第19話手伝ってほしい?
朝の光が柔らかく差し込む中、そっと部屋のドアを開けた。まだ眠気が残るが、笑みを抑えきれないまま、騎士団の廊下を歩く。きっと浮かれているのだわ、私。
髪には、シルバーの土台にエメラルドの小さな石がたくさん散りばめられた、美しい髪飾り。
「おはようございます。アルバン様」
笑顔で挨拶をする。エドモンド様から贈られた髪飾りを頭に飾り、心なしかいつもより自信に満ちているように感じる。
「おお、休みは楽しかったか?ん?今日は珍しく髪飾りを付けておるな」
普段、飾り気のない私が、珍しくおしゃれをしていることに気付いたアルバン様が、少し驚いたような顔をしながらも、優しい声でおっしゃった。
「はい、エドモンド様が買ってくださって。私の目の色と一緒なのです」
その言葉を聞いたアルバン様は、思わず眉を上げた。
「あの、無頓着で無粋な男が選んだにしては趣味がいい。ああ、似合ってるぞ」
アルバン様は、何やら笑みを浮かべながら、からかうようにそう言った。
その時、扉の方から別の声がした。
「あ、フローリアちゃん。ここにいた」
ロナン様が、軽い足取りで近づいてくる。その顔には、いつもの無邪気な笑顔が浮かんでいたが、どこか探し物を見つけた時のようなホッとした表情も垣間見える。
「ロナン様、どうしましたか?」
何かしら?彼に向かって問いかける。
「いや、実はね、今日は門の警備の当番なんだけど、フローリアちゃんの同期だって言う可愛い女の子が来ていてね。ソフィア嬢だったかな」
「ソフィアが?」
突然の名前に驚きを隠せなかった。ここに来る理由が思い浮かばないわ。胸の奥に不安が広がっていく。
「門で待っているけど、どうする?」
「えーと、それでは作業室に案内していただけると嬉しいのですが」
「わかった、じゃあ行ってくるね」
ロナン様が軽く手を振りながら立ち去るのを見送り、作業室へ向かった。部屋で一人で待っていると、不安が胸を締め付けてくる。ソフィアがここに来た理由を考えながら、その場に立ち尽くしていた。
しばらくして、ソフィアが現れた。彼女の姿を見た瞬間、心臓が早鐘のように打ち始めた。
ソフィアは驚きの表情を浮かべながらも、どこか軽快な調子で話しかけてきた。
「あっ!フローリア。本当に騎士団にいたのね。びっくりしちゃった。ひどいわ、手紙を頂戴って言ったのに全然くれないのだもの」
距離を置こうとしていた…しかし、それを言葉にすることはできなかった。
「でもよかったわ。こんなに近くにいたなんて」
ソフィアは続けたが、その言葉には、どこか無邪気さと同時に何かを含んでいるかのような響きがあった。
「…何か用事でもあった?」
慎重に問いかけた。ソフィアがここに来た理由が見えてこなくて不安だわ。
「聞いたわよ、フローリア。あなた、先輩たちにたくさん仕事を押し付けられていたのですって?私たち全然知らなくて…。言ってくれればよかったのに」
押し付けられていた…。ソフィアの言葉は一見心配しているように聞こえたが、その裏には少しの嘲りが含まれているようにも感じられた。
それに、ずいぶん前から忙しいとは言っていたわ。それでも、フローリアたちだって押し付けていた。私はそう感じているのに…。
確かに、先輩のことを言ったら、きっと励ましてはくれたはず。…でも、励ますだけで、いつだって何もわかってくれなかったし、何の解決にもならなかった。効率的に仕事を…って言われたこともある。
「それで、室長が怒ってね。みんなフローリアがいなくなって仕事が大変なの。でも、私は正直、自業自得だと思っているわ」
ソフィアの言葉に、驚きを隠せなかった。
それに、長年の経験を持つ薬師たちが大変?勘が戻らない、腕が鈍ったということかしら?
「それを教えに来たの?」
ソフィアの言葉にわずかな苛立ちを覚えながら問いかけた。ソフィアは首を振りながら、さらに驚きの言葉を告げた。
「あ、違うわ。実はね、王妃様の洗髪料があまりうまくいっていなくて、こっちの仕事の合間に手伝ってもらおうと思って。私たち、とっても困っているの。ね、いいでしょ?」
先輩のこと、自業自得って今、言っていたのに。王妃様の洗髪料を手伝うように頼まれるなんて…。本気なの?
「…合間だなんて。私の一存じゃ決められないわ」
「じゃあ仕事が終わってからでいいの。前みたいに」
ソフィアは悪びれもせずに言い放つ。だが、すでに決心していた。これ以上、彼女の要求に応える義理はないわ。
「定時以降働かない約束をしているの。だから…」
その言葉に、ソフィアは一瞬驚きの表情を見せたが、呆れたように笑った。
「え?急に冷たいわ。前は何でも聞いてくれたのに…。辞めても同期って言ったじゃない。ねえ、その約束は誰としているの?一存って、じゃあ誰に言えばいいの?」
辞めても同期だなんて私は言っていないわ。
返事をする前に、突然背後から低く響く声が聞こえた。
「俺に言えばいい」
驚いて振り返ると、そこにはエドモンド様が立っていた。彼の鋭い目がソフィアをじっと見つめている。
「きゃ、誰?」
「フローリアの上司で、副騎士団長のエドモンドという。騎士団の職員となったフローリアは、ここのただ一人の薬師だ。困っていることは理解するが、宮廷薬師はたくさんいるであろう。申し訳ないが、こちらの仕事に支障が出ては困るので遠慮していただきたい」
「副団長?え…」
ソフィアの顔には、明らかな動揺が見られた。エドモンド様をじっと見て、固まっているようでもあった。しかし、エドモンド様はその表情に一切動じることなく、続けた。
「どうしてもというのであれば、上司同士とのやり取りということにしよう。それでどうだろう」
エドモンド様の提案に、はっとしたソフィアは、慌てて頷いた。
「あ、はい!分かりましたわ。今日は帰ります。エドモンド様、またお会いしましょうね。じゃあ、フローリアもまたね」
やけにあっさりその場を去っていったソフィアの頬が染まっているように見えたのは、気のせいだろうか。
「爺さんが不安そうな顔をしていたといったから来てみたが、大丈夫だったか?」
「はい、少し困っていたので心強かったです。ありがとうございます」
笑顔のエドモンド様を見て、ようやく肩の力が抜けたのを感じた。
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