ご注文は?トリあえずお会計で

カズサノスケ

第1話 ご注文は?トリあえずお会計で

 私は某大手居酒屋チェーン店を経営する会社に勤めている。まだ入社2年目だけど、店長として一店舗の管理を任されて初めての出勤日の事。


「また、あの冷やかしが来たわよ」


「もう、10日間連続……」


「ほんと、いやだわねぇ~~。どうでもいい仕事を増やされた上に、何だか小バカにされた様な気分になるんだから」


 パートのおばちゃん達がざわつき始めたのは、前任の店長からの引継ぎにあった”噂の常連客”が来店したからだろう。


 困ったわぁ、を連呼しながら完全に手を止めて私の方を見ているおばちゃん達と目が合った。仕方ないのでリミットが迫る食材発注確認を中断し、エプロンを締め直して接客に向かう。


 前任店長からの引継ぎにあったアドバイスに従っておこう。うちのパートのおばちゃん達はお客さんより大事に扱った方がいい、バイトテロどろこではない…。って何をされたのかわからないけど怖いからそうしよう。



「いらっしゃいませ! ご注文をお伺い致します」


「そうだね。トリあえず、お会計で」


 これが噂の…、トリあえずお会計お爺ちゃん。トリあえず、からの最短距離にあるものが生ビールとすれば最も遠い所にあるお会計を真っ先に。


「かしこまりました! 0円になります」


「はい、じゃあ、これで」


 ウチは御席料を頂戴していないからこそ成立する0円会計。千円札を受け取りレジに入れて、他の千円札を取り出してお釣りとして渡してお見送り。


「またのご来店、お待ちしております!」


 ご来店からお帰りまで、全ては前任店長からの引継ぎ通り。余計な気を回そうとしない方がいいらしい。


 何でもパートのおばちゃんがしつこくお料理をお勧めした事があったとか。それでも、「ほぉ。でもな、お会計を頼むよ」を繰り返すだけ。0円だからと千円札を受け取らずにいると「無銭飲食はいかん!」と押し付けてくる様な事が繰り返されたそうだ。


 トラブルじゃないのにトラブルっぽく見えてしまうものを他のお客様に見せるのもどうだろう?と、トリあえずお会計お爺ちゃんのしたいようにしてもらえばいいというのが前任店長のアドバイスだった。そうかもしれない。



 そんな日々が半年間ほど続き…。ある日からピタりと来なくなるとパートのおばちゃん達が騒ぎ始めた。


「もう1ヶ月も姿を見てないからさすがにあれよね?」


「そうね。もう亡くなった人の事を悪く言うのもなんだけどすっかりボケてしまっていた……。なんだか可哀想なお爺ちゃんだったわねぇ」


 それから約1ヶ月後にひょっこりお爺ちゃんが現れてみると。ホールと厨房の間にあるのれん越しに手を合わせるパートのおばちゃん達。いやいや、幽霊が出たわけじゃ…。


「いらっしゃいませ! トリあえず、お会計でございますか?」


 しまった…、と思ったのはつい口に出してしまった直後だった。トリあえずお会計だけする人だと小バカにしながらいつも接客していた。そんな風な印象を与えかねない。


 正直変なお客さんだなとは思っていたけど、嫌なお客さんだとは思っていなかった。何せ御来店からお帰りまで全てのやり取りはものの数分間でしかない。気が付けば忙しさの合間の息継ぎポイントに。


「ほぉ~~、わしの事を覚えていて下さったのか? 山鳥さんは。そうそう、ここへ来たら何はなくともお会計だけはせんとなぁ」


 飲食店でお会計だけはするって、してもらわないと困る様な当たり前なんだけどなぁ。でも、トリあえずお会計お爺ちゃんにそう言われると特別な事の様に聞こえるから不思議だ。


 何だか今日は嬉しい一日だった。私は明日から本社勤務に戻るんです。超久しぶりのタイミングで店長最後の日に来てくれてありがとう。そして、名札で見ただけの私の名前を覚えてくれてありがとう。そんな気持ちで。


「またのご来店、お待ちしております!」


 そう言えば、名札が小さくで山鳥に見えちゃったみたいだけど、私の苗字は嶋です。それはとりあえず言わずにおこう。またどこかでね、トリあえずお会計お爺ちゃん。

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ご注文は?トリあえずお会計で カズサノスケ @oniwaban

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