第35話

 そこで、がちゃりとドアの音がした。次いで、どう考えても雰囲気をぶち壊す元気な声が響く。


「よく言ったなアリス!」


 突然の兄の登場に、げ、という後ろ向きな感想が、誰かとハモった。コニーだ。

 フィズはともかく、コニーはなんでだろう。そう思って、二人に面識があったのを思い出す。

 二人は、お互い「親友の恋人」とか、「恋人の親友」とか、そういう立ち位置にいたのだ。

 文字にするとなんだか微妙だ。いったい、どういう仲なんだろう。

 フィズの疑問に答えるかのように、コニーが顔を歪めた。


「何しに来たのよフェリオくん」


「おいおい、久々に会った親友に向かってそれはないだろー?」


「誰が親友だ」


 ああ。だいたい分かった。

 三人で揃って苦笑を浮かべていると、フェリオの後ろからクレアがひょっこり顔を出す。

 来てくれたのか。表情を明るくするフィズとは反対に、彼女は涙ぐむとがばっと抱きついてきた。


「良かったぁ……!」


 クレアは最初、着いて行くと言ってくれたが、最終的にはリュウホに任せて、オリヴィアに知らせる役をやってくれた。この感じだと、よほど心配をかけたらしい。

 こういう反応を見ていると、結構危ない橋を渡っていたんだなと感じる。コニーが話の通じない人だったらどうなっていたか分からないし、ちょっと拍子抜けなくらい、平和的に解決出来て良かった。


「ごめん、心配かけちゃったね」


 ぽんぽんと頭を撫でると、クレアは抱き着いたまま首を振る。


「これくらいさせて」


「うん。ありがとう」


 改めて、良い子と友達になれたものだ。笑い合っていると、背後から兄がにょきっと顔を出す。


「チェルシーちゃんも心配してたぞー」


 そのまま肩に体重をかけられて、膝がぷるぷると笑い始めた。

 別に膝は笑わなくてもいいんだ。泣いといてくれ。

 原因のフェリオを睨めつけると、彼は意地悪に笑ってフィズのほっぺたを突いた。


「なんだよ、その目ー。なんかいい雰囲気だったから、邪魔せず待機してたのに」


 ああ、だから、このタイミングで中に入って来られたのか。彼は、そのままクレアに手を伸ばすとガシガシ頭を撫でた。


「なークレアちゃん」


「え、あ、はい」


 そこで初めて、おやと疑問を感じる。この二人、当然のように一緒に入ってきたけど、いつ知り合ったんだろう。


「オリヴィア先生から連絡があって、文字通り飛んできたんだよ。クレアちゃんと一緒に来た」


 顔に出ていたらしいその疑問に、フェリオが答えて、二人は笑顔で話し始める。


「でも遅かったですね」


「なー」


「……なんか一瞬の間に仲良くなってるネ」


 心の声が漏れたかなと思うくらい、リュウホと同じことを考えていた。ただ、フィズは単純に驚いただけだったけど、リュウホの方は面白くなさそうだ。


「あ、送ってもらって。箒で。その間に」


 フィズはどうしたんだろうと思っただけだったけど、クレアは何かを感じたらしい。さっと顔色を変えると、なんだか言い訳のように説明をする。そんなクレアに、リュウホは首の後ろを擦りながら、フーンと相槌を打った。

 ふっと横で笑う気配がして、兄を見上げる。彼はコニーの腕を取ると、今度は彼女に体重をかけた。人に迷惑をかけながらじゃないと話せないのだろうか。


「そろそろ帰るから、ついでにアリスは俺が送って行くな」


「え」


 あっと言う間の帰宅宣言に、向けていた半目が丸くなる。肩を落とすフィズに、フェリオは目をゆったりと細めて、彼女の頭を撫でた。

 本当、この男はいつもこうだ。フィズの嫌がることばかりする。

 むくれるフィズに笑うと、フェリオは、嫌そうな(でも諦めたらしい)コニーの手を引いて、窓から飛んでった。


对不起ドゥブチー。ゴメンネ。フィズちゃん」


 窓を睨みつけていると、リュウホはばつが悪そうに頬をかく。


「なんでリュウホが謝るの?」


「エッ」


 首を傾げると、リュウホは肩を揺らして、それからじわじわと目尻を赤らめた。


「……イヤ、ボクに気を使ったんだろうナって……」


「リュウホに?」


 なんでまたそんな感じに? いや、でもフェリオは確かにリュウホの発言の後に居なくなった。それに、ちょっと機嫌が悪そうだった。と、すると……?


「あ」


 たどり着いた答えに、ぽんと手を叩く。


「クレアを取られて、むぐっ」


 答えを全部言う前に、顔を真っ赤にしたクレアに口を押さえられる。それを眺めると、リュウホは、レオーネの肩を慰めるように叩いた。


「……あの感じだと、この先大変そうダネ」


「え!? な、なんで俺!?」


「いや、バレバレだよネ……」


 フィズ以外に暖房が効き過ぎているのかと思うくらい、みんな次々に赤くなっていく。温度を下げたほうがいいだろうか。聞こうとしたが、恐らく不正解なので黙っておくことにした。


「あ、ふ、二人とも、晩御飯食べて行く? 行くよね、ちょっと待っててね!」


 レオーネがガバッと立ち上がって、キッチンに引っ込んで行く。


「二人とも、今日は本当にありがとうね」


 二人がいなかったら、フィズはおそらく、直接コニーに話をしに行っていたと思う。そしたらレオーネとコニーは和解しなかっただろうし、彼女とあんなに冷静に話すなんて出来なかっただろう。そうすると、もしかしたら、フィズとコニーのどちらかが酷く傷ついたかもしれなかった。


「ううん。頼ってくれて嬉しい」


 はにかむクレアに、今度はフィズが抱き着く。すっかり慣れてくれたらしいクレアがふふと笑って、ふと、感じたらしい疑問を続けた。


「昨日も思ったけど……本当にあのお兄さんと二人暮らしなんだね」


「うん。レオくん時々居候って感じだけど」


「天気予報みたいな言い方するネ」


「ひょあー」


 悲鳴なのか相槌なのか分からないものを口にして、クレアは口元を押さえた。

 それは、どういう反応なのだろうか。ちょっと返しに迷うと、通訳のように、リュウホが口を挟む。


「クレアちゃん、男の子ちょっと苦手らしいカラ。ビックリしてるんだヨ」


 ああ、そういうことか。フィズ的には女子と住む方がなんか緊張するが、世間的には、いくら兄が推薦する人でも、やっぱり面識の無かった男と住むのはおかしいらしい。


「まあ、色々あって……同居はお兄ちゃんの作戦だったっていうか。あたしの引きこもりと、レオくんが女の子を苦手なのを軽減させるため、みたいな」


「ファンキーなお兄さんダネー」


「あ、でもたぶん、もう大丈夫だとは思うんだけど……」


 レオーネが女性関係に消極的だったのは、コニーが原因だ。でも、昨日のフィズの言葉と、今本人と話したことで、わだかまりは解けたように思う。

 だからそう続けると、リュウホが首を傾げた。


「ジャア、レオくんとは、もう暮らさないってコト?」

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