第16話
……どういうことだ?
演じていた? バカ王子を? そして、それを命じたのがウェリナ……?
「えっ……ま、待ってくれ。ちょおおっと話が見えてこないんだが!?」
「そうだね。記憶を失くしている君には、一から説明した方がいいだろう」
「記憶を……あっ」
やっぱり気付いていたのか。俺、いやアルカディアの様子がおかしいと。
ただ、こいつはそれを記憶喪失と解釈した。確かに……間違っちゃいない。実際、アルカディア(のガワ)は以前の記憶を失っているわけで。
ただ、さすがに中身を日本の大学生に乗っ取られた、とまでは想像が及ばないようだ。ここは……とりあえず、今は奴の勘違いに乗っておくか。ここで異世界転生がどうのと説明を試みたところで、余計に話がこじれるだけだ。
「あ、はは……やっぱり気付かれてたか。自分なりに、どうにか王子らしく振舞ってきたんだけど、さすがに友人相手じゃごまかしはきかないな」
するとウェリナは、なぜかいたずらっぽく笑う。
「友人じゃないよ」
それから今度は、何かを言いたげな――挑むような目で俺を見る。切れ長の双眸が不意に妖しい色を帯びて、俺は、ぞく、となる。
「覚えてるだろ? 昨晩のキス……そう、君とは、昔からそういう関係だった。思い出せなくてもいい。が、二度と忘れないでくれ」
言いながらウェリナは、バゲットからパンを手に取り、ちぎり、おもむろに口に運ぶ。その、やけにねちっこい一連の動作をなぜかじっくり眺めてしまってから、俺ははっと我に返る。いや、なに見惚れてんだ俺のバカ! というか……こいつ、メイドの前でも平気でその話をするんだな。
じゃあさっきの、人目を忍ぶような愛の告白は何だったんだ?
こいつにとって、俺――いや、アルカディアとの関係は結局どういう扱いなんだ?
……って、その件はもうどうでもいい。というか、ぶっちゃけあんまり掘り下げたくない。
「えーと、じゃ話を戻すが、何だってアルカディアはバカ王子を演じていたんだ」
半ば強引に話を切り替える。するとウェリナはやや鼻白んだ顔で、そうだな、と相槌を打つ。
「それはね、皮肉にも、君が次期国王として申し分のない人間だったからだ」
「そりゃ……結構な話じゃないか。何だって、わざわざバカ王子のフリなんて」
「完璧すぎたんだよ君は。だからこそ、同様に次期国王の座を狙う不届者どもに命を狙われることになった。度重なる暗殺と襲撃。士官学校時代だけでも、その回数は二桁を下らない」
そういえばこいつ、学生時代はアルカディアのルームメイトだったんだよな。そのルームメイトが言うのなら間違いはないのだろう。どころか……ひょっとすると当時から、陰に日向にアルカディアを護り続けていたのかもしれない。今回のように。
あれ? ちょっと待てよ。
「それってあんまり意味なくね? 敵さんからすりゃ、どのみち俺を殺さなきゃ王太子の座は空かないわけだ。じゃあいくら俺がバカ王子を演じようが、俺を殺すって結論に変わりはない」
ここは専制君主国家だ。リコールなんて市民社会制度が存在し得ない以上、どんなバカ王子もその座から引きずり下ろすことはできない。
「そうでもない。過去には資格に欠けるとして廃嫡になった王太子も存在する。俺たちは、まさにその可能性に賭けたのだ」
「ああ、そういう……」
そういや悪役令嬢モノでも、やらかしが過ぎたバカ王子は勅令で王宮を追放されるのがセオリーだったっけ。この期に及んでテンプレを持ち出すのも空しい気もするが……
「なのに……ああ、君もつくづく間が悪い。あと一手。そう、一手で全てが終わるはずだったのだ。なのに……」
「一手?」
「そう。君は本来、昨晩の舞踏会でイザベラ嬢に婚約破棄を告げる予定だったのだ」
は? 婚約破棄? イザベラに?
ちょっと待て。その話、どこかで聞いたことがあるぞ……
「今はまだ、どうにか君を庇い立てる陛下も、さすがに精霊五侯のご令嬢に恥をかかせたとあっては見限るしかない。そうして君は王太子の座を追われ、表向きは追放というかたちで血みどろの権力闘争から離脱する――そういう筋書きだったんだよ。そのためだけに君は、もう二年近くもピエロのふりを……その努力が、あと一歩で報われるところまできていたんだ。まさか……こんな形で躓くことになるとは思ってもいなかったがね」
そしてウェリナは、苛立たしげにばりばりと頭を掻く。
えっ、つまり……何すか。
俺のこれまでの血の滲むような努力は、何もかも無駄だったってことすか。むしろ、俺がどうにかして離脱を図ったバカ王子破滅ルートこそが、まさかのトゥルーエンドだった……ってことすか。
って、んなバカな話があるかああああ!!!!!!
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