二幕
第37話
寒空の下を歩きながら、コニーは苦いものを吐き出すようにため息を吐いた。白い息が上っていく。底冷えするような寒さに、いっそのこと、すぱっと飛んで帰りたいなと思った。
でも、そうするには隣の人の許可が必要だ。
「どうした?」
コニーが隣をちらりと見る。それを目敏く察知したフェリオが首を傾げた。
「いや……」
適当に言葉を濁しながら、上げた視線を落とした。
コニーは、この男のことが苦手だ。
そもそも、男という生き物に漠然と苦手を感じているが、その中でもこのフェリオは、一等苦手というカテゴリに仕分けられていた。
嫌いというわけではない。彼の明るい人柄は好ましいし、それなりに話せる男子だ。友達だとは、コニーも感じている。だけど、一緒にいると尻の座りが悪いというか、いつも少し緊張するのだ。
その緊張が、暗めの性格の人間が、明るい人間に対して感じる劣等感だろうことは、すでに理解している。
それにレオーネと恋仲になってからは、更に「恋人の親友に下手なことを言って嫌われたくないな」という思いも追加されて、息苦しさは増す一方だった。
「……怒ってる?」
先程のことを思い出し、ますますバツが悪くなる。
レオーネとフィズが付き合っているのだろうと思って、目の前でキスしたり、傷つけたり、色々とやらかした。身内を大切にするフェリオは、
どきどきとうるさい心臓を押さえながら問いかけると、フェリオは瞳を瞬かせた。
「怒ってないぞ?」
「そ、そう……?」
ほっとして胸をなで下ろす。どうやら、考えすぎだったようだ。
「じゃあ、なんで歩いてるの?」
窓から飛んだ時、このまま帰るのかと思っていたのだが、フェリオは直ぐに降下して「ちょっと話そうか」と歩き始めたのだ。
てっきり怒られるのかと思った。ひねり潰される覚悟も出来ていたのだが。
「なんだよ。久しぶりに会った友達と、ゆっくり話したいと思っちゃだめか?」
「…………」
「何も言わずに退学するし、連絡もつかないしさ。俺、ずっと会いたいと思ってたんだけど」
頬が緩まるのを感じて、いけないと歯を食いしばる。
彼のこういうところも苦手だ。軽率に嬉しい言葉をくれるから、リアクションの仕方が分からない。
素直に喜べばいいだって? お世辞や罠だったらどうするんだ。有頂天になって、もし嘘でしたとか言われたら、立ち直れる気がしない。
フェリオがそんなことする人じゃないのは分かっているけど、どうしても斜に構えてしまって、かわいい受け答えが出来ないのだ。
(だめだなあ……)
しばらく仲の良い数人としか話してなかったから、久しぶりに外に出ると色々と浮き彫りになって気が滅入る。
眉を顰める。フェリオが顔を覗き込んできて、コニーは硬直した。
「これからは、俺にも相談してくれよ」
「……聞いてくれるの?」
「おう。だから前から言ってんじゃん。親友だろ、俺達」
眩しい笑顔に、コニーは目を細める。
「親友ではないわ」
彼の顔を押しのけて、お決まりの台詞を投げる。フェリオは満足そうに笑って塀の上に飛び乗った。
「そうだ、アリス。お前に頼みたいことがあんだよ」
話しかけながら、フェリオはぴょんぴょん跳ねてバク転や側転をする。
相変わらずの運動神経の良さに呆れながら、耳をかたむけた。
「俺が勇者と魔物退治してるのは知ってるだろ?」
「ええ」
前にフェリオから聞いたことがある。ロイやチェルシーのことも聞いて知っているし、会いたいと思っていた。でも、さすがに紹介してほしいとは言えなくて、涙をのんでいたのだ。忘れるはずない。
(……あれ?)
