旅立った二人へ

N.N.

最高のじいちゃん、最高のばあちゃんへ

俺は最近父と離婚した母と弟といっしょに楽しく生活しています。

弟は志望する高校に合格していました。

俺は四月から受験生です。それなのに進路も殆ど決まっていません。未だに自分が何をしたいのか把握できてすらいないのです。

この悩みは多分俺の人生において解決されることはないでしょう。


少しだけ近況を報告したところで、本題です。

俺は最高のじいちゃんと最高のばあちゃんのことを忘れかけている気がしてならないのです。

二人がいたことを忘れているのではなく、二人との思い出を思い出せなくなっているのです。少しずつ忘れ始めていることに気がついて俺は全部を忘れることが怖くなったのです。

俺は二人と過ごした思い出を忘れてはならないのです。なぜなら俺が二人と過ごした思い出を覚えていられるのは俺だけになってしまったからです。

そういうことでここからは二人と過ごした思い出と両親から聞いた俺が覚えていないような話を書き連ねて行こうと思います。


じいちゃんと将棋をするのが楽しみでした。俺はじいちゃんに勝ったことはないけど、一回だけ勝てそうだった事がありましたね。じいちゃんが初めて俺に「待った」をかけた試合でした。あのとき正直に言うと俺自身は王手に全然気がついてなかったように思います……。その試合も結局は俺はいつものように負けてしまったのでした。

それでも今思い返してみれば、そして考え方を変えれば、俺は初めてじいちゃんに「待った」を言わせたという記念すべき試合だったのかもしれません。

そしてじいちゃんと風呂に入るのも本当に楽しみだったのです。じいちゃんは風呂に入るとき鼻歌を歌うか、歌を口ずさむのが好きでした。俺はじいちゃんと風呂に入るのを楽しみにしていたので、ばあちゃんの携帯電話を貸してもらって「早く家に帰ってきて、風呂入ろー」と、居酒屋に飲みに行っていたじいちゃんに連絡して帰ってきてもらっていました。今でもじいちゃんが風呂で歌っていたフレーズが、入浴時に頭をよぎるのです。


ばあちゃんの部屋でポケモンを見たり、走り回って弟と遊ぶことが楽しみでした。俺が段ボールを使って色々な工作をしたときに「工作名人だねぇ」と褒めてくれたばあちゃんのおかげで工作がもっと好きになりました。

ばあちゃんは母に内緒でお菓子やらちょっとだけつまんで食べられるようなナッツをよく食べさせてくれていました。


食べ物の話といえば母から聞いたのですが、俺が小さい時イチゴを食べされられたそうです。「アレルギーになるかもしれないのに余計なことをしてくれるな」と当時母から話を聞いた父が怒鳴り込んでいったという話も聞いていました。

そしてイチゴの話の次は桜の話も思い出します。庭にあった大きな桜の木。友達を呼んでさくらんぼを収穫したりもしました。その桜の木の近くには梅の木もあったけれど、梅には興味がわかなかった当時の俺と弟は梅の木に登って遊んだりしていたように思います。

白桃の木もありました。その白桃の木は俺の一歳の誕生日記念に植えられたものでした。


あの広かった畑の更に奥にあった家。あそこに住んでいた俺の初めての友達と遊ぶために俺は大声でその友達の名前を叫んで出てきてもらっていました。塀を挟んだ向こうとこちらで話をしたり、3DSを貸してもらって遊んだり、そんなことをしていました。ですが、そのうちじいちゃんが塀の手前にネットを張って塀の方へ近づけなくしていました。多分大声で友達を呼ぶといういつの時代の子供がやるんだよといった呼び出し方が近所迷惑になってじいちゃんがしかたなくネットを張ったのでしょう。


ふと思い出しましたが、ばあちゃんは一人夜中に散歩か何かに行ったきり帰ったこないことがありました。みんなが心配する中パトカーに乗って帰って来たときにはみんな安心していました。事故にあっていなくてよかった、無事で良かった。俺も心からそう思いました。

でも、小学校高学年になったあたりでばあちゃんに対して暴言を吐いてしまったことを俺は今までずっと後悔しています。ばあちゃんが死んで謝ることができなくなって、本当に自分が嫌になってしまいました。


あの日、じいちゃんに異常事態を知らせるためにずっと呼びかけ続けていたばあちゃんを、俺はあのときただ呆然と眺めていることしかできませんでした。足が動かなかったし、震えて声も出せなかった俺は父に助け出されて、その光景を見ても理解が追いつきませんでした。

それでも当時の俺は、じいちゃんを思って最期まで呼びかけていたばあちゃんとあの日も元気だったじいちゃんが、「死ぬことはないだろう、きっとすぐ助け出される」と根拠もなく信じていたのです。


二人の葬式ではじいちゃんが好きでよく聞いていた『涙そうそう』が流れました。その曲はじいちゃんの影響で俺も好きな曲でした。耳にした瞬間、じいちゃんとの思い出が頭の中を駆け巡り涙が溢れて来たのです。一度溢れたら止まりませんでした。もう時折口論はするけど、それでもやっぱり仲が良い二人のやり取りを見ることはなくなったのだとそれはもう泣きました。


俺はじいちゃんとばあちゃんがいなくなったことで、心に穴が空いたようでした。その感覚は今でも感じています。

けれど二人が寄り添って見守ってくれていることを想像すると寂しいと感じるのと同時に、いつか俺が天寿を全うしてじいちゃんとばあちゃんにあえたときに、「あなた達の自慢の孫はこんなに立派になって会いに来たよ」とそう胸を張って言い切れる人間になってやろうという気合が生まれてくる気がします。


最後にこれからも家族を見守っていてください。


                     自慢の祖父母をもつあなた達の孫より

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