第3話 聖戦前の休息
(何時間過ぎたかもわからない。もしかしたらまだ数分…数十分しか立ってないのかもしれない。 少しの時間でいろいろなことがありすぎた。)
(起きなくちゃ。 起きてみんなの声が聞きたい。)
ゆっくり目を開けると天井の明かりが眩しい。
私は周りを見渡した。 するとそこにはレンとトオルがいた。
「ティナ…! おい! みんなティナが目を覚ましたぞ!」
「ティナ! ティナ!」
意識と視界がはっきりしてきた。バニラも私の頬を舐めていた。
奥にいるのは紛れもなく私がよく知っているイオリとヒマリだった。
「ティナちゃん…。」
「ティナ…。」
「こんな形でまた会えるなんて思っていなかったよ…。」
「ヒマリが泣きじゃくりながら私に寄り添ってきた。 痛かったよね。 辛かったよね。 ヒマリが言った。」
トオルも口を開いた。
「ティナここは俺の家の地下だ。 もう大丈夫だ。 やつらはここまではわからない。」
(私はすぐに状況を把握した。 この2人があの場を助けてくれたこと、レンたちが私を運んでくれたこと。)
「みんな心配かけてごめん。 私のせいでこんな目に合わせてしまって。」
「気にすんな 生きていてくれて本当に良かった。」
「そうだよ! 撃たれたときは本当にもう駄目だと思ったんだから…。」
「イオリ…ヒマリ…」
『ティナ君、目が覚めたかい?』
「イオリのお父さん…?」
(そういえばイオリのお父さんは医者だったっけ…。)
私の腕には点滴が付いていた。
「ティナ君は幸い足の傷は大したことなかったよ。 トオルくんの方も貫通してくれていたおかげで大事には至らなかった。いつも通り動かせるはずだ。」
「よ、よかった…。」
(私は心配だった。 トオルが撃たれたとき私は自分を制御できなくなっていた。 失った気分になったからだ。 失う=死と認識してるのは確か。 これが未来の私が経験したことだとしたらあの場面でトオルを死なせてしまったことになってたのかもしれない。)
(でもトオルはちゃんとここにいる。 守れたってことなんだと思うようにした。)
私はまだ虚ろな状態ではあったけど、みんなとこれまでの状況を話し合った。
するとイオリのお父さんが真っ先に口を開いた。
「最初に確認だが、ティナ君が過去を見ることができるという理由で組織の連中から狙われてるということなんだね?」
「は、はい。」
「組織がそれについて都合が悪いと言ってたのは本当かね?」
「はい。 私が逃げ出す時に黒い服を着てた人たちが話してました。」
私はこれまでの事、そして私の身に起こってることをすべて話した。
「…」
イオリのお父さんはしばらく沈黙になった。
「ティナ君、レン君、トオル君 ヒマリ君 これを見てくれたまえ。」
「な、なんだよ…これ…」
「私は腰を少し起こしレポートのようなものを見た。」
そこにはとんでもないことが書かれていた。
【この国は今月をもって日本ではなくなる。 新しい国として動き始めると書かれていた。】
恐ろしいのはその次の文だった。
【もしそれに反対する者、抵抗する者は国民と認められず、抹殺するとのこと。】
【ただし、従えば命の保証と快適な生活を約束する。 この計画が始まったと同時に武装なども許可する。】
【抵抗するものは市民同士であっても武器の使用を許可する。
従うものは名乗りでよ。 これは国の命令である。 8月3日 開戦。】
「なに…これ。」
「これは一般市民に配布されたもので僕はこれを1ヵ月前に受け取っていた。」
「最初は何かの冗談だと思っていたよ。」
「ただ冗談ではすまない出来事が君たちが撃たれた日の前日にわかった。」
「僕は医者としてその日は普通に診察していた。 そうしたら急に組織の人間が私の元にやってきて、僕を優先的に基地へ運ぶと言い出した。」
「俺の父さんはどうやら政府の人間にとっては必要みたいで俺たち家族は優遇されるって話だったんだ。」
「そう。 医者とか国に関わる人間っていうのは代えがきかないって言われてるんだ。 そこでやつらの話をこっそり聞いてみたんだ。」
「そうしたらティナって女の行方を探しているって話を聞いちまったんだ。 すぐにヒマリに連絡してこのことをすべて話した。」
