第35話侍女服を着た品のある人

今日は団長室に呼ばれ、団長とアドバン様、そしてサラと一緒にお茶をすることになった。


テーブルの上には、マカロンやマフィン、タルトがずらりと並んでいる。すごい!どれも私の大好物ばかり。



「フローリア、これは詫びというか、余計な心配や気苦労をさせた罪滅ぼしというか…すまなかった」

   

団長が少し申し訳なさそうに口を開いた。誠実な謝罪を聞きながら、私はどう返事をすべきか一瞬考えたが、その間もサラが次々とお菓子を口に運びながら、代わりに声をあげた。



「こんなんじゃ、ごまかされませんよ、団長!」


彼女は食べながらも容赦なく言い放つ。サラらしいけれど、なんだか団長が気の毒に見えてくる。



「サラ、なぜお前が言う…」


団長が困惑した表情でサラに目を向ける。そのやり取りに私は内心微笑んだ。サラったら、相変わらずだわ。


「団長。私の考えを尊重していただき感謝しています」


私が返事をすると、団長はさらに恐縮した様子で軽く頭を下げた。



「食堂での騒ぎもエドモンドから聞いている。エドモンドの強い要望もあって、あの場にいた数名の団員はしばらく第2騎士団の手伝いに行って、しばらく戻ってこないことになった。フローリアの事情を知らなかったとはいえ、彼らの行動はあまりに軽率だった。私も彼らが帰ってきたら、再び直接話をするつもりだ。重ね重ね、本当にすまなかった」



お茶を一息に飲んだサラが、怒りを露わに団長に言った。


「事情?私が、あのあと事情を説教しながら教えてやりましたよ!恋の芽を摘んで踏みつけてやるのと一緒にね。あの人たちは、帰ってきてもポーション禁止、いいえ、フローリアが作ったものは全部使用禁止にするべきよ!接近禁止命令も出してくださいね。食堂にも入れてやらないんだから!!」



恋の芽?何のことかしら?ああ、ソフィアへの恋ね!



「…はは、は。そ、そうだな」


団長は苦笑いを浮かべ、肩をすくめるようにして答えた。



「あまり団長をいじめてやるな、サラよ」


アドバン様は微笑みながら、フォローしたが、サラに呆れた目で見られ、そのまま俯き黙ってしまった。




***




「それより、フローリアの髪飾り、新しくなったわね」

 


サラがにやにやしながら、私をじっと見つめてそう言った。サラの目は、本当に何でも見抜いてしまうようで、隠し事をするのが難しい。私は照れを隠しながら、軽く髪飾りに手を触れた。


「あ、これは…午前中にエドモンド様とお出かけした時に、買っていただいたものです」



言葉を口にすると、心の中がふわっと温かくなる。髪飾りはエドモンド様が選んでくれたものだ。彼の真剣な眼差しがよみがえり、その優しさが今も心に響く。ふと、そんな私の様子を見透かしたように、サラが、にやりと笑みを深めた。



「へー、それってエドモンド様の瞳の色よね。最近、2人の距離も近いし…うふふ、ああ、これはエドモンド様からのお礼も期待して良さそうね」


サラの言葉に、顔が一気に熱くなる。彼女が言う「距離が近い」という言葉に思わず心が揺れるが、私が何も返せずにいると、サラは楽しそうに続けた。




「それにしても、宮廷薬師に大きな人事があったんですよね?なんでも体制が一新されるって聞いたわ」



サラは本当に情報通だ。ソフィアの結婚話や、ウィリアムの異動、室長の辞職まで、すべてサラからの情報だった。急展開に次ぐ急展開で、私の心は落ち着かず、どうにも気持ちが追いついていない。



「ああ、そうだ。新しい室長は、前々任者の室長だ。わしと同じ年でな、もう隠居していたのだが…。フローリアの曾祖母に教えを乞うたことがあると言っておってな。『世話になった人の曾孫に何をしてくれてんだ、叩き直してやる』とやる気満々だそうだ。フローリアにも、あとで会いたいと言っていたぞ」


アドバン様の言葉に、私は驚きを隠せなかった。曾祖母のことをあまり多くは知らない私にとって、不思議な親近感が湧いてくる。


「ええ、私もぜひお会いしてみたいです」



曾祖母が新しい室長にどんな教えを授け、どれほどの影響を与えたのか、想像を膨らませていると、サラが話を戻した。




「美容部門も、潰れて清々したわ。それにしても王妃様、美容にこだわりがあるって噂なのに、案外簡単に潰したわね」



サラの口調には少し冷ややかさが混じっているが、彼女自身もこの急な展開に少なからず驚いているのが伺える。




「フローリアを辞めさせて予算の確保をしたのを王妃様は知らなかったらしい。『人の夢を奪って自分の願いを押し付ける王妃にしたのは誰なの!』と、関係者を呼んで大いに叱責したそうだ」



人の夢の人って、私のことよね。その話を聞いて、王妃様に対する印象が変わった。王妃様という立場の人が感情を露にし、叱責する姿は想像がつかなかったが、予算確保のための人員削減が王妃様の真意ではなかったことがなんだか嬉しい。



「美容部門もな、『仲良しの薬師が新しい品を作ったらくれるって約束してくれているから、こんなイメージの悪い部門いらないわ』と、その日うちに潰すことを決めたそうだ」


仲良しの薬師…?



「王妃様の仲良しの薬師って、新しい室長ですか?」



私は尋ねたが、アドバン様は首を振って笑った。


「まさか!あいつは美容にはまるで興味がないぞ」



あと他にいたかしら?ああ、宮廷の外の薬師かもしれないわ。そんなことを考えていると、団長は不思議な顔をして私に言った。



「いや、フローリア。お前のことだと、私は聞いているが?…ああ、なるほど。全くあの方は…。フローリアは、侍女の服を着た品のある人に会ったことはないか?」



その言葉を聞いて、私は目を見開いた。まさか自分が「仲良しの薬師」として王妃様に認識されていたなんて、思ってもみなかった。心の中で驚きが大きく膨らむ。そして、団長の言葉に、侍女長様を思い出す。



「侍女長様ですか?ええ、何度もお会いしております」



「ああ、やはり。その方は王妃様だ。上の立場の者たちは、見て見ぬふりをしているが、王妃様は王宮を探索しながら情報集めをするのが好きでな。働いている者たちに気さくに声をかけている。関係ない話から、知りたい情報を上手に引き出すのが得意なのだ」



「確かに、聞き上手でした…え?本当に、王妃様!?」



確かにあんな優雅な人が、早々いては堪らない。王妃様…確かに納得だわ。そうすると、え?私、自分の使いかけを渡したこともあったわ。ふ、不敬…どうしよう。



「あー、何も気にすることはないぞ。ま、そういうことなら、そのうち自分で正体をばらすまで、いつも通りにしてやってくれ。王妃様もそれを望んでおられるだろう。騎士団の予算の増額は、この前の討伐の恩賞だけではなく、そういった意味もあるだろうから、フローリアが使える分も増えるぞ。だが、気負うことはない。正式な依頼ではないからな」



い、いつも通り?できるかしら?どうすれば自然に振る舞えるのか、少しだけ不安が残る。


予算の増額か…石鹸など団員達も喜んでくれるけど、薬の予算を使うのは気が引けていた。いくら衛生面で必要だとしても…。私は少しずつ落ち着きを取り戻しながら、王妃様にどんな品を贈ろうかと考え始めた。そうだわ、バラの香りの石鹸なら、きっとお喜びいただけるだろう。サラにはジャスミンの物を。予算も増えたことだし、新しい挑戦もしてみたいわ。


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