推理小説家矢作川珍保の憂鬱

双葉紫明

第1話 動機

動機は十分だ。

金さ。

江戸川乱歩賞の副賞、500万。

起死回生。

僕の人生は、一転する。

好転までは望まない。

正常化。

普通に生きられれば、それで良いんだ。

ここまで追い詰められたら、どんな方法を選択したって茨の道。

それなりどころではない、辛い明日は不可避だ。

ならば、今やってる事の延長上にある可能性を探るのが、いちばんの近道な気がする。

この「気がする」は他の人の事はわからないけど、僕にはとても重要だ。

あまりに鈍感な僕が何かしか「気がした」時、例外なくそうなっている。

察知能力の欠落が、状況が完全にそうなった頃にやっと、僕に「気がさせて」いるのだろう。

だから今までダメな「気がした」時、本当にダメになり続けて今日がある。

ただ、死んじゃいそうな「気がした」時は死ななかったからまだ生きてるわけだけれど、その「気がする」は今も継続中だから、まだわからない。

一種の予知能力であろうか。

そんなわけで、なんとなく各文学賞の応募要項を眺めていたところ、小さいものでも50万、太宰治賞は100万、そして江戸川乱歩賞は、なんと500万。

しかし、この5月から書き始めて、やすやすと穫れる賞ではないであろう事は、なんとなくわかる。

太宰治賞で前年度の応募作品数は1000を超える。

レベルも高いのだろう。

しかし、たまに読む各賞の受賞作品を、僕は面白いと感じ読み進め、読了出来た試しがない。

読んではみるのだけれど。

自信は、ある。

かもしれない。

だが困った事に、僕は文学自体を知らない。

推理小説など尚更読まない。

優れた純文学は、読者の推理欲求も満たすと思ってるから。

だからジャンル分けされる様な作家の作品は読まないし、安吾の推理モノすらなんだか手付かずだ。

嫌悪感がある。

だから、推理小説、というものを、おそらく書けないだろう。

しかし、僕は本気だ。

本気で500万が欲しいんだ。

無きゃ困る。

八方塞がり。

そんな時、人は犯罪を犯すのだろう。

なんだか、そんな気がする。

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