「そう。 その時、ネットでいろいろ見てたらティナが政府から狙われてるって書き込みを見つけて私たちはティナにメールを返さなかった。 ううん。 返せなかった。」
「だから私のメールに返事がなかったんだね。 でもなんで私たちの地域にはこのことが知られてなかったの?」
「…」
レンが答えた。
「俺もさっき調べたんだが、俺たちの住んでる地域にはギリギリまでこの情報が流れていなかったみたいだ。 ネット情報なんか半信半疑な部分もあったからな。 まさか本当だったとはな…。」
「そういうことだ。 ティナ君の件に関係してると思った僕は トオルくんに暗号メールを送っておいた。」
【水ん流せなさきり山ん下ろ。 9時ぬ待て。】
「シーザー暗号ですか?」
「そう。 一文字ずらした文面のことだ。一文字ずらすと」
【水を流すとこから山を下れ。 8時に待つ。】
「こうなる。」
「そしてこのメールは組織のやつらにも読まれていたようだ。」
「単刀直入に言う。 僕たちは組織を完全に敵に回してしまった。 これからは普通に生きていくことは間違いなく出来ないはずだ。」
「ええ、わかっていますよ。 俺は死ぬ気で逆らい続けてやる。」
「レン。 俺はじゃねえだろ。 俺たちだ。」
「ええ そうよ! イオリも同じ気持ちだよね?」
「当たり前だろ。 ダチが命を狙われているのにほっとけるわけがねえよ。 それに何が新しい国だ。 俺はそんなもん認めねぇからな。」
「みんな…ありがとう。」
イオリのお父さんが少し微笑ましい顔になったと思ったら顔つきがすぐに変わった。
「よし。僕も大人として全力で抵抗する。 それでまず外の状況なんだが…」
イオリのお父さんは見せたいものがあるらしくみんなに説明した。
「まず外の状態をまず見てくれ。」
イオリのお父さんがスマホから外の映像を見せてくれた。
周りは火事になっていたり、人々が逃げ回っている様子が映し出されていた。
ひでぇなぁ…。 こんな光景 映画でしかみたことがねえよ。 まるで公開処刑だな。
どのチャンネルも全部死んでるが、特別に用意された国放チャンネルというものが設けられたようだ。
「本当に人間なのかこいつら…。」
「殺し合ってる…。」
私はその画面をぼんやり見ていた。
(そう、人というのはあっけなく そしてもろい。 時には残酷にもなる。 見慣れていない光景でも何も思わなくなってしまっている自分がいた。)
「これが今の外の状態だ。 そしてこれが、さっき国が発表した国民たちの支持率だ。」
「う、嘘だろ… そこには8割 いや9割の人間がこの意味が分からない計画に賛成しているってことだ。」
「終わってんな。」
「昨日まですれ違ったやつ、学校の先生、もしかしたら俺たちの親までもが殺しにかかってくるってことか…?」
(今の私にとってこの程度そんなにビックリすることでもない。 何故なら元から人なんて群れて生きているようなもの。 対複数人だったら絶対に複数で強くなれる方に立つ。 こんなのネットの世界でも普通にあった。 誰かが常に傷つけ合い、平気な顔で偽善者ぶって普段の日常を生きている。 口では助けたいだの、守りたいだの言っていても結局は裏切る生き物。不利になると強い方に立ち、過ちを何度も繰り返す。 挙句の果てに最後にはそれが本当に正しい選択だったと御託を並べるんだ。 この映像に映って滅茶苦茶しているやつが正にそれだ。国からの成果を上げたい、認められたいとその為には平然と人の事を複数人で簡単に殺したりして 勝った気でいる。これが正義だと言わんばかりに。私はこんな屑共に負けない。 ここにいる大切な仲間にも手を出させない。 これが本当に求められている世界ならばこんな国を捨てて私は自分の国を作りあげてやる。)
「そうなるね。 これからもっと大勢の人たちが殺し合い、大切なものを奪い続ける。私がこんなやつらすべて殺してやる。 戦いはもう始まっているんだから。」
「あれ…?」
「おい。 ティナ大丈夫か? 」
「いや… 私そんなこと。」
【大切なものを奪うやつなんて生きてたって意味がない。 何かを守るためにみんな必死に生きようとしている。 それを奪うやつは私がすべて壊してやる。】
「ごめん。まだちょっと疲れているみたい…。」
「そ、そうだね。 ティナちゃんの言っていることが正しいよ。」
