第25話 闇魔法が根暗魔法で悪かったな

 ブルックス家長男のデニーロ。

 不良漫画に出てきそうな風貌で、二年生の柄の悪い人間を集めて猿山の大将を気取っている。

 こいつはいわゆるサブイベントのボス的立ち位置だ。


 ただし今のレティシアには少し荷が重い相手だな。

 今のレティシアは一年生相手に決闘をして経験を積むのが相応しい。

 二年生の相手はまだ早い。 


 サブイベントのボスは本編のボスよりも少し強く設定されていることが多かった。

 今回は少し早くサブイベントが起こってしまったようだ。


「ローグイドは死んだのか?」

「あぁ。お前ら同様、この学園……いや、この国には必要がないからな」

「バルフォント家だってただの貴族だろうが! そんなことをしてただで済むと思ってんのかよ!」

「済んでるからこうして来てやったんだが?」


 吠えるデニーロにオレは冷ややかに返した。

 後ろには縛られたエスティがいるな。

 あの状態だとかわいそうだから、先に解放してやろう。


 足に強化魔法をかけて軽くステップしてから走った。

 デニーロの脇を通り抜けてから、魔剣でロープを斬る。


「ぷはっ! ア、アルフィス様……」

「ひとまずここでおとなしくしていてくれ」


 エスティは何かを察したのか、何も追及してこなかった。

 背後を取られた形になったデニーロ達はようやくこちらに気づいて振り向く。


「は、速い!」

「お前らが遅すぎる。たぶん二年生にしては強いが、その認知で生きていても遅かれ早かれ死ぬぞ」

「何をほざきやがる! おい! てめぇら、こいつをぶち殺せ!」


 残った二年生が一斉に攻撃を仕掛けてきた。

 魔法を使える奴は二人か。氷と地魔法で練度はそこそこ、ただしコントロールが少し下手だな。

 氷柱と岩をそれぞれ魔剣で叩き割り、今度はオレの魔法を見せてやるとしよう。


「ダークニードル」


 二年生達に向けて無数の闇の刺が放たれた。

 それぞれ武器での防御を試みるが無駄だ。

 闇の刺は武器をすり抜ける。


「ぎゃあぁッ!」

「ぐっ!」

「あぐっ!」


 二年生に刺さった闇の刺はすぐにかき消えた。

 これだけ見ると倒れて血を流している二年生が何にやられたのかまったくわからない。


「な、なんで防御が……!」

「闇属性は実態のない攻撃を行えるのが強みだ。それでいて的確に相手の肉体を貫く。岩や氷じゃこうはいかないだろう?」

「だったら雷だって! ライトニングビーストッ!」


 デニーロの体が雷に包まれて、獣ようなシルエットを形作った。

 バチバチと音を立てて雷の獣となったデニーロがオレを威嚇するように二つの拳を向ける。


「クッハハハハハッ! いいねぇ! これがバルフォント家か! だが実態がない魔法なら雷が上だな!」

「確かにな。これは人間の反応速度ではなかなか対応できないだろう」

「そういうことだ! 攻撃に重きを置けば雷こそが最強だ! 闇とかいう根暗魔法なんざ正面きって戦えば怖くもなんともねぇ!」

「そうかそうか。じゃあ、こいよケダモノ」


 雷をまとったデニーロが突進してきた。

 魔剣でそれを受け止めるとかすかにオレの立ち位置が後退する。

 そこそこの威力だな。


「どうだ! 防戦一方だろ! こんなものじゃないぜ!」


 デニーロが倉庫内を駆け回った。

 目で追えない速度で移動してご満悦だ。

 死角から奇襲するってか?


