第5話 リーラの平和

 短めの木剣を振ると同時に、中級の雷魔法を前方に放つ。

 二束の紫電が空を切り、人型のゴーレムの顔面と胸部を正確に撃ち抜いた。

 その間、私の背後にもう一体のゴーレムが回り込んできていた。


空圧の壁エア・シールド!」


 これは瞬間的に強風を起こし、敵の攻撃を食い止める魔法だ。

 パンチしようとしていたゴーレムが、風で一瞬動きを止める。

 私は木剣を振り下ろすと同時に風の斬撃を飛ばして、ゴーレムの首を切断した。


「か、勝ったっ!! やった~」


「やりましたね、クッキー。早くも、ミニゴーレム二体を同時に倒してしまうとは」


「えへへ。木剣を持ってると、なんか魔法が使いやすいからかな!」


「でしょう? 木剣は杖と同じ役割をしてくれますからね」


 杖と同じ役割とは、魔法の照準を定めやすくするというものだ。

 勿論、魔法の杖には魔法を増幅する効果もあるが、木剣にはそれは無い。

 ただ、魔法を増幅する効果を伏した剣も存在する。魔法の剣というやつだ。


 シーシャは魔法と剣術を併用する魔法剣士タイプで、私もそれを目指している。

 当然、剣術オンリーの勇者もいる。勇者とは魔王に匹敵する剣士の事だからだ。

 ちなみに、武道のみを極める人たちの事は、総じて戦士と呼ぶらしい。


「ふむ、もう中級魔法は瞬時に使えますね。六歳でこれとは、恐ろしい……」


「もう七歳だよ。シルハローン様が誕生日パーティー開いてくれるんだって!」


「ええ、聞いていますよ。今日の修行は切り上げて、準備しましょうか」


「うん!」


 修練場を出て、一旦家に戻る。

 今はダイダンテ様も私の家に住んでいて、色々とお世話をしてくれている。

 私の家というかシーシャの家なんだけど、シーシャと私は家族だし、いいよね。


 家でお気に入りの子ども用ドレスに着替え、ダイダンテ様と一緒に家を出る。

 小さなバッグを握って馬車に乗り込み、数分をかけて会場である館に向かう。

 館はシルハローン様のご自宅で、私の家の敷地の倍くらいの広さはあるだろう。


「おお、今宵の主役の登場だ。クッキー、よく来たね」


 館に入ると直ぐに、シルハローン様が出迎えてくれた。今日も威厳たっぷりだ。


「はい! こんにちは、シルハローン様! 皆さまも、こんにちは!」


 私が大きな声で挨拶をすると、会場にいた人は皆笑顔で挨拶を返してくれた。

 勇者候補であろうと何であろうと、私には良家の血統は流れていない。

 それなのに皆が私に良くしてくれるのは、シーシャを信頼しているからだ。

 勇者シーシャが自ら養子に取った。その事実があれば信じるには十分なのだ。


「さあ、今日はクインキーラの誕生日だ。皆、楽しく祝おうじゃないか」


 主催のシルハローン様が音頭を取り、愉快なパーティーが始まった。

 リーラの現国王の父であるシルハローン様は、この国で最も高貴な者の一人だ。

 そんな彼だが催し物好きの一面もあり、国民からもとても親しまれていた。

 そのおかげか、今日のパーティーには沢山の人が参加してくれていた。


「どうもー、どうもー。あ、ありがとうございます。はい、どうもー」


 最初の内は挨拶周りをして、一段落ついてから友人たちに会いに行った。

 友人たち、と言っても七歳の私の友人なので、皆幼い子どもたちだ。


「「「「クッキー! お誕生日、おめでとう!!」」」」


「シェイミ、シハト、アンザローテ、メイ。皆、今日はありがとー!」


 一人一人名前を呼ぶと、皆嬉しそうに笑ってくれた。本当に良い子たちだ。


 シェイミはエルフで、なんとリーラの王女様。つまりシルハローン様の孫だ。

 シハトもエルフで、こちらはリーラの執政の息子。貴族だ。

 アンザローテは人間の男の子で、リーラ随一の商家の息子。

 メイも人間で、この子は私が町で偶然知り合って仲良くなった子だ。