そういえば、フィズと初対面の時、一方的に彼らに会いたいと捲し立てた気がする。もしかして、身辺を調べたりしたと、誤解されただろうか。
コニーは、常連のカミラに一方的に話されただけなのだが、きっとそう思われるだろう。
やってしまった。だけど、それをわざわざ言いにいけるほど、フィズと親しくはない。
それに、カミラの話し振りから家は調べた手前、何を言っても言い訳になるだろう。
コニーはため息を吐いたが、まあ、誤解されても仕方ないかと自分を納得させた。
嫌われるようなことをした。これ以上話すのは、ちょっと億劫だ。
「──なあ。聞いてるか?」
「え、あ、ごめんなさい」
気づくと、目の前にフェリオがいた。飛び退いて、反省する。
せっかく、唯一嫌われていない人なのに、またポカをやらかしてしまった。
「ちゃんと聞くわ。なに?」
「ちょっと、魔物のことについて意見が聞きたくてさ」
詳しいだろ、と言われて、コニーは返答に詰まった。
そりゃあ、魔物のことが知りたくて学園に入学したようなものだし、たくさん勉強もしたけど、今現在対峙しているフェリオの方が詳しいだろう。
「頭が良い人の意見が聞きたいんだよ」
コニーの戸惑いを感じたのか、フェリオは微苦笑をする。
「なるほど」
こちらも苦笑をして、ちゃんと考えてみた。
「学生時代から知識は変わってないわよ。変わったのは、環境の方ね。最近は、市街地にもちょくちょく出てきてるわよね」
「そうだな。最初ほどニュースにはなってないけど」
ちなみに、魔物が出る度に飛び出してウォッチングに行っている。条件反射で店を飛び出すから、常連は苦笑いで店番を変わってくれたりもしている。そろそろ、彼女にバイト代を出すべきだろう。
「でも、どんどん数が増えているから、ちゃんと根元を裁たないと解決しないし、悪くなる一方なんだよな」
「そうよね……」
相づちを打ちながら、コニーは少し驚いた。学生の頃は「魔物を倒せたら良いや」みたいな感じだったのに。フェリオがこういうことを考えるようになったとは。
「お前はどう思う?」
「そ、そうね」
問いかけられて、慌てて思考を戻す。
「まず……魔物が出てくる原因の話ね」
それから、コニーは思いつく限りで可能性をあげた。
どこからか魔物が出てきていて、どこかを封印すると解決するとする。
では、その封印の場所はどこにあるのか。
森だけにある場合。これは単純に、数が増えて森で抑えきれないから、市街地にも出てくるようになってしまった。
次は、市街地の封印が剥がれたから、そこから出てくるようになってしまった。あるいは、そういう場所が出来てしまった。
「でも、史実には、そういう、封印とかいう単語は一切出てこないよね」
そこで話を区切ると、親指で顎を撫でる。
「否定は出来ないから捜してもいいと思うけど、長年森で見つかってないんだもの。可能性は低く見ておいた方がいいと思う」
魔法使いが住む森は、けして広い場所ではない。そこで今まで発見されていないとなると、魔物がどこからか出てきている可能性は、ほとんどないと言っても過言ではないだろう。
そう纏めると、同じようなポーズをして考え込んでいたフェリオが、顔を上げる。
「お前、今何してんだ?」
「は?」
あまりにも突然の質問に、コニーは首を傾げる。
「え……今は、貴方とお話しているけど……」
急に何を言い出すのだろう。目が見えてないのか? それとも、知らないうちに時が止まってタイムスリップしてきたフェリオと入れ替わったとか? いや、なんでだよ。意味がない。
「……いや、日常生活」
「あ、ああ」
フェリオがちょっと笑う。しまった。なんか、天然みたいな受け答えをしてしまった。
「ショップ店員よ。それがどうしたの?」
慌てて答えると、フェリオは早足でコニーの前に出て、彼女と向き合う。
それから悪戯小僧のような笑顔を浮かべると、きょとんとするコニーに手を伸ばした。
「一緒に森に来ないか?」
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