第6話 急転

 クインキーラの誕生日。それはシーシャとクインキーラが出会った日だ。

 七度目のその日。それは、世界が大きく変わる日となった。

 

 その日のリーラは少し天気が悪くて、夜には雨が降りそうな雲行きだった。

 そのせいか町にやたらと多くフードを被った者がいても、誰も気にしなかった。

 一日はいつも通りに過ぎて行った。


 誰しもが、明日もリーラの平和が続くと思っていた。

 

 だから、運命の歯車が回り出している事に、誰も気が付くことができなかった。






                  *






 午後十時を回り、クインキーラの誕生日パーティーはお開きとなった。

 会場であるシルハローンの館から、徐々に参加者が帰っていく。

 館の近くに住む者たちの中には、今しばらく会話を楽しむ者たちもいた。


 会が終わった後、シルハローンとダイダンテは館の二階の一室で話をしていた。

 ともに二千年以上の時を過ごしてきた二人は、互いに絶対的な信頼を寄せていた。


「クッキーの魔法の修行は順調か?」


「はい。既に中級魔法はマスターしています。驚異的な成長速度ですよ」


「そうか、そうか。やはり、シーシャが才能を見初めただけの事はある」


 ダイダンテは開け放った窓から町を眺めながら、ブドウ酒のグラスをあおった。

 数秒思案したダイダンテは、シルハローンに目線を戻して問を発した。

 

