下戸の言い分

月井 忠

一話完結

 たぶん、この飲み会に参加するのも、今日が最後になると思う。

 ボクはそう思いながら、一番端っこの座布団に座る。


 ここがいつもの指定席。

 端っこにいれば、会話に加わっていなくても、バレないからとっても楽なんだ。


 後からぞろぞろやってきた陽気な男や、派手目の女が席を埋めていく。


「じゃ、とりあえず、みんなビールでいいね~?」

 いかにもパリピっぽい男が声を上げる。


「あの……ボク、カシスオレンジで」

 中途半端に手を挙げてボクが言う。


 一瞬、全員の視線がこっちに向かう。


「あっそう」

 パリピはさっきと違う低い声で言う。


 これだから嫌なんだ。

 今どき、みんながビールを飲むなんて同調圧力、流行らない。


 それぞれが飲みたいものを飲めばいいじゃないか。

 それなのに、一人だけカクテルを頼んだボクが空気を壊したみたいになっている。


 ボクはビールが嫌いなんだ。


「私も同じものを」

 そんな声がした。


 ボクは下げていた視線を上げて、正面を見る。


 そこには、ボクと同じようにちょこんと手を上げた女の子がいた。


「りょうか~い」

 幹事のパリピは明るい声を出して、注文を始めた。


 その様子を見ていたら、単純にボクが嫌われていただけなのかもしれない。

 まあ、その方が気楽でいいや。


 これからは空気なんて読まずに、カクテルを頼める。

 まあ、もう二度とここには来ないんだけどね。


「はい、カシスの人~」

 派手目の女が、正面に座る女の子にグラスを二つ手渡した。


「どうも」

 女の子は手にすると、ボクに残った一つを渡してきた。


「ありがとうございます」

 ボクの声は、とっても小さかった。


「それじゃ! カンパーイ!!」

 パリピが音頭を取る。


 ボクは少しだけグラスを上げる。

 隣の女は、こちらに背を向けている。


 だから、ボクはソイツとグラスを合わそうなんて思わない。


 グラスに口をつけようとすると、正面の子と目が合った。


 彼女はこちらにグラスを差し出していた。


「あ……かんぱい」

 そう言ってボクはグラスを当てる。


「はい、かんぱいです」

 彼女は少しはにかんだ。


 ボクはグラスを傾け、カシスオレンジを飲む。

 甘くて、お酒と言うよりジュースみたいだ。


 ボクはビールみたいなお酒っぽい飲み物が嫌いだ。

 アルコールの匂いがだめなんだ。


 みんなには「お口がおこちゃまだ」と言われる。


 そうだと思う。


 でも、それでも気にしない。

 ボクの持っているグラスには、カシスの紫色と、オレンジの橙色がまざった模様ができている。


 正面の彼女のグラスにも同じような色があった。


「あの……甘くて、おいしいね」

 ボクは勇気を振り絞って彼女に声をかけた。


「そうですね。私この味、好きかも」


 ボクは次の飲み会にも彼女がいたらいいなと思っていた。

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