第18話 抑止力不在2


「では私はこれからレッサーレッドの採取を行います。ヨシュアさんにはその間護衛をお願いしたいんです、けども、」


 魔物除けの結界を張り、昼食をとり終えた二人は今後の動きについてのすり合わせを行っていた。

 端的に言えば、リリエリが採取作業を行い、その間ヨシュアがリリエリを護衛するという流れである。が、どうもリリエリの歯切れが悪い。


「日中はこの辺りに魔物はそう出ないと思うんです。日当たりもいいし、森から離れた場所を採取場所に選びましたから。でもそうなると、ヨシュアさんはかなり、その、暇な時間になってしまうんですよね」

「暇であることは構わない。なんなら採取を手伝おうか」

「いえ、そこは分業しましょう。私は戦闘の手伝いはできません」


 例えばここから日の出ている間ずっと作業を行うとした場合、時間にしてざっと四、五時間。この作業中ヨシュアに護衛をしてもらう形になる。見晴らしの良いこの場所に魔物の危険はほとんどなく、かといって完全に気を抜くこともできない時間は、きっととても手持無沙汰なものとなる。


 採取任務中の時間の使い方は、他者とパーティを組むうえで考えなくてはならない大きな壁だ。採取する者、護衛する者、体を休める者を順にローテーションするのが基本となるが、戦闘の出来ないリリエリをその輪の中に組み入れることはできない。リリエリを除くメンバーで戦闘と休息を交互に取ってもらうというのは一つの解決策にはなるだろうが、そもそも採取にあまり時間をかけるのは好まれることではないのだ。一か所に留まるのは危険なうえに、魔物狩りと比較して大した旨味もない。


 リリエリは採取が好きだ。無心で、黙々と、ただひたすらに目の前の物事に集中することが好きだ。

 安全が担保されている限り、自分の体力が持つ限りの時間採取し続けたい。叶うなら目の前に広がる草原の全てを根こそぎ採り尽くしてしまいたいとすら思う。


 だがそれは他人と行動を共にする上では許されないことだった。戦えない自分のデメリットを補ってもらえるだけでありがたいのに、それ以上は求められない。求めるべきじゃない。


「今回の依頼の最低ラインはこの麻袋二袋分です。二時間程度でいっぱいになると見込んでいます。多ければ多いほど報酬が増えるので、以降も可能な限り採取を行いますが、……もしヨシュアさんが何らかの理由で切り上げたいと思ったら、そこで作業を終了にします」

「何らかの理由、というのは」

「魔物の対処が難しくなりそうだったり、空腹を感じはじめたり、なんだか暇だなと思った時です」

「なんというか、そんな理由でいいのか。その、後半の方とか」

「構いません。ここまで連れてきてもらえるだけで私にとっては本当にありがたい話なんです。あんまり求めすぎるのは罰が当たるってもんです」


 なので、この件に関してはヨシュアさんの選択がすべての決定権となります。


 リリエリはそう締めくくった。これは誰かとパーティを組むにあたって自分の中で定めたルールだ。

 なるべく他人の行動を阻害しないこと。戦闘の出来ない底辺冒険者の自分が、どうにか冒険者を続けていくための処世術。……それでも、リリエリとパーティを組み続けてくれた冒険者は、今まで現れなかったわけなのだが。


 ヨシュアはそんなリリエリの話を、大層微妙な顔で聞いていた。あまり表情が変わらないので機微を読み取るのは難しいが、不安だったり心配だったり懸念だったり、とにかく楽しい感情ではなさそうだ。それでも、少しばかりの時間をおいた後、ヨシュアは頷いた。


「わかった。帰りたいと思ったら、その時には声をかける」

「お願いします。作業中の安全が守られるのであれば、その間ヨシュアさんはどんな行動をしていてもかまいませんので」

「うん。アンタも、何かあったら声をかけてくれ」


 採取作業についてはこれで合意が取れたとリリエリは思った。もちろん、ヨシュアもそのように思っていただろう。

 ただし、本件に関しては双方にそれぞれ見落としがあった。


 リリエリはこう考えていた。ヨシュアが止めたいと思った時が作業を止めるタイミング。きっと良い塩梅のところで止めてもらえるのだろう。つまり、逆に言えば、止められるまでの間はずっと作業を続けてもいいはずだ。

 ヨシュアはこう考えていた。採取任務はほとんどしてこなかったからわからないが、量が多ければ多いほどいいのだろう。たぶん。


 リリエリは見誤っていた。S級冒険者のS級冒険者たる所以を。

 ヨシュアは見誤っていた。戦えない冒険者がそれでも冒険者の末席に収まっていられる理由を。


 リリエリの堅実さ、実直さ、そして忍耐。

 ヨシュアの桁外れの体力、それから常識と意思の欠損。


 これらの要素は最悪あるいは最高の形で手を結ぶこととなる。


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