「クッキーが……。新たな勇者が生まれた事に、意味があると思われますか?」


 シルハローンが目を細める。ダイダンテの言わんとしている事とはつまり。


「新たな勇者の存在は、新たな魔王の誕生の可能性を示している……」


 理を遥かに超越した力を持つ者。その存在は否が応でも世界に影響を与える。

 天を祖に持つ人類と、地を祖にもつ魔族。両者の力は、互いにバランスを取る。

 現勇者と現魔王がともに五人なのは偶然ではない。

 ならば六人目の勇者が現れた時、世界にどのような変化が起きるのか。


「どちらが先かは分からないが、いずれにしても可能性は高いだろう」


 シルハローンはそう呟き、今度は逆にダイダンテに問を投げた。


「ダイダンテ、お前はどう思う? 世界は変革の時を迎えるのか、否か」


 ダイダンテは再びブドウ酒を口にし、窓から町を眺めた。


「クッキーの誕生、シーシャとの出会い。そして、デイドールの攻勢。

 ……間違いなく、世界は戦乱の時代に向かっている。そう、思います」


 ダイダンテの答えをシルハローンは重く受け止めた。思わず目を瞑る。

 二千年以上を生きた魔法使いの予感。それには、この上ない説得力があった。


「我々エルフの国リーラも、新体制を整える必要がある。

 シェイミやクインキーラ。彼女ら、若い世代が新たな時代を作る時が来たのだ」


 シルハローンの言葉にダイダンテも頷いた。

 その時、開け放った窓から涼やかな夜風が流れ込んだ。

 なんとなしに、二人は入り込んだ風の行く先へと目線を送った。


「その通りです、シルハローン様。しかし、その結論に至るのが少し遅かった」


 二人の視線の先。声を発したのは、見知らぬ男だった。


「なにっ!?」


「お前、一体どこから……! いやそれよりも、何者だっ!」


 一瞬の合間に、二人に全く気取られずに部屋に入り込んだのか。

 歴戦のダイダンテですら、声を発するまで全く気が付かなかったのだ。


「初めまして、エルフの英傑たち。この度はご挨拶に参りました」


「……何者かと聞いている」


「見ての通り、魔族ですよ。シルハローン様」


 シルハローンの覇気にも全く怯まず、ひょうひょうと答えを濁す男。

 淡い水色の髪。一見柔和そうに見える顔は、しかしどこか忌避感を与える。 

 全身を真っ白な服で覆っており、腰には一本の長剣を下げている。


「答えぬか。……ダイダンテ、奴を捕らえろ」


 シルハローンに命じられたダイダンテが、虚空から杖を取り出し構えた。

 空気が張り詰め、限りなく時間が圧縮された。油断なく敵を見据える二人。

 一歩、ダイダンテが間合いを詰めた。その時、ダイダンテは見た。

 淡い髪の男が、その顔に形容しがたい歪んだ笑みを浮かべたのを。


「シルハローン様っ、退きますっ!!!」


 ダイダンテが叫び、シルハローンの腕を掴んで強制転移した。次の瞬間。

 男を中心に放射状に放たれた莫大な斬撃が、館の二階部分を切り飛ばした。

 文字通り光が駆け抜ける速度。それは最早、斬撃ではなく消滅波に等しい。


「流石、灯の魔法使い。まあ、いいでしょう。これは、開幕の合図ですから」


 切断された館上部が地面に落下する中、淡い髪の男は、妙に芝居がかった仕草で両腕を左右に広げた。まるで、舞台の幕が上がった時の演者の様に。


「さあ。戦争を、始めましょう」




                  *




 メイやアンザローテが帰った後も、シェイミとシハトはまだ会場に残っていた。


「シェイミとシハトは帰らないの?」


「私は今日、おじい様の館に泊まっていく予定です」

 

「俺は父様がまだ話をしているから、それが終わるまで待たなきゃいけない」


 シェイミは祖父であるシルハローン様の家に、つまりこの館に泊まるとのこと。

 シハトの父親はリーラの執政のため、何やら大事そうな話をしているようだった。


「クッキーこそ帰らねえの?」


「うん。ダイダンテ様が戻ってきたら帰るよ」


 先程ダイダンテ様とシルハローン様が一緒に会場を出るのを見かけた。

 きっと二人で大事な話をしているのだろう。

 そのまま二人と話していると、シェイミの付き人たちがやって来た。


「シェイミ様。それでは、本日の寝室にご案内いたします」


「分かりました。それでは二人とも、おやすみなさい」


「うん! 今日は本当にありがとうね!」


 笑顔で頷いたシェイミは、付き人とともに館の奥へと歩いて行った。

 二人残された私とシハトは、しばし無言で大人たちが話す様子を眺めていた。

 すると、シハトがおもむろに口を開いた。


「なあ、クッキー。お前さ、本当に勇者になるのか?」


「へ? 今日にどうしたのー?」


 意図の読めない質問に、軽く戸惑う。けれど、シハトは真剣そうだった。


「いや、その……。勇者に拾われたからって、勇者にならなきゃいけないのか?」


「えっと……」


 いまいちシハトが何を言いたいのか分からず、私は上手く答えられない。

 すると、しびれを切らしたシハトは、少し怒ったようにこう言った。


「だからぁ、勇者は魔族と戦うんだぞ!? 怖くないのかよっ!?」


「シハト……。もしかして、私の事心配してるの?」


 そう確認すると、シハトは赤面した。


 私はようやくシハトの言いたい事が理解できた。

 私は勇者シーシャに拾われて、将来勇者になるために育てられてきた。

 シハトは、そこに私の意思がないのではないかと危惧しているのだ。


 シハトは感覚的に私の境遇の不自然さを理解しているが、まだそれを脳内で上手く言語化できていない。だからその違和感が、私への不安として表れているのだろう。


「う~ん、そうだなー」


 正直私も。勇者という存在と私自身を結び付けられていない。

 前世にはそんなのなかったし、転生した後も争いとは無縁の生活をしてきたから。

 

 スキルのおかげで才能があった。だから、期待されている。

 今の私はきっと、私を拾ってくれた人たちの期待に応えたいだけなのだろう。

 けれど、一つだけ言える事がある。


「勇者とかはよく分からないけど、シーシャみたいになりたいんだ!」


「! クッキー……、俺は……」


 私の答えにシハトが何か言おうとした。その時。

 ずんという轟音が世界を支配し、突如として莫大な振動が館を襲った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る