方舟開拓史

創作家ZERO零

1975年、ソユーズ月面着陸計画

ソユーズ着陸船〜前編〜


 体を縛るものが解き離れた。

 重力が感じられない、完全な無重力空間に、私はいた。私は水よりも軽く、そして空気も何もないこのフラットな空間に身を任せていた。

 1965年18日8時34分。私、アレクセイ・レオーノフ宇宙飛行士は、人類で初めてとなる宇宙遊泳を楽しんでいる。この空間に人が宇宙服だけで泳ぐのは、本当に初めてのことである。


「ああ、これが……」


 私はこの不思議な浮遊感に身を委ね、そんな言葉を漏らす。

 重力はおろか、閉鎖的な密閉感すら感じないとは、これほどまでに自由なのかと私は思った。

 眼前にはボストーク2号宇宙船が漂っている。私はそれに酸素ホースと命綱だけで繋がれている。手は取っ手から離れており、両手は目の見える位置にある。


「これが本当の無重力か」


 私は人類で初めて味わう、本当の無重力に、自然と笑みを浮かべていた。

 本当に楽しくてしょうがない、危険でなければこの邪魔なホースも千切ってどこかへ飛んでいきたいところだ。

 恐怖はあまり感じない。むしろ楽しい。宇宙を漂うだけなのに、ここまで高揚するとは思わなかった。

 私は手を離し、体を張って泳いでみせた。周りに縛るものは何もない。だから私は体が自由で、このままどこまでも行ける気がした。


「いいぞ、私は自由だ」


 宇宙は居心地が良い。

 地上にいる政府の役人も、政治将校もいなければ、口うるさい教官もいない。私はこの空間に来て、初めて自由というものを味わった気がした。


「地球が見える……」


 私の視界には、青い地球が見える。とても青い地球。かつての同僚ガガーリンが初めて宇宙から見たという、青い青い星。

 ふわふわと漂う私の視界は、ゆっくりと回転していっている。見える限り、視界のほとんどは地球だった。

 だが私の視界の端には、月が浮かんでいた。これだけが視界いっぱいの青からかけ離れ、美しく浮かんでいる。


「今に見てろ、アポロめ」


 次はあそこを目指す。私はそう決めていた。

 誰よりも早く、誰よりも確実に、私は月を目指していた。

 祖国ソ連も月面着陸の計画を進めている。私はその計画の第一歩として、ボストーク宇宙船から飛び出し宇宙遊泳を行った。

 この記録も月面に降り立つのに必要だからだ。


 私はその後、ベルクート宇宙服のトラブルに見舞われる。

 気圧が高すぎて宇宙船に戻れなかったが、与圧バルブを開いてそれを切り抜け宇宙船に帰還した。勝手にやったことは操縦士のパベルや管制のセルゲイにはこっぴどく叱られたが、命の危機だったから仕方ない。

 私たちの船はそのまま、地球へ帰還した。そしていよいよ、ソ連の月面着陸計画が本格的に始動する。


 だが四年後、私は落胆した。

 先を越されたのだ、そのアポロを打ち上げたアメリカという国に。


『アポロ11号、月に降り立つ』


 その時から既に、私は二番手になっていた。

 レースの一着はただ一人のものだった。


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