第4話 個性的なメンバーたち
「ど、同好会! 同好会ってあの学生のサークル活動などでクラブが学校や自治会の公認のものであるのに対し、私的に同行の者が集まって行われるもの。または同行の者の集まりを指す同好会のことですか?」
「どこかの辞典に書いてあるような的確な物言いね。その通りよ。ちなみに同好で索引すると同じ好みを持つ者、趣味や興味が同じであること書いてあるわ」
この際、そんなことはどうでもよかった。
夜一は気まずそうに前髪を掻き毟り始めた秋彦に詰め寄り、両肩をしっかりと掴んで大きく揺さぶる。
「円能寺先輩、同好会ってどういうことですか! あなた自分で言ったじゃないですか! 俺は放送部部長の円能寺秋彦だって!」
「い、言ったさ。俺は…………放送部部長の円能寺秋彦と」
そのとき、夜一は秋彦の「俺は」と「放送部部長」の間に言葉があることに気づいた。
「もう一度はっきりと言ってください! 「俺は」と「放送部部長」の間の言葉を!」
夜一の迫力に根負けしたのだろう。秋彦は降参とばかりに両手を上げた。
「分かった分かった。ちゃんと言うよ。言うから身体を揺さぶるのは止めてくれ」
鼻息を荒げながら夜一は指示に従った。
爪が食い込むほど強く掴んでいた両手を離す。
「そんなに聞きたいなら聞かせてやるよ。俺はあのときお前にこう言ったんだ。俺は――今のところラジオ放送同好会という否正規クラブの会長だが、お前が入会してくれれば正式な部活動として認められるから声高々にラジオ放送部の部長と名乗れる。でも同好会って言ったら入会してくれなさそうだな。それは困る。大いに困る。だったら放送部部長って名乗っちまおうか。どのみち学園に活動が認められれば晴れてラジオ放送部部長になるんだ。それに放送部部長もラジオ放送部部長もどっちも「放送部」と「部長」って名詞が使われているんだから構わねえだろ。一足早く奈津美にも部長と呼ばせているしな。うん、そうしよう。じゃあ、この一年坊主に言ってやるか――放送部部長の円能寺秋彦だ……ってな」
「あんたも長いよ! しかも思いっきり重要な部分だけを早口かつ小声で言うな!」
夜一は大口を開けて高笑した秋彦の腹に渾身のボディブローを放った。
固く握り締めた夜一の右拳が、緩んでいた秋彦の胃の部分に深々と突き刺さる。
「ぶべらっ!」
会心の一撃を食らった秋彦は、大量の唾を吐き出しながら床に崩れ落ちた。
両手で腹を押さえながら痺れ薬を飲まされたように身体を痙攣させる。
「はっ、俺は先輩に対して何てことを」
夜一は手応えが残っている自分の右拳をわなわなと震わせた。
一時の感情に任せて人を――それも今日出会ったばかりの先輩を殴ってしまった。
ピンポイントで腹部にパンチを受けた秋彦は未だ悶絶している。
「おい、朝霧」
顔面を蒼白に染めたとき、すぐ隣で鳥肌が立つほど低い声で名前を呼ばれた。
夜一は顔だけを横に向ける。
いつの間にか隣に三白眼の武琉が佇んでいた。
殴られる。
只ならぬ雰囲気を全身から放出させていた武琉を見て夜一は竦み上がる。
だが夜一が殴られることはなかった。
それどころか肩に手を置かれ「いい突きだった。ただ次からは腰を回して打て。そうすればもっと相手に効く」と的確なアドバイスを受けた。
「て、てめえ……武琉……少しは……俺の心配を……しやがれ」
「部長、しっかりしてください! 傷は浅いです……多分」
「本当にいいパンチだったわね。思わず打たれた姿に見惚れちゃった」
奈津美と君夜の女子二人が秋彦の心配をしている中、夜一は武琉にパソコンなどが置かれた長机の場所へ連れて行かれた。
「あのう、俺……」
「心配するな。あれぐらいで死ぬような男じゃない。それよりも座って少し落ち着け」
武琉に促されるまま夜一は椅子に座った。同様に武琉も隣の椅子へ座る。
「まずは秋彦の代わりに謝っておく。すまなかった。あいつは基本的に悪い奴じゃないんだが生来のジンブンクサラー(悪知恵ばかり働く奴)でな。ワン(俺)もときどき困らされる」
ぺこりと頭を下げた武琉に夜一は首を左右に振る。
「止めてください。謝るのは俺のほうです。先輩を殴ってしまって」
「あんな風に騙されたら誰でも怒る。いいから気にするな。それよりも朝霧夜一なんて珍しい名前だ。ワン(俺)もヤマト(日本)に来たときは名字が珍しいと言われたよ」
「ずっと思っていたんですが、先輩はどこの人なんですか? え~と……」
「そう言えば自己紹介をしてなかったな。ワン(俺)は二年B組商業科の名護武琉。名護は名前の名に守護の護と書いて名護という。武琉の武は武道の武だが……琉は説明しにくいな」
武琉はパソコンの横に置かれていたB5サイズのコピー用紙を手に取った。
そして胸のポケットに差していたボールペンを掴むと、コピー用紙の上のほうに「名護武琉(なごたける)」と書く。
「名護……確か名護って沖縄県にある市の名前だったような」
「よく知っているな。そうだ。ワン(俺)の名字の名護は沖縄本島の北にある名護市でよく使われている名字の一つさ」
「じゃあ、名護先輩は沖縄の人なんですか?」
「ダールヨー(その通り)。だが中学のときにターリー(父親)の仕事の都合で綾園市に引っ越して来てからは一度も帰ってないがな」
生まれ故郷である沖縄の風景を思い出したのだろうか。
武琉は遠い目で虚空を見上げる。
ほどしばらくして、顔を夜一に向き直した武琉がボールペンを差し出してきた。
「何ですか?」
夜一は条件反射で受け取ってしまったボールペンに視線を彷徨わせる。
「ワン(俺)の名前も教えたんだからお前の名前も教えてくれ」
「教えてくれって……名護先輩は俺の名前を知ったじゃないですか。朝霧夜一ですよ」
「だから実際に字を書いて教えてくれと言っている」
武琉はコピー用紙の空白部分を人差し指で何度か突く。
どうやら、この場所に渡したボールペンでフルネームを書けということらしい。
「字なんて簡単ですよ。朝は朝昼晩の朝でしょ。霧は早朝に見える霧の霧。夜一の夜は日没から日の出までの時間である夜で、一は漢数字の――」
フルネームを書き終えた直後、夜一は奇妙な違和感に襲われた。
一枚と思っていたコピー用紙がなぜか妙に分厚い。
二枚のコピー用紙の間に何かが挟まっているようだ。
夜一は四隅を糊づけされていた表のコピー用紙を強引に剥ぎ取った。
すると――。
「これはカーボン紙!」
二枚のコピー用紙の間に挟められていたのは黒色のカーボン紙だった。
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