名奉行大桃岡越前

ひぐらし ちまよったか

トリトリ先生

 稀代の名奉行だと魔王国で評判の大桃岡おおももおか越前守えちぜんのかみ桃太郎ももたろう様でも、さすがに鳥類のお裁きは勝手が違う。

 敷かれたむしろに控えもしないで、白い砂利を「こっこっこ」「ぴよぴよ」とつついてまわる、つがいとヒヨコに渋い表情。


「――これ……白州の砂利を事は、ならぬ」

「こ? くぉっこ……」「ぴ?」

「ならぬぞ」

「……こ……」「ぴよ」



 ――魔王城で飼育しているニワトリが、ヒヨコを授かったばかりなのに仲違いを始めた。


 飼育係の女官から、魔王様へ上げられた陳情である。


「――ふむ……この様な雑用は本来、勇者『アモン』の仕事なんだが、あいにくヤツめ有給消化で休みよった。勘の鋭いリア充じゃ……越前よ! そなたに申し付けるぞ!」

「え? え、え~っ……」

「名さばきを、期待する」

「ぎ、御意……」



(――はてさて、どうするか……言葉も通じぬようだし……魔王様も、むちゃを言われる)



 そう途方に暮れかけた時、陽気な歌声がお白州に聞こえる。


「〽こっこっこっこ こけっこ~っ!」


「むむむ!? なにやつ!」


「お困りのようですね? お奉行様」


 医者の様な白衣を羽織り、小柄で丸顔の少女が、ふらりと、ニワトリの親子が遊ぶ砂利敷きに姿をみせた。


(――こいつは、人族から差し向けられた『暗殺者』……名前は確か、そう、なつめ!)


「ボクは、さすらいの動物博士トリトリ先生! アモンが『桃太郎さんが困っているだろうから、いってこい!』だってさ! 助けにきたよ」

「はぁ!? トリトリ?」

「トリトリ先生っ!!」


 ちっちと指を振るトリトリ先生。


(何を言っているんだ? この丸顔は)


「――ボクは動物の言葉が、何となく分かるから通訳してあげるよ」

「なん、だと!?」

「もちろんニワトリさんの、こっこっこも聴きとれるのさ!」


 ――そういえばマユツバな噂だが、この丸顔、冒険者達さえ未踏破だった『ささくれダンジョン』の中で『モザイク破壊』とかいう、神業スキルを手に入れたと聞く。

 なんでもそれは『真実の姿を見る』能力だそうで、嘘なども見抜いてしまうらしい。


(そんなスキルが本当に有るなら、奉行要らず……では、ないか)


「ちょっと聞いてみるね?」

「こっこっこ……」

「ふむふむ」

「くをっこ、こ」

「なるほど?」


 丸っこいあごに小籠包の様なこぶしを当て、ニワトリの訴えを聞くトリトリ先生。


「――なにか、わかったか?」

「はい。めんどりさんは『たまごは私が産んだ』と……おんどりさんは『温めたのは俺だ』と、言ってます」


(――まゆつば、だな……だが)


「ヒヨコの『親権』を、お互い主張していると?」

「そのようですね」


「よし! では両者、子供の翼をくちばしくわえ、引っ張り合うのじゃ! とりあえず、取り合いじゃ! そして、痛がる我が子を不憫に思い……」

「それはダメっ!」


 名さばきの定番を止めやがった、この丸顔!


「――また裂き……じゃなく、手羽先になっちゃう! 手羽餃子って美味しいよね? ヒヨコくんにも、聞いてみなくちゃダメ!」

「ふむ……それも、そう……なのか?」


「ヒヨコくん? 君は、どう思う」

「ぴよ」

「おおうっ!!」


「なんと申した?」

「――我は悪魔界・軍団長『カイム』の生まれ変わりなり。数千年の時を経て『魔王』が君臨するこの地へ馳せ参じた次第である。産んでくれ育ててくれた恩は感謝するが、我には世界を滅ぼすという責務がある。いつまでも子供のままでは、いられない。父よ、母よ! すまぬ、我の事は、忘れてくれ……と、言ってます」


「……いまの、たったひと鳴きで?」

「はい」


(――これこそ、まゆつば、だ……だが……)


「――それで……トリトリ先生は、どのように裁く?」



「――魔王様に、ヒヨコを、育てさせる」



(――妙案!!)




 魔王国を支配する魔王様に、力強い配下が新たに加わった。とりあえず。


 もと悪魔界・軍団長……その名も、魔神『カイム』である。


「ぴよ」

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名奉行大桃岡越前 ひぐらし ちまよったか @ZOOJON

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