とりあえずビールがダメだったので、転生先ではとりあえず悪役令嬢との百合ルート目指します
八木寅
第1話
「とりあえずビール」
「すみませんが、飲み放題メニューにはビールはありません」
そんな答えが返ってくるとは思わなかった。オレの中では、ビールと言ったらとりあえずで、とりあえずと言ったらビールだった。
でも、オレは一応紳士だ。サラリーマンという社会を生きる大人だ。ルールには従う。
「じゃあ、ハイボールで」
「かしこまりました……あのさぁ」
下がった店員の私語が響いてきた。BGMと壁で客に聞こえないと思いこんでるのだろう。が、隔たれた壁は薄く、オレの耳に届いてきた。「とりあえずビールとかまだ言うジジィいたよ」
そのとき、はらわたが煮えくり返った。昭和のサラリーマンはビールを飲んで日本を支えてきたのだぞ。君達がこうして生活してられるのもビールのお陰なのだぞと。
サラリーマンをビールを愚弄する輩のせいで、オレは今にも沸騰しそうな頭を抱えた。一応紳士なのだから、ここでキレるわけにはいかない。公の場では怒らない、それが社会人のルールだろ?
プチン。
切れた。脳が本当に切れたらしい。オレの人生は終わったようだ。ああ、こんなことで憤死だなんて死んでも死にきれない。どうかもう一度チャンスを。
…………。
「マド、大丈夫?」
再び目を開けると、見知らぬ男に抱かれていた。オレは男を突き倒した。
だが、立ち上がって違和感を覚えた。オレ、ドレスを着ている。いや、それ以外にも色々と……てか、ここは? 庭園?
「どこ?」
「ああ、マド。頭を打って、おかしくなってしまったんだね。でも、大丈夫。キミは僕の后になるのだから。なにも心配することないよ」
どうやら、倒した男はどこぞの王子様らしい。きらびやかな軍服を召している。立ち上がり方もどことなく優雅。って、なんなんだこの状況は。
「オ……私はどうしてここにいらしましたのですか」
「あの女に騙されたんだよ。ゼル、謝りたまえ。これで、この件はなかったことにする」
丁寧な女言葉がわからず、変な言葉になったが、王子様は気にとめなかった。彼が指さす方には、美しい女。色白でストレートのブロンドがよく似合う。できるなら、王子様よりもこっちとつき合いたい。
「なんで……。なんで、その女のどこがいいのよ! 頭狂ったのよ? 暴力振るうなんてまるで獣みた」
「やれ」
突如、兵士が出てきた。女をゼルを拘束した。王子様の御付きの者たちなのだろう。
「もうおまえの顔も見たくない。国外追放にでもしようか」
オレは一連の流れを眺めながら、既視感を覚えていた。それがなんなのか、記憶をたどって一つの答えに着いた。
これは、悪役令嬢というものなのではないだろうか。暇潰しにネットで見たことがあったのを思い出した。悪役令嬢はざまぁで終わるというルールだ。ならば。
「私は王子様よりもゼルと結婚したいですわ。どうか、国外追放などしないでくださいまし」
とりあえず、ルールを無視してみようか。ルールを守ろうとして無駄死にするよりは。
とりあえずビールがダメだったので、転生先ではとりあえず悪役令嬢との百合ルート目指します 八木寅 @mg15
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