【KAC20246】弱虫リフレクション
ほわりと
第1話
人間、間違えるのは一瞬だ。邪魔だからと前髪を切ってぱっつん前髪になるのも一瞬だし、足が滑って階段から落ちるのも一瞬。
そして私、琴野鈴音が趣味で描いているイラストのスケッチブックを間違えて学校に持ってくるのも一瞬の出来事だ。よりにもよって、いたずら好きな男の子の斎藤くんに取られてしまうなんて。今日の授業が終わってあとは帰るだけだと気が緩んで、つい鞄に入っているか確認していたのがいけなかった。
斎藤くんがスケッチブックを開いてみんなに見せて回っているけど、怖くて下を向いてしまう。頭からは血の気が引き、手は小刻みに震えている。本当はやめてと言いたいのに、私の弱虫が邪魔をしてくる。
少し露出の多い女の子のイラストも描いていたから男の子たちからはいやらしい目で見られ、女の子たちからは、やっぱりあの子ってオタクなんだという囁きが聞こえてくる。
「なあなあ、見ろよこれ!」
「は? なに? 今お姉ちゃんを起こしてるとこなんだけど?」
斎藤くんが話しかけると、寝ている少女を起こしていた女の子が不満そうに言った。隣のクラスの山田陽子さんだ。まさか山田姉妹にも見せるなんて。山田姉妹は優子さんと陽子さんの双子で校則無視の常習犯。
ピアスや色付きリップなど、色々なもので先生に注意をされたことがある問題児のため、同学年の生徒たちから煙たがられている。かくいう私も近づかないようにしている一人だ。
あの二人に目をつけられたら学校生活が終わるかもしれない。視線だけでその様子を見守っていると、寝ていた優子さんの目がぱちりと開いて目が合った。思わずぎゅっと目を閉じる。どうか何事もなく終わってください。
「ほらこれ、あいつが描いたんだぜ。笑えるだろ!」
ゲラゲラと笑う斎藤くん。次の瞬間、優子さんが起き上がり斎藤くんの持っていたスケッチブックを取り上げた。優子さんはきょとんとしている斎藤くんを無視して、私に近づくとスケッチブックを返してくれた。スケッチブックを受け取ると、なぜか優子さんが掴んだまま離さない。
「えーっと、あの……」
「……そうだ。とりあえず私を描いてほしい。あと、ついでに陽子もお願い」
優子さんはついでって何よと怒る陽子さんを無視して、私の手を掴むと教室を出た。さっきまで寝ていたからか優子さんの手が温かくて、気がつけば手の震えが止まっていた。
二人はいじられている私を助けてくれたのだろう。今まで問題児だと思っていたけど、問題は外見だけなのかもしれない。今日は軽く制服を着崩しているだけ……とは言い難い。
よく見ると二人ともスカートは短いし、靴下も学校指定のそれとは違いぶかぶかのものをわざわざ履いている。先生に怒られるだけなのに、どうしてこんな格好をしているんだろう。不思議に思っていると優子さんが顔を覗いてきた。
「なんで私たちがこんな格好してるの、って顔してる」
「そうなん? そんなのかわいいからに決まってるっしょ。名前は古臭いから、せめて見た目だけはかわいくしたいんだよねー」
「そーそー、一周回って新しいまである」
「お姉ちゃん、新しいとかないって優子と陽子だよ? おばあちゃんの名前ベストテンくらいに入るような名前だし」
歩いている間、私は一言も話さず二人がそんな他愛もない話を続け、ついに二人の家に着いてしまった。部屋に案内されて入ると物が少ない質素な部屋。
もっとこう、かわいいものがあると思っていたのに。部屋で待っていると二人が入ってきて、その服装に目を丸くした。
「ああ、これ。二人は地味な格好で驚いた? 家だと気が緩んでこんななんだ。お姉ちゃんなんて、小学生の頃のパーカーをまだ着てるんだよー」
「陽子が着なくなったのも私がリサイクルできて一石二鳥」
優子さんは胸を張りながらブイとピースサイン。その様子を見て、陽子さんは一石二鳥の使い方違うって、それに成長が止まってるってことじゃんとツッコミ、苦笑いを浮かべた。
学校では怖いイメージなのに家ではぜんぜん違う。あ、いや、お姉さんである優子さんはそこまで変わってないかも。家でも眠そうで袖で目を擦っている。
困惑している私に、二人は小学校の卒業アルバムを見せてくれた。写真の中心に写っているものはクラス写真くらいで、行事の写真のすみっこにたまたま写っているものが少しだけ。そして何よりも二人は今より地味で、雰囲気が私に似ている。
「今より地味でしょ?」
「え、あ。そんなことはっ……」
思っていたことをつい口に出していたかも。この二人が私と同じで弱虫を飼っていたなんて言ったら怒られるに決まっている。私が慌てて否定すると、二人はそんなことを気にしないで提案してきた。姉妹でハモりながら。
「「琴野さんも、とりあえず形から入ってみない?」」
断れないまま美容室に連れていかれて長い黒髪をばっさり切った。家に帰るとお母さんたちは髪型が変わって元気な感じになったねと言っていたけど、それ以上に私の弱虫は今日も元気だ。
指示を守らなかったら学校で何かされるかもしれない。朝ご飯を食べて家を出ると、近くの公園のトイレに駆け込む。そこで、昨日二人に言われた通りに制服を着崩す。
「オタク女が昨日の今日でイメチェンしてる。ウケる!」
視線を感じながら登校していると、後ろから声をかけられた。この声は斎藤くんだ。好きでこんな格好をしている訳じゃない。怖くてぎゅっと目を閉じる。すると、別の声が聞こえてきた。
「あんたのほうがウケるんですけど。他人にマウント取らないと生きていけないなんて、超可哀想」
「そーそー、寂しい奴だねー」
目を開けると私の横には優子さんと陽子さんの二人が立っていた。二人の言葉に言い返せない斎藤くんを見ていると、なんだか私まで強くなった気分になる。見た目を変えて強気になったのかもしれない。
「た、他人の趣味を馬鹿にするなっ!」
今まで学校で出したことのない大声を出して声が裏返ってしまう。それでも言いたいことは言えた。なんだかスッキリした気がする。私の声を聞いてか聞かないでか、斎藤くんは腰を引いて逃げていった。
「なんでこんな格好してるかわかった?」
そう言ってウインクする山田姉妹は、もう私の中で怖い人たちじゃなくなっていた。この二人も私と同じで弱虫を飼っていたのかも。それでもこうして変わっている。それなら私も変われる気がする。
「うん。私もとりあえず形から入ってみるっ」
【KAC20246】弱虫リフレクション ほわりと @howarito_5628
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