女神候補生とヤバい相棒5(KAC2024)

ファスナー

女神候補生とヤバい相棒5

目が覚めるといつもと変わらない天井。


僕はベッドから起き上がり、鈴を鳴らす。

柔らかな笑顔を絶やさない女中メイドのマリアが着替えと朝食を持ってきたので、着替えて朝食を摂る。


「テンペスト様、マナーの時間ですよ。」

いつものようにマリアから貴族としてのマナーを教わる。


「テンペスト坊ちゃん、お勉強の時間です。」

いつものように眼鏡をかけた目つきの鋭い侍女メイドのヨアンナから国語や算術や歴史といった勉強を教わる。


「テンペスト様、体術の時間ですぞ。」

いつものように前髪をメッシュにした髪が特徴的な執事バトラーのキースから体術を教わる。


10歳の子どもにはハードなスケジュールだが、それがアルセトン=テンペストの日常だ。


■■■


僕の生まれたアルセトン家はマルナー王国が建国した頃から続く歴史ある貴族。

かつて侯爵家だったらしいが、父の4代前の話であり、今はしがない貧乏子爵家。


貴族というのは何かと金がかかる。

平民たちと一線を画すため、高価な服を身に着ける必要がある。

決して平民たちが着ているような安服を着てはならない。


それに使用人や私兵を雇う人件費も馬鹿にならない。

まぁ、そこを疎かにすると領地経営なんてできないんだけど。


貴族は経済活動だけでなく政治活動も必要になってくる。

といっても、しがない子爵家に発言権がある訳ではない。

あくまで国や寄親の無茶ぶりに対応して貴族社会に波風を立てないようにするのが弱小貴族の政治活動だ。当然それに伴って資金が必要になってくる。貴族のパーティなんか最たる例だ。


そういった支出が多くあるため、我がアルセトン家は万年金が無い。

とはいえ、両親は次代の育成にも力を入れており、教育にお金をかけている。

ただし、三男である僕以外。

その理由は主に2つ。


1つは生まれの順番。

いずれアルセトン家を継ぐ長男のドライゼル、長男の補佐で何かあった時のスペアである次男ヘイルはしっかりとした教育が必須であるため、家庭教師を呼んで十分な教育を受けている。

