第2章『再封印を成す為に』
Ep.301 火の祖精霊との邂逅
帝都リムデルタを発って2日が経過し、僕達はオブリム火口を囲む山脈の近くまでやってきた。
安全のため、ここからは地上に降りて徒歩での移動となる。
降り立った場所は、オブリム火口から伝う熱気の影響で、草木の生えない荒野だ。火口までまだ1日の距離が離れているが既に体感の気温は高い。
ここから進むに連れてさらにその熱気は増していくというのだから、これは過酷というには度が過ぎていた。
なんの対策もなく火口に向かうのは自殺行為だ。
「うん。やっぱりここは暑いね」
「……涼しい顔でよく言う…………」
地上に降り立ったアズマの第一声に、まさかのデインが口を開いた。
どう足掻いても鬱陶しい熱気がまとわりついてくる。
既に僕は尋常ではない汗をかいていた。
「……おいシェーデ。さっさと呼べ」
どうやら熱に苛まれているのは僕だけではなく、ウルグラムがイラつきを抑えずにシェーデを見た。
「わかっている、少し待つんだ。…………来い! フェンリル!」
シェーデがそう呼びかけると、空中から光と共に一体の美しい白銀の狼の姿の精霊が現れた。
フェンリルと呼ばれる精霊の毛並みは美しく、神々しささえ感じさせる。
その氷の力を宿した上位精霊フェンリルが顕現しただけで周囲の熱気が和らいだ。
そしてフェンリルは雄々しい声色を放つ。
「……我が主の求めにより参上した」
「フェンリル。灼熱に耐える障壁を私達に」
「そのような事か。造作もない。……オオーーーン!」
フェンリルが短く頷くと、遠吠えが響き渡り、その周囲から光の粒が舞い降りるように降ってくる。
その光は僕達を包み込むように降り注いだ後、静かに消えていく。
すると、鬱陶しい程にまとわりついていた暑さが嘘のように消え去った。
「……助かったぜ」
「ありがとうフェンリル。また頼むよ」
ウルグラムもフェンリルの加護に安堵する声を漏らし、シェーデはフェンリルに礼を言う。
「瑣末な事よ。ではまた何かあれば呼ぶがいい。さらばだ」
フェンリルはそう言い残すと、再び光に包まれて消えていった。
「フェンリルのこの力があれば、火の祖精霊のいる洞窟の最奥まで辿り着けるはずだ」
「ふぅ……。ありがとうシェーデ。助かるわ」
サリアはほっと一息ついて微笑みかける。
僕達もシェーデに感謝の眼差しで頷いた。
そうして僕達はオブリム火口へと足を進めるのであった。
フェンリルの加護に守られながら先へ進み1日が経過した。その頃には山脈に囲まれたオブリム火口へと続く通り道を抜け、僕達は火口の入口まで到着していた。
ここは既に別世界のような光景だった。
赤茶けた岩肌はまるで溶岩のように赤く発光し、周囲を照らし出している。
轟々とした音が周囲を取り巻き、熱気のせいか、岩肌が歪んで蜃気楼のように揺れ動いて見え、遠くの景色も歪んで見えていた。
岩の隙間は常に白煙が立ち上り、それが更に視界を阻む要因となっていた。
既に生物が生きられる環境ではなく、フェンリルの加護がある僕達にとっても、うだる暑さは避けられなかった。
一歩足を進める度、靴の裏からジューっと音が鳴る。それだけでここら一帯の熱気がどれほどなのかを痛感し、僕は未だ嘗てない危険地帯に居るのだと自覚する。
「ここが……祖精霊が住む火山…………」
「ああ、そうだね。でも、ここからが本番だよ。……気を抜かずに行こう」
「……はい!」
アズマが真剣な表情で僕を見返して頷いた。
……僕は固唾を呑んで、真っ赤になっているオブリム火口の洞窟の入口へと歩を進めるのだった。
僕達は緊張した面持ちで洞窟の中を進んでいく。
外の世界よりも熱気がこもっているかのように熱い。
洞窟内は横幅広く、幾本もの細い溶岩の川が流れており、天井からは所々湯気や蒸気が昇っていた。
それらがまた洞窟内を照らし出しており、その光源は赤く不気味だ。
「熱はフェンリルの加護で防げるが、マグマに落ちれば流石に一溜りもない。皆、落ちるなよ」
シェーデの言葉に皆が一様に頷き、慎重に足を進めた。
洞窟内は所々に分岐し、奥の方にはマグマの海が広がっているようで、赤い光が見えたり、マグマの上流から熱風が吹き上げてきて、それがまた洞窟内を揺らめかせる原因となっていた。
「……祖精霊はこっちだ」
洞窟の分かれ道で、デインが精霊の気配を探り、それを突き止める。
祖精霊の力か、洞窟の中は以前と構造がまるで違っていると、アズマも驚愕していた。
魔物すらも寄り付かない灼熱地獄の中を僕達は慎重に進んでいく。突然壁から吹き出してくるマグマを警戒しながら、やがて僕達は開けた空洞に辿り着いた。
そこは円形の巨大な空間だった。天井が高く、壁面は凸凹でマグマが流れ込み、滝のように落ちてくる箇所もあった。
そして中央には溶岩が湧き出すマグマの湖が存在しており、そこを中心として周囲は円形状になっていた。
湖の中心部には大岩が鎮座しており、その中程には赤い光が煌々と輝いているのが見える……。
「――見覚えのある顔ぞな……」
「……っ!」
僕達は一斉にそちらに目を向ける。
その大岩の赤い光がさらに輝きを増し、その姿の輪郭が形作られていく。
それは人の姿を取り、神々しい雰囲気を纏った男性のような容姿だった。
メラメラと燃やしながらの真っ赤なその姿も、その瞳だけが青い光を宿しており、その神秘的な姿はまさに炎の化身だった……。
「やあ。火の祖精霊、久しぶりだね」
アズマが火の祖精霊を見上げてそう言うと、炎の精霊はその大きな瞳をすっと細めた。
「おお。アズマか。魔王の力が急激に落ちたのを感じていたぞ」
「ああ。……だが倒すことは出来なかった。そこでやむなく封印を選んだのさ」
「神剣に宿っていた者が居らぬのはその為か。……そうか」
祖精霊の表情は変わらず、抑揚の無い声色で答えた。
「して、此度は何用で我が元に来たのだ」
「是非、力と知恵を借りたくてね。――クサビ」
祖精霊の言葉に頷きつつ、アズマは僕に促す。
僕は意を決して一歩前へ出て、祖精霊に向き合うのだった。
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