俺、真実を知る

「村ごとこの異世界に転移したんだよな? ばあちゃん、他の人たちはどうなったんだべ?」

「それなあ……」


 思案げにばあちゃんが顔を曇らせた。


「ユウキ。おらたちならここだべ」

「んだ」

「村長! それに、べんさんも!」


 どうやら食堂の外で俺たちの様子を窺ってたらしい。いいタイミングで同じもなか村の住民のご年配二人がやってきた。


 一人は村長で、俺に会社を辞めさせ、もなか村に誘った高橋清治さん。

 もう六十四で来年は村長も定年になる。

 田舎の気の良い親方さんイメージそのままの眉毛の濃いオヤジさんだ。髪は七割ぐらい白髪に変わったグレーヘア。目は普通によくいる茶色。

 うちの御米田家の遠縁でもある。


 二人目、勉さんは藤田つとむが本名だが、ガリ勉タイプの頭のいい人なので親しい人たちは俺も含めて皆べんさんと呼んでいる。

 年は五十代半ば。なんか昔の漫画に出てきそうな分厚いレンズの眼鏡をかけている眼鏡が本体みたいなタイプの人だ。

 俺や従兄弟はばあちゃんちに帰省した長期休みのときはよく学校の宿題を見てもらっていた。

 足が悪くて、いつも杖をついて歩いている。

 髪はまばらな白髪と色のやや薄い黒髪の混ざったごま塩頭だ。目は分厚いレンズに遮られて今は見えないが、グレーだったはず。

 彼もまた御米田家の親戚の一人だ。


「あれ? 他の人たちは?」


 僻村の村役場とはいえ十名を超える人たちが勤めていて、半分以上はもなか村に家があったはずだ。

 それに田んぼや畑で農業やってる人たちだって何世帯もあったはず。

 農作物を隣町や全国に配達するため、宅配業者の支店もあって常時数名は駐在していたはず……


「あ、あのなあ、ユキちゃん。実は」


 ばあちゃんが躊躇いがちに口を開きかけたが、村長が押し留めた。


「ユキちゃんや。ええか、覚悟して聞いてくんろ」

「あ、ああ」

「もなか村は、実はな……」


 なんだ。そこまで溜めを作るほどの何があるんだ。

 と思わず唾をごくりと飲み込んだ俺は、教えられた真実に卒倒しそうになった。




 もなか村、実はもうほとんど住民がいなかった。


 あ……ありのまま今起こった事を話すぜ! みたいなネットミーム化した昔の少年漫画のセリフが思わず頭をよぎったほど、俺は混乱していた。

 な……何を言ってるのかわからねーと思うが俺も正直よくわからない。いや理解したくなかった。


 俺がもなか村に引っ越した時点で、村に住んでいたのは年金生活しながら農業やってたばあちゃん、村長、それに障害者年金と生活保護を受けていた勉さんの三人だけだったそうだ。


「おらも必死に廃村回避を頑張ってたんだべ。でもなあ。限界集落認定されてからもう駄目だったんだあ。特に年寄り連中だなや。他の地域に家族や親戚がいたらそっちに引き取られて、そうでない世帯も隣町に引っ越したり」

「待って、待って村長。でも村役場はふつうに運営してたべ!?」


 たとえ利用者が一日数名だったとしてもだ。

 その疑問には早々に椅子に座って杖を置いた勉さんが答えた。


「おいちゃんたちがな、頼んだんだ。村に籍だけ残しておいてくれって。だから役場は皆への手紙の転送も仕事だったべ?」

「そりゃ、確かに総務の仕事だったけど……」


 というより今では俺の仕事だった。

 毎日午後三時になると隣のもなか町から郵便局の集荷が来る。宛先は県庁が多いが、確かに個人宛の手紙もぽつぽつあった。


 それから詳しく聞いてみると、〝籍だけ村民〟が多く、もなか村の村民だと思ってた村役場の公務員たちや地元の産業従事者たちはすべて隣町に住んでいるそうで。

 残ったのが俺のばあちゃんを入れたこの三人だけ、いや俺も入れて四人だけであると。

 だからもなか村から異世界転移してきたのは俺たちだけ。


 ――とっくに終わっていたのだ。もなか村は。


 いくらなんでも、会社まで辞めさせた俺に今の今まで黙ってることじゃないだろう!

 立ち上がって村長の胸倉を掴んでやろうとしたが、なんか途中で萎えて俺はへなへなとまた食堂の椅子にへたり込んでしまった。




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