第11話 魔王ハイア

 マルコシアスの襲撃を退けたクインキーラが昏倒した所から、少し時間を遡る。

 館二階で急襲され強制転移で離脱した、ダイダンテとシルハローンの視点からだ。

 突然の魔法攻撃に退避を余儀なくされた二人は、転移して直ぐに歯噛みした。


「すまないダイダンテ。私がいたせいで、退避をさせてしまった」


「いえ、あれだけの接近を許した私の責任です……。大分離れてしまった」


 音もなく接近してきた侵入者は、二人の目前で超速の斬撃魔法を放った。

 ダイダンテはシルハローンに被害が及ぶと判断し、迎撃ではなく転移を選択した。

 侵入者の名前も能力の知らない二人は、直ぐに冷静になって行動を起こした。


「ここは予め転移陣を敷いてあったシーシャ様の自宅です」


「私の館へは数分かかるな。ダイダンテは先に行け!」


「しかし、貴方の護衛は?」


「私はいい! 今はシェイミやクッキーを最優先しろっ!」


 鬼気迫るシルハローンの命令に、ダイダンテはもう何も言わなかった。

 杖を握り直したダイダンテは、飛行魔法を行使して空へと浮き上がった。

 ダイダンテ一人なら、ほんの数十秒もあれば館へと飛んでいける。

 しかし、その時リーラの上空に異変が生じた。


「あれは、召喚陣っ!! リーラに魔竜が放たれたっ!?」


 天に昇った黒い魔力が陣を構築し、リーラ上空に十体の魔竜を呼び寄せた。

 一体でも圧倒的な脅威となる魔竜が十体。町に降り立ち、攻撃が始まった。

 魔竜の咆哮が響き渡り、火球が飛び交い、破壊された家々が空に吹き飛んだ。

 

「シルハローン様! 襲撃は館だけではなかったっ!!」


「しかし、あり得ん。どうやって魔族が町に侵入したっ!?」


 リーラの町は、代々エルフに信仰されている大精霊の加護で守られている。

 一帯に魔族が侵入すれば、必ず守備隊たちの索敵網に引っ掛かるはずだった。

 それなのに、魔竜を召喚できるだけの実力者が、何人も入り込んだと言うのか。


「魔竜は騎士たちに任せ、ダイダンテは早く館へっ!!」


 既にリーラの守備隊や騎士たちが反撃に出ていた。

 町の人々の避難も合わせ、突然の魔竜の出現にも対処してくれるだろう。

 シルハローンもダイダンテも、魔竜よりあの謎の侵入者の方が危険と判断した。


 しかし、ここで二人を完全に動揺させる出来事が起こった。

 それはリーラ全体に響き渡った、魔法で増幅された笛の音だった。

 祝いの音色ではない。数百年間吹かれなかった、最大級の警戒を知らせる音。

 意味する所は一つだけ。


「これは……、魔族軍の襲撃っ!? そんな馬鹿なっ!!」


「あ、あり得ないっ! 突然、リーラの目の前に大量の魔力反応が現れたっ!?」


 エルフの国リーラは平野と山の谷間の間にあり、常に最大の監視がされている。

 魔族の軍隊が目前に接近するまで気付かれないなど、絶対にあり得ない事なのだ。

 ダイダンテはシルハローンの元へと戻り、今度は彼にも飛行魔法をかけた。


「離れては危険過ぎる。一緒に館まで飛びます!」


「ああ、すまない。……くそっ!! なぜ、こんなことに……」


 空から町を見下ろすと、魔竜と騎士たちの戦闘や、逃げ惑う人々の姿が見えた。

 町は所々で炎上し、魔竜と人々の死体も時折見受けられた。さながら戦場だ。

 加えてリーラに現れた魔族軍を迎え撃つため、多くの兵たちが動き出していた。

 

「見ろ、大精霊が限界しているぞ」


 魔竜に蹂躙されるリーラの町に、守護者たる大精霊、聖獣ヴァナイアが現れた。

 風を司る聖獣ヴァナイアは、翼を持った巨大な白狼の姿をしている。

 神秘的な光を放つの聖獣は、空中を駆けながら次々に魔竜を粉砕していく。

 時に牙、時に爪、さらには協力な風魔法で魔竜を切り裂き、人々を救っていく。


 町からもヴァナイアを讃える声が上がった。守護者たる姿に感謝を述べる。

 魔竜さえ町から排除できれば、リーラに迫る軍勢に対処を集中できる。

 希望を見出したシルハローンは、再び心配を館へと向け直そうとした。その時。


「ヴァナイアがっ!? 一体何が起きたんだ!」


 空を駆けるヴァナイアの下半身が、突然重圧に圧し潰された様にひしゃげた。 

 潰れた腹から内臓をぶちまけながら、リーラの守護者は地面に墜落した。

 魔竜の仕業ではない。それよりも遥かに強い力を持つ者の仕業だ。

 ダイダンテもシルハローンも、その元凶の存在に直ぐに気が付いた。

 リーラ上空。天から降り注ぐ、魔力と言う名の重圧が全てを物語っていた。


「……シルハローン様。館は後にせざるを得ません。一度、降ります」


「ああ、そのようだな。すまない、シェイミたち……」


 ダイダンテはシルハローンを下ろし、近くの騎士に声をかけて護衛を負かせた。

 館にも腕利きの者たちはいる。今は信じて、目の前に現れた脅威に集中する。

 一人でリーラを滅ぼしかねない最凶の襲撃者に、町を蹂躙されないために。


「町はやらせない……」


 空へと飛び上がったダイダンテのさらに上空に、一人の魔族が降下してくる。

 大精霊を容易く捻りつぶしたその者には、真黒い竜の尻尾と翼が生えていた。

 貴族の様な身なりで、顔立ちは中世的な美男子。怜悧で残忍な相貌。

 

「灯の魔法使い、ダイダンテだな」


 空中に浮遊するその男は、赤い瞳孔を光らせながらダイダンテを見下す。

 魔族の中でも絶大な力を持つ種族、竜人。彼はその中でも最凶の称号を持つ。


「魔王ハイア! 今回の襲撃は貴様の仕業かっ!」

 

「見ての通りだ、ダイダンテ。勇者の不在を狙った。合理的だろう?」


 魔王ハイアは真顔でそう言い、魔力を放ちながら片手を水平に薙いだ。

 ハイアの背後に五つの魔法陣が展開され、再び五体の魔竜が解き放たれた。

 ダイダンテは歯噛みする。魔竜を排除したいが、目を離すわけにはいかない。

 魔王ハイアは比較的若い魔王だが、過酷な竜人の国で成り上がった猛者だ。

 竜人特有の膂力に、莫大な魔力。破壊力の一点で、魔王随一を誇る怪物。


「我は火を灯し、安寧を祈る者。我が灯は闇を照らし掃う」


 ダイダンテの魔力が詠唱と同時に跳ね上がる。

 原初の魔王を打ち破った初代勇者パーティーの魔法使い、ダイダンテ。

 その英傑が最高の一撃を撃たんとする中、ハイアもまた魔力を練り上げる。

 両者の魔力が、まるで炎の様に荒れ狂い、周囲の空気を揺らし焦がした。


「我が力は、万滅の火! 滅する浄化の火アラ・エルハダンテ


「黒翼の竜が焼き滅ぼす。竜神火ターナス


 空を埋め尽くす莫大な黒炎と白炎が同時に放たれた。

 ダイダンテの浄化の白炎は、まるで花弁の様に美しく大きく広がっていく。

 しかし一度空を舞う魔竜を捉えれば、その白炎は魔竜の全身を滅殺する。

 対する魔王ハイアの黒炎は、ただ真っ直ぐに空気を焼きながら突き進む。

 二種の豪炎が激突し、互いに互いを焼き潰しながら混ざり合い、弾け飛んだ。


「やはり魔法勝負は性に合わんなっ!!」


 特大火力の魔法で視界が覆われた隙に、ハイアはダイダンテに接近していた。

 背中の黒翼で空を切り裂き、凄まじい速度で突貫して拳を叩き込んでくる。

 ダイダンテは魔力障壁でそれを防ぎ、返す刀で十の光剣を一息に放つ。

 ハイアはそれを躱し、大きく旋回しながらダイダンテの背後に回り込んだ。


「竜腕解放。黒炎付与」


 ハイアの腕が数倍に膨れ上がり、まさしく鎧を纏った竜の腕に変わった。

 その剛腕に黒炎を纏わせ、音を引きちぎる加速でダイダンテに殴り掛かる。

 ダイダンテは魔力障壁を三重展開し、さらに両者の間に強烈な斥力を発生させた。

 音速で突貫したハイアの拳が、ダイダンテの魔力障壁へと叩き込まれた。

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