Ep.329 秘境に至って
翌日になり、僕達は二日目の旅路を歩むことになった。
昨日に引き続き、鬱蒼とした森を進む。相変わらず視界は悪く見通しが効かない。
警戒を怠らず、僕達は慎重に歩を進めていく。
その日の夕方、山岳地帯への入り口が見えてきた。
鬱蒼としていた森を抜け、草原のようになった開けた場所に出た。
森の鬱屈から解放されて一息つく。
さらに進んでいくと岩肌が多く、起伏のある山岳へと景色は変わっていった。
精霊からの情報を得たデインの案内によれば、ここから秘境までは、人の身で行くには険しい道となりそうだという。
日も傾いてきていたので、本格的に山岳地帯に入るまでに野営をし、日が高くなってから進むことになった。
そして次の日、テントを片付けて僕達は出発する。
「これは道とは言えないな……。足下に十分気をつけていこう」
アズマの言う通り、足下には尖った石がいくつも転がっており、歩きにくい地形となっている。
その上斜面もあって、気を付けていないと足を踏み外してしまいそうだ。
途中岩肌に沿って行かねばならない場面もあり、いつもより時間を掛けて慎重に歩を進めて行った。
僕にとってはこの道は特に過酷だ。
片腕の状態で不安定な足場の上を登ったり降りたりしないといけないからだ。
もしバランスを崩してしまった時取れる行動が限られてしまう。そうならないように一歩一歩をしっかり踏みしめて行かねばならないと、足下に広がる崖下をなるべく見ないように進んでいった。
「……なあデイン。道は本当に合っているのか? とても道とは呼べぬのだが……」
断崖絶壁の岩肌道を抜けて、ほっと安堵の息を吐いたシエーデもさすがに心配になったのか、デインに向けて尋ねていた。
「…………」
デインはシェーデに顔を向けた後、こくりと頷いた。
目を隠している為表情や目線が分かりづらい。
「…………精霊の道……人の道……じゃない」
これはデインにしては長く話した方だ。
要約すると、普段から浮遊している精霊が通る道は、人が通る道ではない。足下が歩きにくかろうとも精霊には関係ないのだ。
……道を教えてくれるだけでも感謝しないと。
「……ならよサリア。飛翔の魔術で浮けば早えだろうがよ。なんでそれをしねぇんだ?」
険しい表情を浮かべて難儀していると、ウルグラムから声が掛かった。確かにそうすれば登り下りする必要もない。ウルグラムの言い分に僕は頷いて賛同する。
そんな僕達にサリアは眉尻を下げながら首を左右に振った。
「……地の祖精霊様がこちらにいらっしゃるならば、ここは祖精霊様の領域ということになるわ。飛翔の魔術を使ったら、その魔力を察知されて、外敵と誤解されてしまうかもしれないもの……」
「……チッ。面倒くせぇな……」
ウルグラムは舌打ちをしてそっぽを向く。……気持ちはわかる。
結局、険しい道のりをひたすらに進むしかないみたいだ。
飛ぶ事を覚えると、つい楽な方を望んでしまう。……僕も気を引き締めて行かないと。
「ははは……。まあこれも冒険さ。注意しながら先へ進もうか」
アズマが爽やかな笑みを浮かべると、僕達はそれに倣って頷いたのだった。
そうして僕達は険しい山岳地帯をひたすらに進んだ。
幸い魔物に遭遇する事はあまりなく、強力な魔物でも無かった為問題なく撃退出来た。
それよりも足場の悪さの方が脅威だったくらいだ。
時折休憩を挟みながら、険しい山岳地帯をなんとか突き進むが、慎重を期す道中が影響して、2日で辿り着く予定を大幅に遅れ、到着の兆しが見えぬまま辺りは次第に暗がりを見せてきてしまった。
この山岳地帯の標高はそこまで高いものでは無かったが、それでも肌寒くなるくらいには気温が下がる。
