第31話黙り込む騎士団員

今、エドモンド様、ソフィアに『今日で君の勤務は終わりだ』って言った?


自分が焦って口にした言葉が、今現実になろうとしている。自分で言ったもののまさか、受け入れてもらえるなんて…。



エドモンド様の背後に目をやると、そこには心配そうな顔をしたサラが立っていた。サラがエドモンド様を呼んできてくれたのね。エドモンド様もサラもこのやりとりをどこから聞いていたのだろうか、じわじわと広がる恥ずかしさに、俯いてしまう。



周りが唖然としていている中で、一番最初に我に返ったのは、ソフィアだった。



「っ!エドモンド様、考え直してください。私、ちゃんとお役に立ちますわ!」


「そうですよ。ソフィアちゃん。この2週間、ずっと医療室にいて俺らの治療の手伝いをしていたんですよ」


「副団長!きっと、アドバン様も手伝いがいなくなったら困りますって」


エドモンド様を前に騎士たちも一斉に声を上げ始める。



そんな声に、ソフィアは涙ぐんでいた。私は、思わずエドモンド様をちらりと見上げたが、彼の表情は無表情のままだった。冷静に、この騒ぎを眺めている。




「爺さんが、困るというのなら、看護の専門を雇う」


エドモンド様は淡々と言い放つ。


「え?ソフィアちゃんでも十分じゃないですか…」


「ソフィア嬢は薬師で、看護の専門ではない。薬師としての試用期間だったこの2週間。薬づくりはフローリアしかしていない。爺さんにも確認済みだ。だから、薬師としても雇うわけにはいかない。能力が分からないからな」



「能力はあります。宮廷薬師ですもの」



ソフィアは必死に反論する。



「ならば、この期間、その能力を認められるように力を尽くしたのか?団長はポーションのノルマも出していたはずだ。自分の職に誇りと責任がもてない者とは働けない。私もフローリアと同じ意見だ」



エドモンド様…。



「副団長、その言い方は、ちょっと…。ソフィアちゃんは副団長のことを…なあ?」


「そうですよ。フローリアちゃんの言うことだけ聞いてあげるって、ひどくないですか?」



騎士たちが、口々に声を上げる。




「フローリアが、ソフィア嬢と一緒に働けないというのなら、騎士団としてはフローリアを選ぶだけだ」




その言葉に場が一瞬しんと静まり返った。団員たちは顔を見合わせ、困惑と不満の表情を浮かべていた。





「騎士団?俺らは、ソフィアちゃんも一緒がいいんです。副団長の…個人的な考えを騎士団の考えにされても…」



ロナン様…。



「じゃあ、お前は、自分のやりたい仕事だけをする、同じ職なのに仕事を分担できない、そんな人間がいる環境の中で楽しく仕事ができるのか?力を発揮できるのか?」



「…いやいや、仕事ってそういうもんですよね。いろんな人間と折り合いをつけて人間として成長…」



ロナン様は返す言葉を一瞬探した後、もごもごと言葉をつづけた。



「ほう、それはよかった。実はな、第2騎士団から、この前の戦いで、負傷し休んでいる者が数名居るから、第3騎士団の人員を貸してくれって頼まれていたんだ。断ろうと思っていたが、ちょうどいい、給料も上がるぞ。ロナン、お前が行け」



その提案にロナン様の顔色は一気に変わった。青ざめた表情を隠せず、彼は目を見開いたままエドモンドを見つめていた。明らかに動揺している。第2騎士団への派遣など想像すらしていなかったのだろう。ロナン様は、しばらく言葉が出なかったが、ようやく口を開いた。



「い、嫌ですよ!あいつら、俺たちを見下してるんです。この前だって、重いものは運ばないわ、俺らに洗濯させようとするわ。行ったら絶対こき使われますって!給料が上がっても、やってられません!」


ロナン様の必死な訴えにも関わらず、エドモンドは冷静で鋭い眼差しを崩さなかった。そして静かに、はっきりとした口調で言葉を返した。




「折り合いをつけて成長して来い。仕事とは、そういうものなのだろう?」




その言葉が場の空気を一変させた。緊張がピリつくように張り詰め、騎士たちは思わず息を呑む。誰もが次の言葉を待っていたが、エドモンド様は、何も言わない。ただ無言のまま、冷静に騎士たちを見渡す。しんとした静寂が辺りに漂う。


その沈黙を破ったのは、サラだった。鋭い声がその場を切り裂くように響いた。



「大体、あんたたち何なのよ!少し可愛くておだててくれる子にころっといくなんて…ああ情けない」


「なんだよサラ、お前関係ないだろ」


一人の騎士が反論する。



「なんですって!あんたたちの体調が良いのは、私の食事とフローリアのポーションのおかげよ。腰が痛いだの、疲れただの、だるいだのって、最近言わなくなったのを当たり前だと思ってるんじゃないでしょうね?」



その言葉に、騎士たちは思わずといった様子で顔を見合わせた。



サラは、声を荒げて続ける。



「ポーション飲むのをやめて、またあの苦しみを思い出しなさいよ!第3に休むほどの負傷者がいないのは、あんたたちの力だけじゃないのよ!まったく、フローリアの恩恵を受けているくせに…その上で彼女を思いを汲まないなんて!」



サラ…。



サラは一瞬息をつき、ふと何かを思い出したかのように再び口を開く。



「あっ、そうだ。浴場に置いてある洗髪料も体を洗う石鹸も、全部フローリアがあんたたちのために試行錯誤して作ったものよ!あんたたちのくっさい匂いや汚れがちゃんと落ちるように、どれだけ努力したと思ってるの?」



サラは冷ややかな目で騎士たちを見て、言い放った。



「洗髪料も石鹸も撤収よ、撤収!今日からは何もつけずに、自分たちで必死に汚れを落とすがいいわ!」




その言葉に、騎士たちは完全に黙り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る