一方、家督を継がない三男の僕は家庭教師はついていない。


もう1つは魔力。

青い血が流れていると言われる貴族は平民よりも多くの魔力を保有している。

魔力量の多い子を持つ貴族は価値が高くなる。


マルナー王国では8歳~10歳の子どもは魔力測定を受けることが義務付けられており、アルセトン家では8歳の誕生日に魔力測定を受けることが通例となっている。


ドライゼルもヘイルも貴族の平均以上の魔力を保有しており、それを知った両親は満面の笑みを浮かべていたらしい。

一方で、僕は残念なことにほぼ魔力を持っていない。

初級魔法を一発撃てばすっからかんになってしまう程度のしょぼい魔力量に両親は失望したようだ。


その結果、僕は8歳の時から放置されるようになったことで、当時の僕は子どもながらに危機感を抱いた。


貴族としての体裁を大事にする両親の事だ。

成人である15歳を過ぎれば廃嫡されて家から追い出される可能性が高い。


このままだとマズイことになると気づいた僕はすぐに行動を起こした。

とりあえず、廃嫡される15歳までに一人で生きていけるだけの力を身につけないといけない。


僕が目を付けたのはアルセトン家に仕えている使用人達だ。

彼らの中にはアルセトン家の運営を担っている優秀な人材が多数いる。

だから、教育を受けていない僕は彼らに師事することにした。


とはいえ下手に両親に知られてはマズい。

だから、使用人の中でも裏切る可能性がある者は除外する必要がある。


僕は使用人達を見極めなきゃいけない。

最初はそれができるか不安だったけど、杞憂に終わった。


理由は説明できないけれど、裏切る可能性のある相手、信用できない相手が直感的に分かったからだ。


こうして僕が師事したのは女中メイドのマリア、侍女メイドのヨアンナ、執事バトラーのキースの3人だった。


こうして、僕は家族に内緒で師匠たちから教育を受ける日々が始まった。


■■■


その時は突然訪れた。


「テンペストよ、お前も10歳になって久しい。

 そろそろ貴族としての外遊も学んでいかねばな。

 この間、隣領が転封されて新たにエイテル子爵が治めることになった。

 私は彼とは旧知の仲であるしぜひ挨拶に伺いたいのだがな。

 知っての通り、お前の兄ヘイルが魔法学院に入学するにあたり私たちも王都に向かねばならん。

 そこで、お前には私の代行としてエイテル子爵に挨拶に伺ってもらう。

 なに、心配はいらん。私の書状も持たせるし、有能な者を付けておく。」

父に呼び出された僕は執務室に入るなりそう告げられた。


「承知しました。謹んでお受けいたします。」

領主としての命令は絶対だ。逆らう事など許されない。

だから僕はとりあえず形式通りに返事をした。



翌日、玄関の前には馬車が停まっていた。

恐らく父が手配したのだろう。


「「「初めまして、テンペスト様。よろしくお願いします。」」」

僕に挨拶をしてきたのは1人の御者と2人の女中メイド、3人の護衛だった。


彼らがエイテル子爵領に向かうメンバーなのだろう。

誰一人として顔も名前も知らない使用人だった。


「テンペスト様、ご準備が整いました。」

僕の知らない女中メイドがそう声を掛けてきた。


「ありがとう。それじゃあ、出発しよう。」

僕はふぅっと深呼吸をして馬車に乗り込んだ。


初日は馬車の揺れのひどさに酔いながらもなんとか無事だった。

しかし2日目の夜、それは起こった。


「と、盗賊だぁ。」

野営の準備をしていたところ、護衛の1人が青い顔をしてやってきた。

その報告を聞いた僕は思わず顔を顰めた。


「全員馬車に乗って。今すぐ逃げますよ。」

僕達は慌てて馬車を走らせた。

しかし、盗賊たちは馬に跨っており馬車はアッという間に取り囲まれてしまった。


「よう、お貴族様、夜にこんな道を通ってたら危ないぜ。

 ここいらじゃ、盗賊が出るって噂があるからよ。

 なんなら俺らが護衛になってやろうか?

 もちろんお代はいただくけどな。」


「お頭ぁ。

 それじゃあ、俺らが俺ら盗賊から護衛することになりますぜ。」

そのやり取りで周囲の盗賊たちがゲラゲラと下品に笑っていた。


そんな外の雑音を流しながら、チラッと横を見ると女中メイドの2人はガタガタと震えており、護衛の3人も顔色が悪い。


(盗賊たちが現れたのは偶然か必然か?

 少なくとも彼らは何も知らなそうだな。)


僕は意を決して馬車から外に出る。


盗賊たちを見渡すと、その中に1人装備が立派な男がいた。

恐らく盗賊のリーダーだとあたりをつけた僕は、男に問いかけた。


「あなた達はどこの貴族に雇われたの?」


「な、何を馬鹿なことを。たまたまお前らを見つけただけだ。

 第一、俺達は貴族嫌いなんだよ。」

リーダーは顔を真っ赤にして否定していた。

だが、分かりやすい反応は肯定しているも同じ。


「やっぱり、貴族の仕業なんだね。

 アルセトン子爵?寄親のトルエン伯爵??

 それとも他にいるのかな??」


「なんのことかさっぱりわからねぇな。」

リーダーははぐらかしているつもりだろうが、目が泳いでしまっている。

どうやら父は僕を排除するために実力行使に出たらしい。


「じゃあ、もう1つ質問。

 僕達の有り金をすべて渡せば命だけは助けてくれる?」

その言葉を聞いたリーダーはふっと優しい顔になった。


「なんだ。話が分かるじゃねーか。その通りよ。」


「ほ、本当に助けてくれるのか。」

リーダーの言葉を真に受けた護衛が馬車から降りてきた。


「もちろんだ。俺達だって鬼じゃねー。

 もらうもん貰ったらすぐにここを去っていくさ。」

にかっと笑うリーダー。


「悪いけど、僕に嘘は通じないよ。

 あんた、嘘つきだね。」

は盗賊のリーダーに向かって不敵に笑う。


(この世界もクソだな。

 あの女神に踊らされてるようで癪だがせっかく転生したんだ。

 ここでも暴れてやるよ。)


「あ”っ、なんだガキ。

 貴族の子だからって調子に乗ってんじゃねーぞ?

 碌に魔力も持ってないくせによぉ。」


「語るに落ちたな、三下が。

 の魔力が低いことを知ってるのは家族くらいのもんだ。

 ってことはあんたの依頼主はクソ親父ってことだな。」


「チッ、これだから頭のいいガキは嫌いだぜ。

 おい野郎共、さっさと殺して引き上げるぞ。」

リーダーの言葉に呼応するように盗賊たちが動き出した。


飛び出してきた護衛は「嘘だ」と呟きながら放心していて使いものにならない。


「ソロで2年でA級冒険者まで登りつめたフィルシード=ストーム様を嘗めんじゃねーぞ。」

は護衛の腰に着けていた剣を抜くと獰猛な笑みを浮かべながら盗賊たちに駆けていく。


■■■


「全く野蛮で非常識な男ね。

 前世の記憶フィルシード=ストームを思い出したからといってまさか1人で盗賊たちを倒してしまうなんて。」

ブツブツと文句をいいながらも、女神候補生の姫柊ゆかりはにんまりと笑っていた。


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