俺、異世界で運命に出逢う~王様チート残機2

 倒れていた子供は体型からするとローティーンのようだ。

 着ている服はボロボロで汚れて、ところどころ切れた隙間から覗く手足にはいくつも血の滲んだミミズ腫れがある。これは鞭の跡か?


「君。君、大丈夫か!?」


 男爵がぺちぺちと子供の頬を叩く。しばらくすると呻いて意識を取り戻した。


「ここはアケロニア王国最北端のアルトレイ公領内、ど田舎村だ。私は領主のブランチウッド男爵。君を保護する。危害は加えない、安心してほしい」

「……は、い」


 顔も泥だらけのせいで目が開かないようだ。だがはっきり告げる男爵の言葉に頷いている。


「何があった? 君はどこから来たんだ?」

「隣国から……逃げてきました。ギルガモス商会、から」

「ギルガモス商会……奴隷商か……」


 おいやめろ。幼女とほっこりほのぼのスローライフ系のイージーモード異世界じゃなかったのか。奴隷有りのいきなりハードモード化するのはやめてけろ!


「う、うう……っ」


 突如子供が呻き始めた。首に嵌まった枷を必死で掴んでいる。首枷は彼女の細い首を締めつけていた。

 俺は慌てて首輪に手を伸ばして外してやろうとしたが、……なんだこれ継ぎ目がない!? どうやって外すんだ!?

 力任せに外そうとすると余計に締まってしまう!


「だ、男爵。これヤバいです、外れない。このままじゃこの子が」

「隷属の魔導具だ。これは逃亡防止の呪詛だろう。……そうか、あの男たちは逃げたこの子を追ってきたギルガモス商会の連中か」


 俺と男爵はなんとか首枷を外そうとしたが、締めつけはどんどんきつくなって、子供の顔は泥だらけでもわかるほど真っ赤になり、やがて――血の気を失った。

 くたり、と足掻いていた子供が、再び意識を失い倒れた。

 見ている俺も血の気が引いた。不味いぞ、人間が喉を締められ酸素を遮断されて無事でいられる時間は何分もなかったはずだ。


 どうする、どうすればいい?

 目の前で子供が死にかけている。俺には何ができる?

 咄嗟に夢の中で王様から貰った大剣を思い出した。そうだ、あの大剣ならこの首枷を壊せるかもしれない!


「出てこい、王様のチート剣!」


 イメージすると、目の前に大量の真紅の魔力が集まり、即座にあの大剣が宙に顕現した。

 突如現れた大剣に男爵が驚いている。だが細かい説明は後だ。

 刃の中央に三つ並ぶ魔石のひとつが輝き始めた。真ん中のやつだ。強烈なネオンブルーの光を放っている。

 夢の王様の声が頭の中に響いた。


『込められた祝福がお前に、不可能を可能にする力を与える』


 こんなに早く使うことになるとは。だが俺は悩まなかった。目の前で人が死にかけているのに物を惜しんでいい道理がない。


「チート効果、頼みます! 王様!」


 大剣の柄を握りしめて俺が叫ぶと同時に、俺の周りの光景が変わった。




 こ、ここはまさか、また次元の狭間か?

 いや、暗くはあったが星々の煌めきがある。宇宙空間のようだ。そこに大剣と一緒に浮かんでいた。

 傍らには倒れて意識を失ったままのあの子もいる。


「!?」


 俺のいた場所が問題だった。左右に巨人サイズの巨大な男女がいる。

 片方は……次元の狭間で俺を無数の剣で突き刺そうとしたあの宇宙人三人組のひとり、青銀の長い髪の美少女だ。今も背後に多数の剣を背負ってこちらに切先を向けている。聖職者ふうの聖衣ローブ姿も一緒だ。嘘だろ、まさかあのお姉様の本体はこんな……?


 反対側には、同じ青銀の髪の、こちらは短髪で三十後半のイケオジだ。白い軍服系の装束を着ている。

 二人ともよく顔が似た麗しの美貌だ。目の色も澄んだティールカラー。親子や兄妹だろうか?


 だが呑気に考えている暇はなかった。


『選ぶが良い。殲滅か』

『――審判か』


「いや待ってくれ、俺が望むのはこの子の首の枷を取ってほしいだけなんだが!」


 駄目だ。返事がない。これ意思の疎通ができないタイプの力だ。王様め、加護入りのチート大剣といってもこれは扱いづらい……!

 どちらも選べずにいると、イケオジのほうが透明で、身体の大きさに見合った巨大な両刃の剣を構えていた。――俺と意識のない子、二人に向けて。


「え、ちょ、それ何を……!」


 イケオジの剣が鮮やかな青色に発光する。彼の魔力だろう。圧の強さに押し潰されそうだ。


『正しき者は生き残り、邪悪は根こそぎ浄化する。――破邪顕正! 聖剣の聖者の裁きを受けよ!』


 えっ宇宙人じゃなくて!? と突っ込む余裕はなかった。

 そしてイケオジは俺たちに向けて剣を振り下ろし、青く輝く魔力の奔流が宇宙空間ごと俺たち二人を飲み込んだ。




 ……後に俺は、このときのことを思い返すたび、アメリカのフロリダでハリケーンに巻き込まれて吹き上げられる牛さんの気持ちがわかって居た堪れない気分になるのだが……


 結果からいえば、青く輝く魔力に飲み込まれても俺たちは無事だった。

 気づくと宇宙空間から川縁に戻っている。


「あっ」


 少女の首枷を青く光る魔力が覆っている。俺と男爵が見守る中、首枷はそのまま青い魔力にジュワッと灼かれて魔力ごと消失した。

 怖ッ……物体を蒸発させるとかどんな強烈な魔力なんだ……


「うう……っ」

「き、君! 大丈夫か!」


 首枷の締め付けがなくなって、解放された少女が小さく呻いた。

 慌てて助け起こす。良かった、顔色はまだ悪いがもう首枷はない。見たところ身体には他の枷や縛りもなさそうだ。

 苦しんだ脂汗や涙で顔が汚れている。元から全身も泥だらけだ。タオルで顔を拭ってあげようとしたところで、目を開いたその子の顔に俺はその場で固まった。


「……ありがとうございました。あなたが助けてくれたんですね?」


 首枷が外れたばかりだ。少し掠れた声で、弱々しく礼を言われた。だが俺はまだ固まっていた。


「あ、その。俺はユウキ。……君の名前は?」


 俺はタオルを少女に手渡した。少女は受け取ってようやく自分が汗だくで顔も汚れていることに気づいたのだろう。ごしごしと顔を拭いてから、微笑んで名前を教えてくれた。


「ユキリーンといいます。改めて、……ありがとう」


 そのときの俺の心象風景を表すとしたら、これだ。



゚+。:.゚(*゚Д゚*)キタコレ゚.:。+゚



 来たこれ。何が来たって運命が来た。


 泥で汚れてなお白い艶のある肌。

 ショコラブラウンの柔らかな髪はシャギーの入った前髪長めのショートカット。

 開かれた瞳は鮮やかなアメジストパープル。髪と同じ色のまつ毛の長いこと……


 麗しい、の一言に尽きた。こ、こんな美少女、テレビでも動画でもSNSでもAI作画でも見たことねえっぺ!


 あ、ありのままに素直に言えば、――めちゃくちゃ好みだった!




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