシュアとなら行ける。遠いところも、高いところも、深いところも、どんな冒険だって。
「……アテライ、なんてどうですか」
「いいな。そこに行こう」
ところで、アテライってなんだ。
即答しておいてそんなことを言うヨシュアに、リリエリは思わず苦笑した。ヨシュアらしい言葉だ。だからこそ、二人はパーティを組むことができたのだろう。
部屋にある椅子をヨシュアに示しながら、リリエリは思案した。
さぁ、なんの説明から始めようか。
第一章 完
____________
これにて第一章完結となります。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
よろしければ☆や感想などいただけると大変励みになります。よろしくお願いいたします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます