第12話 英傑ダイダンテ

 ハイアの竜腕が一枚、二枚と魔力障壁を破壊する。

 しかしダイダンテに近付くたびに、強烈な斥力で推進力を削がれていく。

 遂に三枚目の魔力障壁を破壊されたが、そこで完全にハイアは動きを止めた。

 ダイダンテの発生させる斥力と、ハイアの突貫の勢いが拮抗したのだ。


「おおおおおおおおおっ!!!」


「はああああああああっ!!!」


 ハイアは斥力に抵抗しながら黒炎を、ダイダンテは逆に白炎を放つ。

 至近距離で炸裂した豪炎が、両者の体を空へと吹き飛ばした。

 ハイアは直ぐに体勢を立て直し、今度は黒翼に炎を纏わせ飛行した。

 飛行魔法を行使するダイダンテを追って、ハイアが加速する。


「? お前、杖はどうした?」


 いつの間にかダイダンテの手から杖が消えていた。一体どこへ行ったのか。

 ハイアがそれを知るより先に、突如ダイダンテの姿が消えた。転移したのだ。


「っ! 背後へっ!?」


 ダイダンテの転移先はハイアの背後。そこには先程消えた杖が浮いていた。

 

「杖に転移魔法をかけていたのか!」


 転移魔法は予め転移先にも魔法をかけねばならない。

 ダイダンテは隙を見て杖をハイアの背後に移動させ、転移の準備をしていたのだ。

 完全に背後を取ったダイダンテは、渾身の攻撃魔法をハイアへと撃ち放った。


貫通する浄化の火イグル・エルハダンテ!!」


「いいぞ! 灯の魔法使い、ダイダンテ!!」


 ハイアは初めて言葉に感情を乗せながら、炎を纏った翼で自身を覆った。 

 そして全身から一気に魔力を解き放ち、ダイダンテの火炎魔法を正面から受けた。

 単純な魔力出力だけでダイダンテの魔法を抑え込み、遂にハイアは耐え切った。

 翼を広げてダイダンテの魔法の残滓を薙ぎ払う。

 そして空中のダイダンテを叩き落とす様に、右腕を上から下へと降り降ろした。


「っ!!」


 瞬間的に発動させた強烈な重力魔法がダイダンテを捉え、空中から地面に凄まじい速度で引きずり降ろした。ダイダンテは反転魔法で勢いを殺し墜落を免れる。

 しかし、行きつく暇もなくハイアは攻撃を畳みかける。

 重力の強化された空間に、炎を纏った岩石を幾つも生み出し投射していく。

 それは重力魔法によりさらに加速し、さながら流星群の様に町へと降り注いだ。


「くっ! ぬああああああああああああああっ!!!」


「ははっ。いいぞ、凌いで見せろ、原初の英傑よっ!!」


 ダイダンテは岩石が町に落下する前に、全面に巨大な障壁を展開した。

 さらにハイアの重力魔法を掻き消す様に、反転重力魔法を展開した。

 それは最早多大な衝撃波となり、降り注ぐ岩石を粉砕していった。

 

「ははは、あっはははははっ!! いいぞ、いいぞっ!!!」


 ハイアの攻撃は止まらず、岩石だけでなく幾つもの黒炎弾を撃ち下ろした。

 空を埋め尽くす魔王ハイアの絶望的な魔力攻撃。広範囲攻撃にも程がある。

 対するダイダンテは全面魔力障壁を二重にし、白炎の壁をその上に張り巡らせる。

 

「ぬあああああああああああああああああああっ!!!」


 重力と反転重力、岩石と障壁、黒炎と白炎の壁がぶつかり合い相殺し合った。

 空は炎と岩で埋め尽くされ、轟音が響き、熱せられた空間が悲鳴を上げて軋んだ。

 ハイアの攻撃が止むころには、ダイダンテの魔力はほとんど尽きかけていた。

 それでも、ダイダンテは一帯の町と人々を守り切っていた。

 息も絶え絶えにハイアを睨み付けるダイダンテ。ハイアは余裕の表情で笑った。


「よく、凌いだ。しかし、ここまでのようだな」


 いまだ余力を見せるハイアは、見せつけるように魔力を更に引き上げた。

 絶望に屈しかけたダイダンテだが、そこで誰にも予期せぬ出来事が起きた。

 突然ハイアの体表が風化したのだ。それは薄氷が割れるのにも似た現象だった。

 次第にそれは顕著になり、遂にはハイアの肉体がボロボロと崩れ出した。


「これは……。そうか、貴様の仕業か」


 ハイアの目線の先には先程地面に墜落した、聖獣ヴァナイアの姿があった。

 その姿は今にも空気に溶け込みそうな霊体で、実際に霊体も消えつつあった。

 リーラの地に加護を与える大精霊、聖獣ヴァナイア。その最後の抵抗だった。


「なるほど。リーラ全土の加護を、私のみを強烈に拒絶するものに変えたのだな?

 加えて死にゆく肉体を魔力に変え、加護の効果を底上げしている」


 ヴァナイアの加護はリーラのエルフに力を与え、弱き人々に守りの加護を与える。

 それらを放棄してまでも、たった一人の魔族の排除のためにヴァナイアは動いた。

 いかに魔王と言えど、大精霊の加護は魔力の類いでどうこうできる代物ではない。

 それを分かっているハイアは、潔くリーラの町を去る事にしたようだ。


「大精霊の力、少し侮ったか。いや、ダイダンテの足止めのせいもあるか……」


 まあいいと言う様にハイアは静かにその姿を消した。

 まるで闇に溶け込むようにいなくなったハイアを見上げながら、ダイダンテは聖獣の命を懸けた抵抗に感謝した。あの大精霊は魔王を退ける事に成功したのだ。

 それはこの場において、最も必要な功績だった。

 なぜなら、リーラはこれから大量の魔族の侵略により、蹂躙されるからだ。

 その場に魔王すら残れば、最早一筋の希望も残せぬままリーラは滅んでいた。


「はあ、はあ。早く、シルハローン様の所へ……」


 力を振り絞って飛行魔法を行使し、ダイダンテはシルハローンの元へと戻った。


「ダイダンテ! 魔王は退けたようだな。よくやった、大丈夫か?」


「はい、ヴァナイアのおかげです。それより、急いで館に向かいましょう」


「あ、ああ!」


 飛行魔法で飛び上がった二人は、ようやくシルハローン邸へと辿り着いた。

 本来数十秒で行けるはずだったが、予期せぬ襲撃により随分遅くなってしまった。

 シルハローン邸の広場は熾烈な争いがあったことを物語る様に滅茶苦茶で、館もまた二階のほとんどが切り飛ばされていた。二人に一気に緊張が走る。


「おい、皆無事かっ!?」


「! シルハローン様、ダイダンテ様! 良かった、ご無事でっ!」


 比較的破壊の爪痕がない館入り口に、何人もの人々が集まっていた。

 二人を目にした数人が声を上げ、他の人々も喜びの表情を浮かべた。

 どうやらつい先程まで、この場で大きな戦いがあったようだ。

 広場にも館にも、騎士たちの遺体が倒れており、それは凄惨な現場だった。

 そして、館には二人の少女が寝かされていた。大人たちの上着がかけられている。


「シェイミっ! クッキーっ! 二人に何があった!?」


 シルハローンとダイダンテが最も案じていた二人の少女。

 その二人が床に寝ている姿を見て、彼らは激しく動揺した。

 ダイダンテがすぐさま二人の容態を確認し、治癒が必要かを調べだす。


「どうだ、ダイダンテ?」


「ええ、二人とも大丈夫です。ただ、シェイミ様は少し心配ですが」


「そうか。何が起きたかは後で聞こう。今はとにかく、ここから離れるぞ!」


 館にいた人々はリーラで何が起きているか全く分からない様子で、しかし町が襲撃されている事は何となく察しているようでもあった。動揺と恐れが伝わる。

 シルハローンは選択を迫られた。今まさに侵略せんとされているリーラで、町に残って防衛戦をすべきか、それとも町を放棄して一人でも多く逃がすのか。


 その時、再びリーラの町に笛の音が響いた。

 先程の警戒を表す笛ではない。しかしある意味、それ以上に重い知らせだった。

 それは、全住民へのリーラ放棄命令。敗色濃厚ゆえの住民の避難優先命令。

 現リーラ国王、シェガン・ロントの苦肉の決定を知らせる笛の音だった。

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