第12話薬師としての心構え
のんびり薬を作っているつもりだったが、『この程度の傷にポーションなんて贅沢だ』と言って普段あまり使われないせいか、特に、ポーションの在庫がどんどん増え、置き場が無くなるという事態に陥った。
「エドモンド様、すみません。薬剤もただではないのに、こんなに作ってしまって…」
「いや、いいんだ。第3はいつ魔獣狩りに駆り出されるかわからないからな。必要な時にないというのは困るんだ。なに、ポーションを買うより、薬草などを買う方がずっと金はかからない。金の心配はしないで使っていいぞ。しかし、使用期限もあるから…そうだな、こっそり売るか?」
エドモンド様が冗談めかして言った。
「ふふ、お金を気にしなくてもいいのでしたら、疲労回復の効果もあるので1週間に一度は、騎士様達に飲んでほしいです」
「おお、そうか。みんな喜ぶぞ。数があるから、第3で働いている皆にも配ろうな」
エドモンド様は微笑んでいたが、ふと、突然真剣な表情になった。
「…そうだ、フローリア。この前、爺さんから、フローリアが夜遅くまで残って薬の調合をしようとしていたことを聞いたぞ」
…私、アルバン様に口止めしたはずなのに。
「えーと、仕事というか、作ってみたいものがありまして。その…、つい夢中になってしまって。あ!でも、以前の職場では、ほぼ毎日夜の当直をしていましたので、体力には自信があります」
慌てて言い訳をしたが、エドモンド様はジト目で私を見つめている。…どうやら本気で怒っているようだ。
「フローリア、夜というのはな、寝るためにあるんだ。倒れたらどうする?毎日当直なんて騎士でもそんなことしない。なんだその職場…禁止だ禁止!ちゃんと、定時に帰るように!!」
「はい…」
うぅ、心配してくれたのは嬉しいけど、怒らせてしまったわ。その後、しばしの沈黙が流れ、エドモンド様は、やや気まずそうに綺麗にラッピングされた箱を差し出してきた。
「あー、フローリア。この話は終わりにして…これを君に。よければ受け取ってくれないか?」
「これは?」
「洋菓子店のボヌールの菓子だ」
「え?あの有名な?一度は食べてみたいと思っていました!でも、なぜ私に?」
「いや、実はな。サラに、フローリアを騎士団に連れてきたときの経緯を聞かれてな。泣いたフローリアの頭を撫でてしまったことを言ったら『結婚前の令嬢の頭を許可なく撫でた?信じられない、謝罪よ謝罪!』と怒られて…すまん、つい弟にするようなことをしてしまって…。悪気はなかったんだ。許してくれるか?」
彼は、申し訳なさそうに言った。もう、サラったら…
「気にしてません。というか、嬉しかったくらいで…」
「っ!そうか。でもこれは、フローリアに買った物だから受け取ってほしい」
「はい!じゃあ遠慮なくいただきますね」
嬉しい。あ、ふんわりいい匂いがする。焼き菓子ね、きっと。
「ああ。それにしても、サラとはすっかり仲良くなったんだな」
「ええ、仲良くしてもらっています」
「なんだったけな。ああ、ヘアオイルか。サラがすごく嬉しそうにしていたぞ」
「ふふ、それはよかったです。洗髪料と一緒に使うと効果がもっと出るので、今開発中です。あ!残業はしません…」
いけない、私が勝手にやっていることなのに、サラまで怒られてしまったら大変。
「なるほど、それに夢中になっていたんだな。ああ、そんな顔をするな。怒ってないから…しかし、そのオイルとかは、フローリアは使わないのか?」
私?
私は思わず自分の髪を触った。撫でられた時も、もしかしてゴワゴワしていたかしら、恥ずかしいわ。
「えーと、私はあまり美容に興味がないというか」
「そうなのか?使ってみればいいぞ。作った本人にその効果が出ていたら、説得力があるじゃないか。ひょろひょろの騎士が、この国を守りますって言っても説得力ないだろ。栄養不足の料理人とか、病気がちな医師とか。あ、爺さんのことじゃないぞ。あの人は、俺より長生きしそうだ。はは」
彼は笑いながら言った。
そんな風に考えたことはなかった。効果があるものを作れたことに喜んでばかりで、それを自分自身で試してみることの重要さには気づいていなかった。薬師なのに…。
「そうですね。どこかで、薬師なのに美容?という気持ちがあったのかもしれません。心構えが足りませんでした。ありがとうございます、エドモンド様!他の薬と同様、美容に関しての物も自分で試してより良いものを作って見せます」
「おう、その意気だ」
私は決意を新たにし、エドモンド様は、私の様子に満足げにうなずいた。
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