陽菜は幼馴染作の百合小説を読むと隣家へ行く。

綾乃姫音真

陽菜は幼馴染作の百合小説を読むと隣家へ行く。

「……あいつ殴る」


 スマホで投稿サイトにアップされている小説を読んでいたわたしは部屋着のまま家を出て隣家へ。インターホンを鳴らしておばさんに挨拶。勝手知ったる幼馴染の家と、真っ直ぐ2階へと上がっていく。そして1番奥になるドアを躊躇なく開けて、部屋の主が居ることを確認。


「ちょっと、佳穂かほ――」


 昨日アップした短編はなに!? そう怒鳴ろうと思っていたはずなのに幼馴染の姿を見た瞬間、一気に気持ちが鎮火してしまう。


 彼女は部屋着として使ってるパツパツのエンジ色ジャージに紺のハーフパンツ(通販で買うときにサイズを間違えたらしい。返品も面倒くさくてそのまま着用している)姿で床においたクッションに座っていた。正面のテーブルにはノートパソコンが置いてあり、その手前に突っ伏している佳穂。


 わたしが勝手に部屋に入ってることに気づいてるだろうにピクリとも動かない。


「佳穂ー? どうしたの?」


 試しに肩を揺すると「うー」とか「あー」なんて意味をなさない言葉が返ってくるけど、それだけだ。


「佳穂さーん? ん?」


 佳穂は顔を上げることなくノートパソコンの画面を指さす。視線を向けると、そこに映っていたのは小説投稿サイトの編集画面だ。本文が0文字で真っ白だった。


「……今回のお題、私には難しい」


 ようやく顔を上げた佳穂だけど、おでこが赤くなっていた。特に中央だけ濃くなってるのは何故に? ボールペンくらいの太さの跡がついてるんだけど……と首を捻りかけたけど、すぐに察する。きっとネタが出てこないあまり、自分のおでこをペンで叩いたんだろうなぁ……。


 さり気なく室内を見回すと、わたしが以前愛用していたボールペンが転がっていた。いつの間にか行方不明になってたのに……佳穂がパクって――あ、そういえば……ここで一緒にテスト勉強したときに忘れていっただけかも。危ない危ない、佳穂は色々と終わってるけど、人のモノを盗むことなんてしない。変な疑いをかけるとこだった。


「お題?」


「そ。指定されたお題で小説を書くんだけど……陽菜ひなは『トリあえず』って聞いて、なにが思い浮かぶ?」


 なんて言いながら立ち上がって背伸びするように大きく伸びをする佳穂。ポキポキと背骨の鳴る音がわたしの耳まで届く。


 そのまま両手を後ろに伸ばすようにして、身体を左右に捻り始める佳穂。自然と胸を張る形になるんだけど……おっきいな。ジャージの上からでもハッキリとわかる膨らみ。クラスでもトップスリーに入る大きさを誇る胸は同性から見ても羨ましい。私はクラスで平均くらいだからなぁ……嘘。見栄張った。ほんとは小さい側です、はい……。


 というか、上半身もすごいけど……下半身も中々だよね、佳穂。たぶん漫画だと『むちっ』なんて擬音がつくんだろうなぁって気がする。というか、キツくないのかな? 裾なんて太ももに軽く食い込んでるように見えるんだけど。


「佳穂。1回後ろを向いてくれる?」


「別にいいけど」


 わたしの言葉に不思議そうな――顔をせずにニヤけている幼馴染。絶対にわたしが気になったことを理解しているんだろうなと。幼馴染ってお互いの表情から内心を高精度で読み取れるから面倒くさい。


 わたしに背を向ける佳穂。予想通りハーパンに下着の線が浮いていた。ところで佳穂さん? なんでお尻を突き出して振るんですかね? ん? 動きがなんだか……文字を書いてる? えっと……カタカナで……「ヒナ」?


「陽菜は佳穂に尻文字しろなんて言ってないんだけど」


「あのさ陽菜? 一人称が自分の名前なのって苛つく人が居るからオススメしないよ?」


「うっさい。陽菜の勝手でしょ」


 余計なお世話! 昔からこうだし、今更変える気はないから!


