僕らの夏日記

LIM

第1話 プロローグ

 


大学生は人生の夏休みとはよく言ったものだ。



僕らはその只中にいる。



大学4年となれば、それは本当に最後とも言えるわけで。



僕らはそこで不思議な体験をした。







 それは、恋人との旅行最終日を迎えた夜のホテルでのことだった。








【9月29日 午前5時】



 一葉は皮膚にひんやりとした感触を感じて目を覚ました。






 なんということだ。

 横で眠ってる彼氏が死んでいたのである。



 


 一葉は目を見開き、言葉も発せぬまま、彼の両肩を掴んで激しく前後に揺らした。が、彼はその動作に従ってぐわんぐわんと動くだけで、もうすでに冷たくなっていた。




 状況を理解して数秒後、一葉の両眼はぼやけ始めた。悲しみというよりも驚きから溢れた涙は止まることを知らずに頬を伝い、顎先から垂れた塩水はただただシーツを濡らしていった。


 だがこの状態でずっとはいられない。頭の片隅にわずかに残っていた平静さが、一葉を動かした。


 一葉は揺さぶった反動で崩れていた彼の姿勢をそっと正し、踏まないように大きく跨いでベッドから飛び降りた。部屋の隅に設置されている受話器を半ば乱暴に手にとり、外部との連絡を試みる。しばらく手をつけられていなかったのだろう、受話器は手にかけた拍子に埃が舞い上がり、一葉は不覚にもそれを吸い込んで咳き込んでしまった。予想外の連続でもはや何が苦しいのか、何が悲しいのかすらわからない。




−この部屋何番だったっけ。あ、部屋じゃない、フロント?フロントに連絡すればいいのよね?フロントは?何番なの?


 

 隣に置いてある説明書を読むことすらままならない。冷静なのは脳だけ(脳も正直冷静ではないが)で、体は震えて思考についていけなかった。そもそもフロントに電話するより救急車を呼ぶべきではないか?いや、警察が先か?





 その時、部屋のオートキーが解除される音がした。突然の連続で一葉は喉から心臓を吐き出して死んでしまいそうだった。釣り上げられた深海魚の気分をこのタイミングで知ることになるとは。




「あれ一葉、先入ってたの?キー僕が持ってるけど?」

「え」

「まあいいや。飲み物飲みたくて自販機寄ってきたんだけどさー」



 一葉はベッドに横たわっている顔面蒼白な彼氏を確認したのち、さらに視線を動かしてドアの前に立っている男にも目を遣った。大学1年の頃に一目惚れだけで猛アタックするほど顔選の私が、恋人の顔を見間違えるはずがなかった。




 私は目を擦った。そしてもう一度目を擦った。




 彼らが「全く」同じ顔だったからである。




「奏一…?」

「え、どうして泣いてるの」

「どういうこと…私てっきり死んだかと」

「え、一葉?」

「うん、何?」

「え」

「なんで突っ立ってるの。早く入ろうよー」



 奏一の脇からトーンの高い声が聞こえてくる。そいつの顔を見て一葉はひっくり返った。それもそのはずだ、後ろからちょこんと顔を覗かせた女は他でもなく「私」だったのだから。



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