足場の悪い場所が続き、テントを張るのも困難な場所で、僕達はやむなく夜を明かさざるをえなかった。
せめてもの防衛対策に、サリアに結界を張ってもらい、時間とともに気温が下がってきたので、僕達は密集して体を休める。……ウルグラム以外は。
悪路を歩き通しで皆の疲労も溜まっていた僕達は、口数少なくその夜を過ごしていった……。
そして黎明が訪れた。
「祖精霊のところまで、あとどのくらいなのだ?」
野営を終えて朝食を食べ終えてから、シェーデがそう尋ねた。
「……もうすぐ」
デインは短く答えると少し歩いて山頂に立ち、行先の方向を指差した。
「……これは不思議な場所ですね」
僕は眼下に見える景色に思わず言葉が零れた。
デインが指し示した先を見ると、岩山に囲まれたその中心に、ぽっかりと空いた空間が広がっていたのだ。
周囲の岩山が、その開けた空間を外界から隠しているようにも見え、僕はあれが秘境に違いないと確信した。
僕達の状況はその秘境を望む為の一山を越えたところだったようだ。ここからは秘境へ向かって山を下りて行かなければならない。
「あそこに地の祖精霊様がいらっしゃるのね……っ!」
「そのようだね。ここからは下りて行かないといけないのか。さらに気をつけていこう」
サリアの言葉にアズマは頷きながら注意を促した。
目的地が分かると心が幾分か軽り、皆もやる気が漲ってきたようで皆は力強く頷いていた。
僕達は、降りられる場所を慎重に探しながら焦らずゆっくりと秘境を目指す。
かなり急な斜面を、僕は剣を突き刺して支えにしながら下りていく。
そして険しい山をようやく下り終えると、そこには山の景色に不釣り合いな、広がった空間が広がっていた。
秘境はさほど広くなく、地面には一面に青々とした草が生い茂り、所々に色とりどりの花が咲いていた。
そしてその空間の中央はまるで台座のように大地が隆起している。
……ようやくの到着だ。
僕達が秘境である空洞に到着したのは昼頃だった。
僕は足から伝わる平地の感触に安堵して額の汗を拭く。
「なんだかここ、落ち着くわね……」
サリアが周りを見渡しながら感慨深げに呟く。
僕はその言葉に同意するように辺りを見回した。
神秘的ともいえる風景に、自然と心が安らいでいくような気がする。
ふと、中央の隆起した台座の土壁に、キラキラしたものがあるのが目に留まった。
近づいてみるとそれが鉱石であることが分かった。
「地霊石だな。……触れるだけで分かるぞ。文句なしの高純度のものだ」
「じゃあこれがあれば……!」
シェーデも同じ物を発見したのか、そう言いながら近づいてきた。
僕は地霊石に触れてみる。
触れるとぽかぽかと温かい。鉱石の中に相当な魔力が含まれているようだ。
これならゼクストさんの要求に応える事が出来そうだ!
「――あれー? アズマじゃんかー。おっひさ〜!」
「――っ!」
不意に僕の頭上から、間伸びした明るい声が木霊した!
驚いて見上げると、そこには大きなモグラのような、ずんぐりとしたつぶらな瞳の獣が宙に浮いていた。
……というよりは、どうやら獣型の精霊というのが正しいようだ。
「やあ、地の祖精霊。久しぶりだね」
アズマは笑顔で片手を挙げて挨拶する。
地の祖精霊と呼ばれたそれは、アズマの顔を見て嬉しそうに笑い返す。
……これが地の祖精霊か……!
僕はその可愛らしい姿に和みつつも、アズマ達の方へ戻る。
「地の祖精霊様、久方振りですねっ」
「サリアも元気そうだね〜っ! 他の3人も、うんうん! 元気そうだ〜!」
うんうんと大きく頷いた地の祖精霊は皆を一瞥したあと、そのつぶらな瞳を僕に向けるのだった。
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