「ヒャハハハハッ! これこそがブルックス家を貴族の地位にまで引き上げた力だ!」

「あ、兄貴! 俺達のことを忘れないでくれ!」

「うるせぇ、愚弟が! 何の役にも立たねぇブルックス家の面汚しはそこで巻き添えくらってろぉ!」

「ひいぃーー!」


 弟のデイルと他二人が頭を庇って縮こまっている。

 こいつらのことは後に回すとして、この救いようがない男を適当にどうにかしよう。


「まぁまぁのものを見せてもらったよ。お礼になるかわからないけど、オレからもう一つだけ手の内を明かそう。シャドウエントリ」

「消え……」


 デニーロが頭を振って消えたオレを探していた。


「ぐぁぁッ!」


 デニーロの影から飛び出した魔剣が腹を貫く。

 そのまま影の中から登場したオレをデニーロが憎々しく睨んだ。


「が、がはっ……げほっ……な、何が……」

「起こったかってか? シャドウエントリは影に潜む魔法だ。いくら相手が速かろうが影もそれについていく」

「う、し、死にたくない……」

「根暗魔法なもんでな。雷魔法みたいにかっこよくはいかないみたいだ」

「死に、たく……」


 デニーロが膝をついてからそのまま倒れた。

 血だまりに倒れたデニーロを見て、エスティが小さく悲鳴を上げた。

 一般生徒には少し刺激が強すぎたな。


「怪我はないか?」


 オレが呼び掛けても反応がない。

 ただ茫然としてオレから目を離さなかった。


「こりゃなかなかショックが大きそうだ。エスティ、聞いてくれ」

「は、い……」

「ここで起こったことを口外しないでくれ。口外したところでオレの活動に影響はないが、バルフォント家がお前に何をするかわからないんでな」

「はい……」


 これはいわゆる放心状態ってやつか?

 死か失踪か、どうなるかはわからないけどバルフォント家に仇成す奴で無事でいた奴は一人もいない。

 翌日にはその人物がいた痕跡すら消えているだろう。

 これがバルフォント家への追及がタブー中のタブーと言われている理由だ。


「ということだ、デイルとその他。わかったか?」

「や、やめて、命は、命だけはぁ!」

「さすがにエスティの前でクラスメイトを殺すのは気が引ける。お前らは帰してやろう」

「ほ、本当、ですか?」


 安心しきったデイルの頬を思いっきりぶん殴った。

 安置されている魔道具に頭から激突して歯が乱れ飛ぶ。

 それからガズとケーターの髪を掴んでから床に叩きつけた。


「いぎゃあぁぁーーーーー!」

「あがぁ! あいいあぁぁーーー!」

「すげぇ奇声だな。どっちかというとオレが殺してやりたいのはお前らのほうだから、これくらい我慢しろ」


 泣き叫ぶ三人を見下ろしてからオレは更にそれぞれに一発ずつ蹴りを入れた。

 たまらずデイルが吐いて、他の二人はすでに気絶している。


「やめれぇ……もうひまぜん……殺ざなひれぇ……」

「エスティやその家族に手を出したら次は確実に殺すからな。わかったらとっととそこのゴミ二つを回収して消えろ」

「ご、み……?」

「お前が引き連れていたそれとそれだよ。魔力強化でも何でもしてとっとと運び出せ。オレの気が変わらないうちにな」

「はいぃ!」


 デイルが他の二人をがんばって引きずって倉庫の外に出した。

 オレはそれを見届けた後、倉庫から離れる。

 それからオレが片手を上げると暗闇の中から何人かが出てきて倉庫の中へと入っていった。

 あれがバルフォント家お抱えの特殊清掃班だ。

 

 特殊清掃班は国中の至る所に存在する。

 実はオレも顔はまったく知らない。

 知っているのは当主のレオルグのみで、大体オレの周辺に潜んでいるからありがたい。

 裏方の仕事をしているということでオレは密かに黒子と呼んでいる。


 やろうと思えば首根っこ捕まえて顔を見てやることもできるんだろうけどな。

 さすがにそれは悪いから遠慮している。

 いつもサササと移動しているから、最近じゃかわいらしく見えてきた。

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