第24話 お前らさすがにやりすぎだ

「まったくよ。苦労かけさせんなよ」


 俺、デイルの前にいるのは兄貴のデニーロとデニーロ派の二年生達だ。

 ここは学園の外れにある魔道具倉庫、滅多に誰も立ち寄らないから兄貴達のたまり場になっている。


「可愛い弟を舐めた下級生のガキを俺が捕まえてやったわけだけどさ。この苦労、わかるか?」

「んーーーー! んんーーー!」


 その兄貴の足元にはエスティが縛られて転がされていた。

 口も封じられたエスティが必死に暴れている。


 ブルックス家の長男にして次期当主、デニーロの兄貴は学園の二年生だ。

 そう、兄貴はここまでやるイカれた奴なんだ。


「この平民のガキくらいお前らでどうにもできなかったのかよ。あん?」

「すみません……」


 俺、デイルと他二人のケーターとビズは兄貴の前で正座して震えていた。

 何せデニーロ派は学園内でも過激派と呼ばれていて、気に入らない奴がいたらすぐ決闘をしかける。

 それもかなりもっともらしい理由だから教師達にはほとんど怪しまれない。


 断れば決闘の結果よりひどいことになる。

 例えばそいつの素性を調べて家に押しかけるとかな。

 デニーロの兄貴は弟の俺であろうと容赦しない。


 子どもの頃、デニーロの兄貴に逆らった時はマジで殺されるかと思った。

 そんな兄貴は父上に一目置かれているものだから、やりたい放題だ。


「なぁ、デイル。お前、どこで生まれた人間だっけ?」

「ブ、ブルックス家です……」

「だよな。ブルックス家の家訓『向かってくる奴は屍にして踏み場としろ』、要するにやられっぱなしで終わるなということだ。それはデニーロ派とて例外じゃない」

「は、はい……ぎゃあぁぁッ!」


 オレの体に電流が走った。兄貴が得意とする雷魔法だ。

 悶えて転げまわる俺の頭を兄貴が踏みつけてくる。


「ブルックス家代々に伝わるこの雷魔法は昔から拷問として使われてきた。だが、かわいい弟に使いたくないんだよ。なぁ、この弟を思う気持ちがわかるか?」

「すみません、すみません、兄貴……」

「元は平民だったブルックス家を最速で成り上がらせたのがこの雷魔法だ。雷は他の属性魔法と違って応用が利かないなんてほざく奴もいるがな」

「か、雷は……光の速度で放たれる……。殺傷力なら全属性一……」


 俺がそうつぶやくと兄貴はニカッと笑った。


「そぉぉーだそうだそうだそうだぁ! さすが我が弟、わかってるなぁ! お前こそが次期当主に相応しいかもなぁ!」


 途端に機嫌がよくなった兄貴は俺の頭を撫でた。

 それから俺をまた正座させてから、その辺の魔道具に腰をかける。


「レティシア姫か、ありゃいいよなぁ。弟が夢中になるのもわかるぜ。なぁ、お前ら」

「えぇ、今年入学してくると知った時は心が躍りましたよ」

「見てるだけでたまんないっすわ」


 デニーロ派の先輩達が賛同した。

 俺がつれている他の二人はずっと震えていて言葉すら出ないみたいだ。


「しゃあねぇなぁ。よし、レティシア姫を拉致するか」

「あ、兄貴! それはさすがにまずいんじゃ!」

「なに物申してんだよ。元はと言えばお前が舐められっぱなしで帰ってくるのが悪いんだろ。この弟を思う気持ち、理解できるだろ?」

「でも、それをどうやって……」

「そんなもんデニーロ派総出で……」


 兄貴がそう言いかけた時、何か違和感を感じた。

 後ろに何かいるのか?


「おい、なんだお前は?」


 兄貴がそう呼び掛けた先にはそいつがいた。

 魔道具倉庫の隅に立って冷ややかな目つきで俺達を見ている。


「ア、アルフィス……様?」

「よう、デイル。なかなか兄弟仲がよさそうで羨ましいよ。オレのところは微妙でなぁ」

「あの、き、聞かれていたので?」

「いや、『レティシア姫を拉致するか』あたりからしか聞いてない」


 オレは尻が縮こまる感覚を覚えた。

 背筋が冷たくなり、思わずアルフィスとリリーシャの模擬戦を思い出す。

 その時もこいつは一切手の内を見せずにリリーシャを完封したんだ。


「アルフィス様! どうかこのことは生徒会には言わないでください!」

「生徒会になんて言うかよ。こんなもん校則違反ってレベルじゃない」


 アルフィスが兄貴を見る。

 兄貴も口元を歪めて片手に魔力を込めた。


「アルフィス……お前が噂のバルフォント家か。王国の柱だの言われているがその実態は謎……。八年前のデマセーカ家失踪事件に関わっているなんて噂もあるがな」

「だから何だ? まさかそれで『そうだ、オレ達がやった』なんて言うとでも思ってるのか?」

「言わないなら言わせてみるのも面白いかもな。なぁ、お前ら」


 兄貴の声で二年の先輩達が一斉に武器を持って構えた。


「おい、デイル。何をボケっとしてやがる。お前らもやるんだよ」

「え、でも……いえ、わかりました」


 俺も仕方なくやることにした。

 なに、これだけの数だし先輩達もいる。

 俺達と二年生、たかが一年の差だけど実力は遠く離れているからな。


 特にデニーロ派は一年の頃から決闘を繰り返してきた。

 その勝率は同学年の人間と比べても高い。

 特にそこにいるデニーロ派幹部のローグイドさんは勝率が8割を超える化け物だ。


「デニーロ様、ここは俺に任せてください」

「ローグイドか。お前の実力なら問題ないな」


 ローグイドさんの得意武器はナイフだ。

 一見して地味でリーチも短いが、体中に無数のナイフを仕込んでいる。

 投げてよし、斬ってよしの刃の体を持つローグイドさんに接近戦を挑むバカはほぼいない。


「お前がデニーロ派のナンバー2か」

「バルフォント家だか知らんが、型にはまった戦い方しかできないならお前は俺には勝てん」

「お前は型通りじゃないと? へぇ……」

「すぐにその舐めた口を利けなくしてやる!」


 先に仕掛けたのはローグイドさんだ。

 ナイフが一本、二本、三本と両手でジャグリングしながら斬りかかる。

 ナイフの利点は小回りが利きやすいことだ。


 リーチがなくても重さがない分、体を自由に動かしやすい。

 攻撃の切り返しが圧倒的に早いから手数で――


「がはッ……!」

「お前な、曲芸をやりたいならそっちの道に進めよ」

「バ、バカな……見えなかっ……た……」

「いくら軽い武器で自由に動けるからって、自由過ぎたら意味ないんだわ。隙だらけ乙ってやつだな」


 ローグイドさんが大きく斬られてから黒い霧ようなものに包まれる。

 血が流れる前にローグイドさんの体が消えてしまったから兄貴達も絶句した。

 何よりアルフィスの持つその剣だ。

 禍々しいデザインに漆黒の刃、見ているだけで不安になるその剣は明らかに普通じゃない。


「お前、その剣は……?」

「魔剣ディスバレイド。名前くらい聞いたことあるだろ?」

「本物のわけがない……」

「本物だろうが偽物だろうがお前ら、一匹たりとも逃がさんからな」


 アルフィスが魔剣を構えた時、ようやく俺達は事態を察した。

 バルフォント家に関する噂が本当であったこと。

 その力を俺達はまったく理解していなかったこと。

 今更後悔してもすべてが遅かった。

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