Ep.309 Side.R 目的と気晴らし

 帝都で待機状態の俺達は、その間鍛錬に力を入れていた。

 駆け出しの冒険者の参加者に向けた訓練もだが、俺自身まだまだ足りない。


 つーことで俺は俺でラムザッドやナタクに頼んで鍛錬をしていた。

 ヨルムンガンド戦の時の鍛錬とはまた一段と激しさを増した彼らとの訓練で、毎日ボロボロになる。


 ……どうやら黎明軍発足後、慣れない事務作業で鬱憤が溜まって、俺はその捌け口にされている……ってそれ八つ当たりじゃねーか!



 そいやこの前マルシェの姉を名乗る冒険者『夜の杯』が黎明軍に加入したっけな。


 姉のフェッティはマルシェと正反対の性格で、天真爛漫というか、いつも笑顔が絶えない。彼女の存在が、黎明軍の張り詰めた雰囲気を和ませる、いいスパイスになってるな。


 ……それになかなかのプロポーションの持ち主だしな……。仲間のミトって子もなかなかに可愛いし、俺の士気も増加傾向さ。



 ……と、煩悩を巡らすのはこの辺にして…………。


 俺は今日は一人城下に降りてやることがある。


 実家が俺の事を聞きつけて手紙を寄越してきたのだ。

 今日はその返事を出す。


 実家は一応帝国の貴族だ。

 帝国領の辺境に小さな領地を持ってはいるが、所謂貧乏貴族と言うやつだ。帝都内でそこまで発言力がある訳では無い。

 それでも親父は帝国貴族としての誇りを捨てない立派な人だ。俺は親父を尊敬している。


 俺はそんな家の5人兄弟の四男として生まれた。

 下には弟という、男兄弟というやつだな。

 家督は長兄が継ぐのは決まっていたから、俺は冒険者を目指したが、俺を許してくれた親父には感謝している。


 今回の手紙の主は次兄のゼイン兄貴だった。


 ゼインの手紙の内容は――――



 ――――息災で良かったよラシード。お前が勇者と行動を共にしているとは驚いた。


 お前には現状を伝えておこうと思って手紙を認めている。


 現在帝国では魔族の大侵攻が起こっている事はお前も知っているだろう。

 帝国領は防衛線が徐々に押されており、魔族が大陸北方の各地を侵略し始めている。


 現地の帝国兵だけでは魔族の侵攻は止められない。そこで辺境の我らにも召集が掛かったのだ。

 それを受けて親父と兄は兵を率いて出陣し、今は俺が留守を任されている。


 弟のネイジルはまだ齢13で家の事は任せられないが、一緒に戦うと言って、最近は毎日剣を握って稽古しているよ。お前にも会いたがっていた。


 親父と兄は前線へ行った。お前も魔族との戦いに向かうのだろう。もし親父達に会う事があったら、気遣ってやってくれ。頼む。



 お前は立派に成長したなラシード……。

 勇者クサビと行動を共にするなど、俺も鼻が高いぞ! 頑張れよ! お前の活躍はきっと親父と兄にも届いているだろう。


 俺はこの家を守る。だから心配するな。お前はお前の道を全力で行けよ。

 それをやり遂げたなら、その時は帰ってこい。親父や母さん、兄弟達も皆、そう思っている。


 武運を――――



 俺は兄貴の言葉に胸が熱くなったのを覚えている。


 そして俺は三通の手紙を認めた。実家のゼイン兄貴と家族に向けたもの。

 そして前線へ向かった親父『シグランス・アルデバラン』と長兄『ラグナス・アルデバラン』へ宛てた手紙だ。


 それを城下の郵便鳩屋へと預けた。

 無事に届いてくれればいいが……。



 俺は手紙を預けてから、少し城下町の中を歩いていた。

 ……すぐ戻って訓練に没頭するのもいいんだけどな。なんかフラッとしたくなったのさ。



 そして城下町の中を歩いて、自分が冒険者になる前の思い出に浸っていると、いつしか空は夕暮れ時の色になっていた。


 あちこちで冒険者たちが慌ただしく動いているのが目に入る。

 若い冒険者のパーティがギルドの方へと走っていく。きっと黎明軍に参加する為だろうな。


 ……もうすぐ俺らも戦いに出る。魔族に勇者がこの時代に居ないことを悟られないための囮となる為に。


 俺は一人黄昏れる。

 帝都も街の活気が落ち込んだ気がする。俺が冒険者をやる前に来た時はもっと活気で溢れていたものだがな……。

 先日の前線潰走の報告が影響しているんだろう。


 しかしここで暗くなっても仕方ない。俺はすぐに気持ちを切り替えて街をフラつく。

 気分転換も必要だ。そう思って俺は城下のある一角を目指した。



「あらぁ、カッコイイお兄さん? ちょっと遊んでかない〜?」

「うへ、うへへ〜」


 ここはとある歓楽街。もう辺りは夜だ。


 ……そう。気分転換は物凄く大事だ!

