第3話あなたのためを思って

「あ、あの、先輩、頼まれていたポーションですが、その、期日を伸ばしてもらえるか、他の誰かに代わってもらえたら嬉しいのですが…」



森に行く前に、胸の奥で鼓動が速くなるのを感じながら、ためらいがちに声をかけた。視線を落としたまま、小さな声で言葉を紡ぎ出す。手が震えているのが、自分にもはっきりとわかった。



「え!困るわ!!理由は何なの!?」



アリシア先輩は眉をひそめ、その声には、驚きと苛立ちが隠しきれずに滲み出ていた。やっぱり、こうなるか…うう、怖い。先輩に何かを頼むことは容易ではなかったし、特に今回のように期日の延長を願うなんて、勇気が必要だった。



しかも、ポーションは常に足りない状況で、ポーション作りの依頼はいつもきっちりと期限を守ることが絶対のルール、この職場で働くようになってから何度も叩き込まれてきたことで、それはわかっているのだが…



「実は、王妃様からの早急な開発依頼に関わることになりまして…」



恐る恐る事情を打ち明けた。口にした途端、少しだけ肩の荷が下りた気がしたが、それでも反応が怖い。



「…そうなの、まあ、私のお願いより王妃様のお願いの方が優先よね」



声には理解が滲んでいたが、棘がある。小さなため息も聞こえた。



「…すみません」



「でも、頼んだのは先週でしょ?ポーション作りをもっと手早く調合できるようになるための訓練を積まないといけないわね。まあ、本当は、みんなそういうのは、学院で習ってくるものだけど。あなたの場合は仕方ないわね。フローリアの作るポーションの質は確かに優れているけれど、もう少しスピードが必要ね。王宮の薬師として求められるのは、質だけでなく迅速さもだから。」



「…はい」



ポーション作りを頼んでくるのは、アリシア先輩だけじゃない。そもそも、薬師には、それぞれポーション作りのノルマがあり、頼まれること自体変だとは思っている。しかし『新人、特に学院を出ていないフローリアは、安定したポーションを作れるように繰り返し作成した方がいいわ』と言われると、なかなか断りづらい。

前よりも手早くポーションを作れるようになったと思っていたのだが…それでも足りない、まだまだだと言われているようで、なんだか心が疲弊してくる。




そんな私の反応を見て、アリシア先輩は一瞬、口元を緩めた。



「まあ、いいわ。ポーションは何とかするから。その代わり、今日の夜の当直代わってくれない?実は婚約者と出かけることが急に決まって困っていたの」


「それは、大丈夫です」


夜の当直はいつも代わっているし、今日は特に、帰られなそうだし。引き受けることには何の問題もない。



「本当!よかったわ。あ!王妃様の開発って美容関係よね。私へのおすそ分けも期待しているわ」



アリシア先輩に微笑みを返しながら、研究室を出た。




『学院で習ってくるもの』『質だけでなく迅速さ』先輩の言葉が、頭の中で響き続けていた。


『学院を出ていないのだから、たくさんの経験が必要』と、同じ新人でも、学院に行っていた同期の2人には、回っていかない仕事が私にはたくさんある。何とかこなしているが、正直きつい。学院を出ていたらもう少し楽にやれたのだろうか?


仕事だもの。やりたいことだけやるわけにはいかないことはわかっている。でも、いつか慣れるものなのだろうか?


心の中で何度も自問自答を繰り返したが、答えは見つからなかった。



**********



ラックウッドの森での採取は無事に終わったが、森を出る頃にはすっかり夜になり、あたりは真っ暗になっていた。冷たい風が吹き、頬を刺すように通り過ぎていく。


疲労が蓄積し、体は重く、頭は鈍く感じられたが、王妃様の依頼に応えるためには、今夜も寝ずに新しい調合に取り組まなければならない。


心には、まだ終わらない仕事への重圧と、未来への不安が深くのしかかっていた。足取り重く、暗い実験室に向かって歩き出す。当然のように、2人は残っていない。



…今は、余計なことを考えないでやるしかないわ。



ポーションの香りが漂う静かな実験室の中で、気持ちを新たに開発に挑む準備を整えた。

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