 見ての通り、エルフの文化では祝いの会では身分の境が消える。

 祝福は神への感謝であり、身分を持ち込むのは無礼と考えられているからだ。

 もちろん、安全には万全を期している。護衛は皆、凄腕の人たちばかりだ。


「クッキーはいいよなー。勇者の家の子だからって、ちやほやされてー」


 唇を尖らせて文句を言うのはシハトだ。茶髪のマッシュ頭をしている。

 シハトは九歳だからかなりお兄さん。そのせいか、言う事が世知辛い。


「えへへ、シーシャの娘になれて幸せー」


「そうゆーんじゃねえよ! へらへらすんな!」


 こんな事を言いつつ、シハトが良い奴なのは皆が知っている。兄貴分だ。


「うるさいですよ、シハト様。ほら、アイスでも食べて……」


 呑気にシハトをなだめるのは、十歳のアンザローテ。黒髪で体が大きい。

 良家の子らしく気品に溢れていて、歳のせいか私たちのまとめ役になってくれる。


「ねえ、クッキーちゃん。このチキン食べた? すごい美味しいよ!」


「え、食べてない! 貰っていいの?」


「うん、どうぞー」


「やった! がふがふ、ごくん。うっまあああっ!!」


「でしょう!? おいひいよね~」


 私にチキンをおすすめし、自分はチキンを両手持ちで食べる彼女はメイ。

 平民の子で七歳。綺麗な金髪のとても良い子だが、無限の胃袋の持ち主だ。


「こらこら。メイったら、口元が汚い。ほら、これでお口を拭いてー」


「ふ、ふが、ふが。……シェ、シェイミ様にお口を拭かれたっ!?!」


 王女様にかいがいしく口を拭かれて、メイは悶絶しながら椅子に座り込んだ。

 いくら無礼講とは言え、大人が見ていなくて良かった。

 シェイミは八歳。背中まで伸ばした金髪が美しい。まさにエルフの姫君だ。


「シェイミ、来てくれるとは思わなかった! ありがとね!」


 悶絶するメイに戸惑うシェイミに話しかけると、彼女はぱっと笑顔になった。

 

「もちろん来るわよ、クッキー。貴方は大切な親友ですもの」


「……っ! うう……。シェ、シェイミ様ああああああああああっ!!」


「っ!? ど、どうしたのですか? ク、クッキー? やだ、怖いわ」


 あまりの王女の優しさに涙腺を破壊される私。こんな良い子、前世でもいない。

 私の奇行にシェイミは動揺し、護衛の方々は警戒の色を見せていた。危ない。

 実際、家族意外でエルフの王女を呼び捨てる奴は、この国では私だけだろう。


「おい、クッキー! シェイミ様に触んなよー!」


「なーにー? シハト妬いてるのー?」


「はっ? ちげーし! おれは、むしろ……。う、うるせー!」


「? 変なやつー」


 年相応に騒ぐシハト。それを再びなだめるアンザローテ。

 悶絶から復活したメイは、バイキングのスイーツコーナーを物色している。

 ただただ平和な時間が流れていた。戦争の存在を忘れてしまいそうだ。


「ねえ、クッキー。シーシャ様から何か連絡はありましたか?」


 シェイミと一緒にケーキを食べていると、そんな事を聞いてきた。


「うん、手紙きたよ……」


「そう……。シーシャ様は今も、魔王軍と戦っていらっしゃるのよね」


「……うん、そうだね。シェイミもやっぱり心配?」


「はい。シーシャ様にはいつも、この国を守っていただいていますから」


 シェイミはそう言い、穏やかに笑った。

 この歳でもう戦争の事や、そこで戦う人々の事を考えられるとは。

 シェイミはきっと、国の事をだれより考える女王様になるんだろうな。


「じゃあ、早く大人になって、シーシャを手伝ってあげようね!

 私は立派な勇者、シェイミは立派な女王様になってさ!」


「クッキー……。ええ、そうですね。頑張りましょう!」


 シェイミはきゅっと拳を握り、笑顔で頷いた。年相応の可愛い笑顔だった。

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