第28話 お目付け役

 今はエマのボイスサンプルを録音している最中。

 私はいつもの面々と管制室に居る。

 

 田村は録音に当たってエマにあーだこーだ指示を出しているが、エマは微塵も気にしていない。

 最後は自分が折れることになるのに、田村も馬鹿な奴だ。エマの好きにさせればいい。

 どーせ、


「矢崎さん、エマのこと分かってたんですね」

「ああ? 何のことだ?」

「惚けんな。あの声、……天賦の才ってのを初めて見ましたよ」


 私の真剣な言葉に、矢崎はニヤリと笑って答える。


「俺は初めてアイツの声を聞いた時、声の世界でやっていくべきだと確信した。だからVTuberなんてもんに手を出したのさ」


 前々からエマには何かあるのだろうと思っていたが、流石にアレは予想外だ。

 しかし、これでコイツらがVTuber業に手を出した理由にも得心がいった。

 

「やっぱりか……。おかしいと思ってた。勝算もないのに、これだけ立派なスタジオを用意するなんて馬鹿のやることだ。最初からエマを当てにしてたんですね」

「エマと、あともう一人はお目付け役で無難な奴をデビューさせる予定だった。しかし、良い拾い物をしたもんだ」


 私を見てそんなことを言う矢崎。

 何が拾い物だ。奴隷契約みたいなもんだろうが。


「ところで、……私が説得できてなきゃ、エマをどうしてた?」


 今回は偶々、私がエマを説得してVTuberデビューの約束を取り付けることができた。

 しかし、こうなっていなかったらエマは何をされていたのか。

 考えると腹の底からドンドンと煮えたぎる何かが湧き出てくる。

 

「へっ、怖い顔するんじゃねぇよ。アイツには条件を出されたから、それをクリアするまで粘るだけだった。正直、お前が居なきゃ手詰まり感はあったがな」


 エマがVTuberをやる条件……。

 少し考えて思い当たるものがあった。


「もしかして、歌か?」

「ほー? 良く分かったな。何かエマに言われてたか?」

「願い事を叶えるから声を聞かせて欲しいってエマに頼んだんすよ。そしたら歌えってさ」

「お前は本当の意味でエマのお眼鏡に適ったわけだ。お蔭で助かったぜ、こっちはずっと歌の上手い奴を探すのに苦労してたのよ」

 

 エマがどうしてそこまで歌が好きなのか分からないし、私にそれほど期待値があるのかも分からない。

 しかし、どうやら偶然にも色々な事が良い方向に転んだらしい。

 

「私の歌ってそんなに良かったですかね?」


 自分では歌の良し悪しなんて分からない。

 もしかすると隠れた才能があったのだろうかと思ってみれば、矢崎の回答は辛辣だった。

 

「いんや、ヘッタクソだったぞ! ダッハッハ!」


 そこは褒めて欲しかった……分かってたけど。

 まあ、エマの期待を裏切らないためにも、歌は練習しなきゃならないな。

 エマ曰く、私は『良い声』らしいから。


「…………ま、才能はありそうだけどな」

「なんだって?」


 珍しくボソボソ喋るもんだから矢崎の言葉を聞き取れなかった。

 聞き返しても矢崎は自分の頭をボリボリ掻いて話を逸らしてしまう。


「それより、エマの初配信も頼むぞ」

「言われなくても上手く立ち回るだけっすよ。それが私の仕事なんだろ?」

「いい面構えだ。……よろしく頼むぜ、

「きっしょ~」


 いきなりお姉ちゃん呼びするんじゃねぇよ。

 思わずエマのメスガキが移っちまっただろうが。

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