 ほらアレだ。自分への景気付けってやつだよ。うんうん。


 この為に時間潰してた訳ではないぞ。

 断じて! ……きっと! ……多分?


 それはそうと、今日の俺は完全に一人だ。俺を邪魔する者はいない……!


 俺は夢と魅惑溢れる、大人の歓楽街を胸を高鳴らせながら巡らせた。


 足を運んできたある裏通りには、そのテの店が立ち並ぶ。つまりここに居る男は十中八九目的は一つって訳だ。


 その店の前にはその道のプロのオネーチャンが立って俺に誘惑の視線を送ってくる。


 俺はその視線を華麗に躱して、好みのオネーチャンを吟味するべく、ゆーっくり歩く。


 ……別にここにいればモテてる気になるからとかそんなんじゃないぞ!

 断じて! きっと! ……多分……。



 しばらく歩いたところで、俺は一人のオネーチャンに目を付けた。


 肩までの長さの黒髪に、露出の多い服。


 フッ……その服装で男を誘っているのだろうが、俺にとっては――うん、めちゃくちゃそそるなッ!


 俺はゴクリと生唾を呑み、意を決してオネーチャンに近づいた。


 オネーチャンは俺が近づいてくるのに気付いて、流し目を向けてきた。


 そして艶やかな笑みを浮かべて口を開く。


「こんばんは。お一人でどうしました? ……可愛がって欲しいの?」

「いや……。その……ちょっと、良いかな……?」


 俺は少しどもりながらオネーチャンの方に歩み寄る。

 オネーチャンは妖艶な笑みを浮かべて、俺を誘う。

 そして俺はドキドキしながらオネーチャンに手を引かれ、その店の中へと導かれた……。



「さて……よろしくね? 私はティラよ」

「ラシードってんだ……っ」

「お兄さんは兵士さん? それとも冒険者さんかしら?」


 部屋に入ってすぐにティラがそう切り出したので、俺は緊張を悟られないように答える。


「ああ……。冒険者だ」


 ティラはベッドに腰掛け、俺の方を見上げて言う。


「この前の演説、凄かったわよね。あんな大々的な演説は初めてだったわ」

「……そうだな……」


 俺はティラの言葉を流すように適当に返事を返す。

 ティラはさらに続けた。


「勇者サマ達も参加してるんでしょう? 魔族なんて蹴散らしてくれたら、私達も安心なんだけどね……」

「……帝国は今危ない場所だろ。アンタはどうしてここに留まるんだ?」


 俺が訊くとティラは俺の顔を見上げながら答える。


「心配してくれるの? ラシードさん優しいのね」

「危険な場所から遠ざかるのは……不思議な事じゃないだろ?」


 俺はなんか恥ずかしくなって目を背ける。


「……出来ることならそうしたいわ。でも……できないのよ」

「……?」


 ティラの返答に首を傾げる俺だったが、それに続くティラの言葉に理解することになる。


「……病気で動けない妹がいるの。その妹の治療と養うためにお金がいる……。だからこの仕事をするしかないのよ。……ありふれたよくある話しよ」

「…………」


 俺は何も言えなくなった。

 ティラは眉尻を下げて笑うが、その目は笑っていない。きっと辛い想いをしてきたんだろう。


 ――クソ。鼻を伸ばしてたさっきまでの俺にムカついてきたぜっ!


 俺は立ち上がり、金貨を3枚ベッドに置いた。そんな俺にティラは驚いた表情で見上げる。


「ラシードさんどうしたの? それにこんなにたくさん……」

「ああ。アンタと話せて楽しかったぜ。その礼さ」



 ……これは俺の気まぐれさ。ティラの身の上を聞いて感化された哀れな男の一時の、な。


 そして俺はクールに去るぜ――――



「――待って」


 ……しかしティラに後ろから抱きつかれてしまった。

 当たる感触がなんかもう俺のクールさを破壊しようとしてくる。


「……していかないの?」

「――よろしくお願いしますッ!」


 耳元で囁かれた誘惑に、俺は無意識にも等しい反応速度で即答していた。


 そんな自分を情けなく感じながら、俺はティラに手を引かれて、やがて賢者へと至るのだった……。

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