第10話小さな綻び sideソフィア

sideソフィア


「みんなちょっと集まってくれ」


作業中の手を休め、皆が顔を見合わせる。何事か?といった緊張感が漂う中、室長が少し厳しい顔をして話し始めた。



「実は、第1騎士団から、ポーションの効きが悪いとの苦情が入った」


効きが悪い?ここに来てから、そんな苦情は一度も聞いたことがないわ。



「確かに新しい部門が立ち上がり忙しくなったのはよくわかる。人員も一人減ったしな。しかし我々は宮廷薬師だ。薬づくりに手を抜いてもらっては困る。量を確保するだけではだめなのだ。プライドを持って品質を保ってほしい」


室長の言葉に、周囲の空気が一層ピリピリとした。「手なんか抜いてないわよね」と先輩たちが不満げにぶつぶつと呟く声が聞こえた。



「とにかく励んでくれ。それとソフィアとウィリアムには、別の話がある。私についてきてくれ」



別の話?戸惑いながらも室長に従いついていく。



***



室長室に到着し、ソファに腰を掛けると、室長は少し言いにくそうな表情で話を続けた。



「あー、立ち上げたばかりで、まだ軌道に乗っていないのだろうが、王妃様から催促が来てな」


どうやら、洗髪料のことのようね。私たちは静かに耳を傾ける。



「今までは、肌に塗るものだったから勝手が違うのはわかるが、立ち上げた美容部門の最初の製品となる。急ぎつつも王妃様の満足できるものを作らなくてはいけない。目途は立っているのだろうか?」


「ええ、ソフィアと相談して材料は決まっております。髪の栄養となるものをふんだんに取り入れるつもりです」



ウィリアムが自信を持って答えると、室長の顔にも安堵の色が広がった。でも…



「ただちょっと配合が難しくて時間がかかっているのですわ。分離してしまったり、効果を打ち消してしまったり…」


ああ、こんなときにフローリアがいれば…と心の中で呟く自分がいる。でも、フローリアはもういない。もう頼るべきではないわ。



「とにかく最初からつまずくわけにはいかない。主任と副主任として頑張ってほしい」


室長の言葉に、頷き作業室に戻る。




***





作業室に入ると、慌てた様子の先輩が駆け寄ってきた。


「あ、ねえねえ、ウィリアム。今日、夜の当直代わってくれない?」


ウィリアムは少し困った顔をして答えた。



「すみません。私は平民ですので、高価なものがあるここで、当直はできないことになっています」


採用に貴賤は問わないのに、万が一のトラブルを避けるためという理由で、平民に当直は割当たっていない。その決まりは、少し失礼だと私は思わざるを得ないが、当のウィリアムは、当直がなくてラッキーだよと言っている。



「じゃあ、ソフィアは?」


「すみません、私は決められた日以外は父の許可が出ませんので、急には…」


先輩は肩を落として嘆息する。



「そうよね、ああ、困ったわ。いつもは、フローリアがやってくれていたから。ねえ、誰でもいいから今日当直できる人いない?」



そういえばフローリア、夜の当直が多いような気がしていたけど、代わってあげていたのではなくてやってあげていたの?フローリアが断れないのを分かっていて、誰もが当たり前のように頼っていたのね。


ひどい!今更だけど、フローリアをいいように利用していた先輩たちに少し腹立たしさを覚えるわ。

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