「そうだな。 おれらは現に殺されかけた。 向こうがその気ならこっちも抗うまでだ。」
「そ、そこでだ、1割でも同じ考えの人たちがいるならば希望を捨てちゃだめだ。 僕は医者だ。 人を直すことしかできないが、1割の人間でも治療する目的が残っている限り 父さんもみんなの意見に賛成する。 だが、無茶はしないでくれ。」
「ええ、わかっています。」
「とりあえずここもいつまで持つか、わからん。 今は少しでも休んで今後の計画を立てるとでもしよう。」
「はい。」
(みんなは少しでも今後の為にいつ襲われるかわからないこの地下室で仮眠を取ることにした。))
「ティナちゃん…起きてる?」
そう言ってきたのはヒマリだった。
「起きてるよ。 眠れないの?」
「うん。 それもそうなんだけど、 ミナちゃんの事覚えてる?」
「…」
「う、うん。」
「さっきミナちゃんがティナちゃんを売ったとか裏切ったとかレンくんが言っていたけどそんなことないって信じているよ。」
「わかってる。私もそんなことないって今でも信じてるから。」
「うん。よかった。」
「だからもし生きているなら 絶対会えるはずだから その時確かめてみる。」
「うん。昔あんなに仲良かったのにこんなことになるわけがないって思っているから。 そしてミナちゃんも私たちを助けてくれるって思っているから。」
「…。うん。」
(ヒマリはどんな結果になっても信じようとしてる。 私だって…。本当は心の底から信じたい…。 でもじゃあなんで姿を見せないの? ううん。大丈夫。 信じられなくなったら終わりだ。)
「じゃあ、ティナちゃんも、もう少し休んでね。」
「うん ありがと。ひまり。」
そして朝がやってきた。 地下だから朝なのか夜なのかもわからない。
唯一 時計が朝の9時を指していた。
どうやら地下はまだばれていないようだった。 地下なのもあり外の音などは一切聞こえてこない。
「みんな起きているか?」
「はい…。」
(みんな寝不足みたいだった。)
(まともに寝れるわけがないよね。 わたしも簡易的に治療しているだけだから傷口がまだ痛い。)
「朝食はこんなものしかないが、我慢してくれ。」
イオリのお父さんがスープとパンを出してくれた。
今朝はみんな食欲はあったようだ。 食事が今一番 気を休められる時間と言ってもいいくらいに。
「バニラ ごめんね。 こんなことに巻き込んじゃって。 これお食べ。」
私はちぎったパンをバニラに与えた。
「ワン! ワン!」
「シー! 大きい声出しちゃだめ!」
「はは、大丈夫だよ。水もある程度はあるから安心してくれていいよ。 それにここの地下は防音でまったく外には漏れないから。」
「はぁ…。 とりあえずご飯食べたらこれからどうするか考えないとな。」
(でもみんな何も思い浮かばなかった。 浮かぶわけがないが正しい。 まだ16歳でこんな境遇にあったのにすぐにどうするか決められる方がおかしい。)
みんなも最初は意気込みがあったけど 時間が経てば経つほど不安に駆られていった。
私は居ても立っても居られなくなり、口を開いた。
『みんな…ここを出よう。』
…。
するとみんなが私を見た。
「ティナはこれからどうしたいんだ?」
「まずはミナを探す。 手掛かりだけでもいい。 そして最終的には組織がやろうとしていることを食い止めたい。」
「そうだな。 俺もティナの意見に賛成だ。こんなとこで野垂れ死ぬなんてありえねぇ。」
「私も。 ミナちゃんは絶対生きている。 そしてこっち側でいてくれているはず。」
「よし、決まりだな。 父さんここを拠点に使えないかな?」
「僕もここなら対して広くはないが、避難所として治療もできるはずだ。」
「そうだね。 もしもの時戻れる場所がないとまずいよね。 わかりました。 おじさんはここを拠点に残ってもらえますか?」
「ああ、任せてくれ。 君たちも傷ついたらいつでもここに戻ってこい。 絶対死ぬなよ。 くれぐれも気をつけてな。」
「ええ、もう大丈夫です。 じゃあ準備して12時に出発しよう。」
「ティナちゃん これサイズ合うかわからないけど 服と靴持ってきたからこれに着替えて。 私のだからサイズが合うかわからないけど。」
「ヒマリありがとう。 じゃあ早速着替えさせてもらうね。」