「男子から見ても好き嫌い別れると思うけどなぁ。彼氏の選択肢減っても知らないよ? 陽菜って心の中じゃ自分のこと『わたし』って言ってそうだし、その気になれば矯正できるでしょ?」


「彼氏とか興味ないし」


 流石幼馴染。読心できるのかな? ってレベルでわたしの心の中まで理解している。そんな幼馴染が居るからこそ、彼氏を作るくらいなら佳穂と遊んでいたほうが絶対に楽しいという気がしてならない。


 気疲れしないし、越えちゃいけないラインもわかってる。なんだかんだ言いつつ、こうやってお互いに好き勝手遠慮なく言える間柄は貴重だと思うし。


「ふーん?」


 こちらに向き直り意味深な表情を浮かべる幼馴染に蹴りを入れようとしたけど、簡単に躱されてしまったのが悔しくて仕方がない。なんで運動部のわたしよりも動きが軽やかなんですかね!? 帰宅部さん?


「で、尻文字なんてした理由は?」


「私の下半身が大好きな幼馴染へのサービスに決まってるじゃん♪」


 にこやかな笑みだけど、向けられた側はムカつくだけだった。だからといって肉体的にツッコミを入れても避けられるだけなので言葉で反撃することに。


「ハーパンにパンツの線が浮いてるの少しは気にしたら?」


「え? 陽菜ちゃんは幼馴染のお尻にパンツの線が浮いてるとえっちな目で見ちゃう娘なの? 女の子同士なのに? 部屋でふたりっきりとか貞操の危機?」


 この――! ああ言えばこう言うんだから! しかも普段は呼び捨てなのに、こういうときだけ『ちゃん』づけしてくるのもイライラポイントだった。


「変な小説をネットにアップしてる人には言われたくない」


「変なって?」


「幼馴染モノの百合小説!」


「いや、私が百合小説を書いてるのを知っていて、更新するとすぐに読んで応援入れてくるのに怒られても……」


「いつものはフィクションとして楽しんでたけど、最新の短編は違うじゃん! 明らかに陽菜と佳穂がモデルだよね!?」


「うん。先週、陽菜に押し倒されたときの心境を忘れないうちに書こうかと」


 う……そう言われると、原因がわたしにある気がしてくる……。ちなみに『押し倒した』じゃなくて『押し倒すように誘導された』だ。


「はぁ……」


「それで『トリあえず』なんだけど……どんなのが浮かぶ?」


 わたしがため息で誤魔化すと、それが合図だったかのように話題が戻っていく。


「文字を見てないから音で判断すると……料理で鳥肉だけ和えてないとか? それか、トリって名前の生き物に会えない」


 取り敢えずふたつくらい思いついたのを言ってみる『鳥和えず』と『トリ会えず』だ。


「そうなっちゃうよねぇ……どうしよ」


「むしろそれじゃダメなの?」


「百合で?」


「……グルメ系かファンタジーは? 女冒険者とハーピィ」


「んー……後者でいくかなぁ」


「あ、邪魔なら帰るよ? 元々佳穂が昨日アップした短編の文句を言いに来ただけだから」


「いやいや、邪魔じゃないから。逆にひとりだとネットサーフィンとか始めちゃうから見張ってて」


 本人が言うならそうしよ。佳穂の部屋って小説とか漫画のジャンルが豊富だから読書好きのわたしとしてもありがたい。毎週のように新しい本が増えてるしね。


「じゃあ適当に本を――」


 探そうと本棚に向かおうとしたところで手首を掴まれた。


「――佳穂?」


「陽菜。取り敢えず抱っこして」


「え? なんでそうなるの?」


「見張っててくれるんでしょ?」


「そうだけど……書いてる間ずっと抱っこはツラいんだけど? 佳穂のほうが身体大きいんだから」


 身長はそんなに変わらない(一応、わたしが1センチ高い)んだけどね……体重が、まぁ違う。佳穂が太ってるんじゃなくて、わたしが痩せすぎなんだと思う。佳穂は数値的には標準体重だしね。


「代わりに、私のこと好きにしていいよ? あ、でも腕とか手は自由に使えるようにしてよ? 小説を書いてるかの見張りなのに、作業できないのは本末転倒だから」


 なるほど? つまり、その弾ませたくなるたわわな果実とか、枕にしたいお尻に、むちっとした太ももを好きに触っていいと?


