今夜はごちそう

浬由有 杳

お題「トリあえず」

 新婚だってのに、もう復帰か。


 マットで靴の土を落とし、手袋を外して開錠する。

 ヘルメットを脱いだとたん、食欲をそそる香りが鼻孔に溢れた。


「おかえりなさい」


 愛しい妻がホッとした表情で出迎えてくれた。

 なんとか笑みを浮かべ、そっと華奢な体を抱きしめる。


「ただいま。これ、お土産みやげ


 遅ればせながらの同僚からの結婚祝いだ。


 手書きのラベルに、妻が怪訝そうな顔をした。


「米酢って?」


「本物の米のお酢。奥さんが試験場ファームに勤めてる奴がいてさ。一本分けてくれた」


「いいの?こんな貴重なものを」


「いいんじゃないか。品種改良が成功したってニュース、見ただろ?そのくず米で作った試作品らしい。味の感想を聞かせてくれって」


 何気ない口調で付け加える。


「明後日、防衛戦に復帰するよ」


 彼女は目を瞬かせて俯いた。が、すぐに、健気にほほ笑んでくれた。


「じゃあ、これを使ってもう一品増やすわね」


「いい匂いだな。夕飯は肉料理かな?」


「今夜はとっておきのごちそうよ。鳥以外の肉がネットスーパーに出てたから奮発しちゃった」


「鳥以外の肉って、まさか!」


 驚きのあまり声が大きくなってしまった。


「この前の遠征で生きのいいのが入ったそうよ」


 大戦後、世界そとは汚染され、食べられる植物は激減した。動物に至っては、どこかが放った細菌兵器ウイルスによってほぼ壊滅状態だ。


 生き残ったのは、強い免疫力を誇る大型鳥ダチョウとその免疫細胞でワクチンを作った人類だけ。


 戦後生まれの俺たちにとって肉とは人工肉ラボミートであり、極まれに手に入る天然肉とは大型鳥ダチョウ肉だけだった。


 ほんの数年前までは。


 今では合法的に買えるとはいえ、鳥以外の天然肉は庶民には贅沢品だ。


「とりあえず、お酢を使った肉料理を検索してみるわ」


 タブレットのアプリを開き、彼女は『天然肉トリ 酢 簡単』と打ち込んだ。


「あった。『トリ』。揚げた肉を酢と油でえたものね」




 夕食は素晴らしかった。


 メインの料理は、捕虜にんげん肉の、煮込みシチューと程よく揚げられた『トリ』。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今夜はごちそう 浬由有 杳 @HarukaRiyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