「っておい! ちょっと待て! ここで着替えんなって。 俺らがいるって!」
「え? あぁそうだったね。」
「もうティナちゃん女の子なんだから 見せちゃだめだよ!」
「昔からよく着替えなんて恥じらいなく見せてたからつい…。」
「もうおれらそこまで子供じゃねぇだろ。 あっち向いてるから。」
「うん。 じゃあちょっと待っててね。」
「ティナちゃん手伝うよ!」
「なぁ、トオル、イオリ。 ティナもヒマリも強がってると思うが、女の子だ。 俺たちでちゃんと守ってやらなきゃな。」
「わかってる。 ヒマリはともかく ティナは精神的にも今は不安定なはずだ。
ちゃんと見ていてやらねぇとな。」
「おう。 ミナも生きててまともに話せる状態ならいいんだが、万が一は備えとかないとな。
そうだな。」
…
「はい! 出来たよ! 男たちもういいよ。」
「へぇー。 ティナ似合ってるな。 なんていうかかっこいいわ。」
「なんか恥ずかしいな…。 こんな服滅多に着ないし。 でも動きやすい。 ありがとうヒマリ。」
「よし女たちは準備出来たようだな。 お前らは出来てるか?」
「ああ、出来てる。」
「じゃあまずやるべきことはオヤジさんから説明してもらえますか?」
「わかった。 僕もはっきり言うとミナ君の居場所はわからない。だが国家側にいるっていうなら情報は組織の誰かが持っているはずだ。 国を止めるってことに関しては正直な所、僕たちだけでは流石に無理だ。 もっと大勢の勢力がいるだろう。 僕はここから君たちをナビケーションする。」
「なるほど。 反対側の人たちを探して協力し合うってことですね。」
「そうだ。 それとまずこの地図を渡しておく。 スマホの使用はこちらの居場所がばれてはいけないからよっぽどじゃない限り使用は控えた方がいいだろう。 なるべく場所なども地名ではなく僕たちしか知らない言葉で会話した方がいい。」
「わかりました。」
「よし、それでまずここが現在地。 ここの地下拠点がある場所をA地区のホームと呼ぶことにする。」
「そしてさっき僕の親友の医者から情報をもらったんだが、軍隊らしきやつらが巡回しているらしい。 もうほとんどの人が軍の車に輸送されたみたいだ。一般人に武器を渡してる姿も確認されているらしいから脅威は軍だけではないということはもうわかってると思うが、覚悟してくれ。 その僕の友人も君たちと同じで今も病院内で抵抗を続けているらしい。 それが、この大学病院だ。 もしかしたらかなりの数の同盟がいると考えていいだろう。 まず目指すならここだ。」
「了解です。 連絡は必要最低限に送ります。」
「ああ。頼む。 こちらも何か情報があったら君たちに送る。 このナイフを持って行ってくれ。 それから君たちを待ち伏せしていた奴らの銃だ。 こいつも持っていくといい。」
私たちは自分の手の倍はあるナイフと銃を受け取った。 これを使うということは息の根を止める前提ということ。 やらなければやられる。
銃の前ではおもちゃ同然のこのナイフでも使い方によっては銃に勝るはずだ。
そう。 ステルスして不意を狙えば問題ない。 軍とか組織には対抗できなくても武器を持った程度の一般人ぐらいならなんとかなるはずだ。 銃はよっぽどの時しか使えない。 銃声でこっちの居場所がばれるからだ。 だけど確実に仕留めるならこっちだ。
「よしそろそろいくか。」
「ええ。」
「じゃあドアを開けるぞ。」
ドアが開いた瞬間に眩しさと同時に銃声、火災、見たことがない光景が私たちの視界に入った。
でもそんなのは既に想定内だった。 この光景が当たり前のように私はみんなに声をかけた。
「いくよ。 みんな。 私たちの未来のために戦おう。」
みんな 頷き外に飛び出した。
【こうして私たちの戦いは始まった。 外はどうなっていて、今どれくらいの人が生きてるのだろう。 私たちと同じように戦おうとしている人たちはどれくらい、いるのだろう。 不安と恐怖でいっぱいになる。 でも昨日までの私ではない。 どんな現実が待っていてももう逃げない。 レン、トオル、イオリ、ヒマリ そして私はこの戦いにいま、宣戦布告する。】
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