第3話

 悪役令嬢モノの世界には、当然ながら悪役令嬢が存在する。

 いや、だからこそ悪役令嬢モノと呼ばれるわけでな。この世界では、イザベラ=システィーナと呼ばれる女性がそれだ。……そう、彼女がいわゆる悪役令嬢に当たるのだと思う。王家に継ぐ権威と権力を持つ精霊五侯(火、水、岩、風、雷それぞれの精霊の力を受け継ぐとされる侯爵家、らしい)。その一角を担うシスティーナ家の長女である彼女は、生まれた瞬間からアルカディアの婚約者としての運命が決まっていたそうだ。

 そのイザベラだが、これまた絵に描いたような才媛で、勉学はもちろん語学や楽器演奏、果ては武芸にも通じている。こうした事実も、彼女がこの世界の主役、つまり悪役令嬢であることを裏付けている。ここで、「えっこんなハイスペ令嬢が悪役?」と疑問に思われた方、甘い。ハイスペゆえに周囲に誤解され、嫉妬され、あらぬ噂を流される。そうした設定は古今東西、男も女も大好物である。序盤で不当に貶められた主役が、華麗なるざまぁで名誉を回復、本命との恋も実り見事ハッピーエンド。テンプレっちゃテンプレだが、それを言えばハンバーガーチェーンだけで何社あるんだという話で、結局みんなバーガーとポテトをコーラで喉に流し込みたいのだ。

 で。

 バカ王子である俺の存在意義は、物語の主役ことイザベラに婚約破棄を言い渡し、なんやかんやあって破滅することにある。まぁそういう役回りだし仕方ない--

 って、なるか馬鹿!

 アルカディアは元々この世界の人間だから仕方ない。けど俺は違う。いろいろ課題はあるにせよそこそこ快適な二十一世紀初頭の日本に暮らし、ある日突然、得体の知れん西洋風ファンタジー世界に飛ばされた、いわば被害者だ。世界の条理に黙って殺される義務はないし、そのつもりもない。

 じゃあどうやって生き延びる?

 答えは、実は至ってシンプルだ。婚約破棄で破滅フラグが立つなら、そもそもフラグなんか立てなきゃいい。俺には勿体ないほどのハイスペ令嬢(あとたぶん美人)を、三顧の礼でもって花嫁に迎える。これだけ。

 えっこんなのヌルゲーじゃん――と、そうは問屋が卸さないのが悪役令嬢モノというジャンルの奥深さだ。

 そう、たとえ俺が彼女と結婚したとして、今度は、本命たるヒーローがあらゆる手を尽くして奪いに来るのだ。夫のもとで酷い仕打ちを強いられる悪役令嬢を、颯爽と救い出す私だけのマイヒーロー。こうしたケースでは、バカ王子は悪役令嬢ではなくヒーローによって政治的、経済的に破滅させられる。まぁ、だったら嫁さんを大事にすれば済む話なんだろうが、この世界の矯正力(シナリオをシナリオ通りに進める力。たった今、俺が名付けた)がどの程度か読めない以上、確実な生存は見込みづらい。予期せぬ災難やすれ違いで彼女の心象を悪化させたら、その時点で俺の命運は尽きてしまう。

 そうでなくとも俺は、つねに本命のヒーローと比較され、品定めを受ける運命にある。ほんの些細な失態も、容易にクリティカルなダメージに繋がるわけだ。

 そして。

 さらにまずいことに、この世界におけるヒーローと思しき男は、これまたうんざりするほどハイスペ属性の万漢全席みたいなキャラなのだった。

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