「わかった。任せて!」


 読書なんていつでもできるもんね! わたしと佳穂の関係だし、その気になれば平日だってお泊り可能だ。


 そそくさとテーブルの前に座ると、待ってましたとばかりにわたしの脚に遠慮なくお尻を乗せる佳穂。うん、良い弾力だった。わたしの大好きな弾力。脚からハミ出た部分を撫で回すと、佳穂が嬉しそうにお尻を左右に振る。


「……あ、すんすん」


 いきなりジャージの襟を引っ張って自分の匂いを確かめる佳穂。ん? なんだろ? わたしも佳穂の首筋に鼻を寄せて嗅いでみる。彼女が愛用している柑橘系のシャンプーに混ざる女の子の甘い体臭と汗の香り。


「佳穂、帰ってきてシャワー浴びてるよね?」


「シャワーは浴びたけど……部屋着のジャージとハーパン何日も洗ってない」


 あーそういうこと。最近暖かくなってきてるから寝汗をかくもんねぇ。佳穂の場合はジャージとハーパンが部屋着兼パジャマだから……仮に洗濯しても乾かないと困るもんね……佳穂、外面は優等生だけど家だと、ね。季節に合わせた部屋着を何着も持ってるタイプじゃない。ここのとこ天気がイマイチだったからニオイが気になると。


 つまり言い方を変えれば、今日は濃厚な佳穂の匂いを堪能するチャンスという訳だ。女の子としてどうなんだ? って気持ちよりも、幼馴染の匂いをより強く感じられるほうがわたしにとってよっぽど嬉しい。


 うわぁ、今日文句言いに来てよかった! 最高じゃん!


「陽菜は気にならないよ?」


「ですよねー……嫌がるどころかテンション上がってるみたいだし」


「幼馴染だけあってわかってるじゃん」


「はぁ……さて、頑張って書かないと」


 そう言ってキーボードに両手を乗せる佳穂。腋を無駄に開いているのは、胸にわたしの手を誘ってるのかな? 迷わずにノッちゃうよ?


 躊躇なく鷲掴みにする。あ、ノーブラだ。そういえば後ろ姿を見たときお尻にはパンツの線が浮いてたのに、背中にはブラの線が浮いてなかったもんね。こんなパツパツの服を着てるのに浮かばないのは不自然だ。もしかして、わたしが来ることを予想してた?


「頑張れー。ちゃんと見張っててあげるから」


 自分で言ってて白々しい。正直言って、どう考えても作業にならないよね! そう内心では思ってるけど黙っておく。絶対に佳穂もわかってるだろうし。


 部屋に来たときに突っ伏していたのを思い返すに、佳穂的にもわたしとスキンシップして気分転換したいんだろうなぁって気がする。




 結局、佳穂の本日の進捗はゼロだった。そりゃまぁ……時折抱っこする側とされる側を入れ替えたりしながら、お喋りタイムになっちゃったもんね……。


 あ、ちゃんと締め切りには間に合ったらしい。そういうとこはしっかりしてるからね、わたしの幼馴染。完成した短編の内容は、どこかの百合ップルがイチャついてるだけのモノだった。作中のヒロイン曰く「取り敢えずイチャイチャしよ?」とか。冒険者とハーピィはどこへいった?


 それにしても……百合ップル、ね……わたしと佳穂がそうなる可能性はあるのだろうか? 取り敢えず――感想を伝えに、佳穂の部屋に行こうかな……。

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陽菜は幼馴染作の百合小説を読むと隣家へ行く。 綾乃姫音真 @ayanohime

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