第40話 迫りくる牙


 トゥルフゼフスさんの号令の下、勢いよく走り出した獣車は猛スピードで草原の真ん中を通る街道の上を進んでいく。その為に、獣車の中はかつてないほどの激しい揺れに襲われる。一応は街道の上を進んでいるものの、近隣の領主が整備を怠っていたこともあって、街道は起伏のとんだ砂利道と化してしまっている。


 その上を全速力で駆け抜けるのだから、俺の身体は獣車の中で何度も飛び上がり、その度に強かに尻を床に打ち付けている。きっと、このまま走り続けたのなら街に着くころには俺の尻は倍以上に腫れあがっている事だろう。しかも、今はまだ直進しているが、もう少し進むと左に大きくカーブする。その時、獣車の車内で何が起きるかは想像もしたくない。


 でも、そんなことが全く気にならないほど、俺は緊張している。暑くないというのに汗が止まらず、激しく揺れる獣車の中だというのに自分の心臓の鼓動がはっきりと聞こえるくらいだ。


 ネーカー湖で獣車に乗り込んだ時から、万が一の事態に備えて戦闘準備を整えてはいるが、それでも迫りくる魔獣の存在を考えると恐怖で指が震える。


 「良いもん持ってんじゃん」


 そんな俺に対して同じ獣車に乗っている冒険者のハロルドさんが緊張感のない声で言った。


 トゥルフゼフスさんに雇われた冒険者の一人である彼は、俺の乗っている獣車の護衛を命じられ、ネーカー湖を出発した時に一緒にこの獣車に乗り込んでいる。


 この二十歳そこそこの栗毛の青年は俺が湖を出発した時に鞄から取り出して、右目に身につけている〈遠見の片眼鏡〉の事を知っているようだ。


 「街を出る時に友人から手渡されたんです」


 緊張していても案外声って出るものだということに、俺は気づいた。


 「へー、中々に値の張る品だっていうのにポンッとくれたのかい?」


 「“貰った”っていうよりは、友人の言葉を思い出すと“貸し出された”という表現の方が当てはまると思いますが、まぁ、これで色々と見物できるように、とは言われました」


 十九世紀のヨーロッパ人が身につけていたモノクルにそっくりの〈遠見の片眼鏡〉は、マリエンブルクを発つ前日にハンナさんが渡してくれた物だ。


 通常はただのガラスがはめられたモノクルに過ぎないが、右端に施された鳥の形をした装飾に触れると効果を発揮し、三分の間、最大で5キロ先まで見ることが出来る代物だ。しかも身につけている者が脳内で考えるだけで、見たい対象への拡大や縮小が出来る便利な機能付きだ。


 この〈遠見の片眼鏡〉とどんなに獣車が揺れても零れないようにしっかりと手に握っているたっぷりと水の入った革袋があれば俺でも戦うことが出来る……はずだ。


 「はは、貸し出されたって言うなら元気に帰らなくちゃならないな!」


 「ええ、その為にもこんなところで魔獣なんかにやられるわけにはいきませんよ」


 俺はギュッと革袋を掴んで、外を見る。今はまだこの隊列に向かってくる姿は見えないが、後数分もすれば必ずやって来る。その確信が俺にはあった。


 「ふーん、その意気ごみは良いけどねぇ」


 俺の事を見ていたハロルドさんは緊張している俺とは裏腹に終始のんびりとした口調を崩さない。


 「もう少し、気を抜いたらどうだい?」


 「気を抜く? どうしてです、これから魔獣がやって来るって言うのに」


 “魔獣”、その単語を口にするだけでブルッと身体が震える。この震えは、俺のスキル『常識ラムダル(中級)』が俺の身体に警告を発している証拠だ。常識スキルとはつまり、この世界における当たり前のことを指す。つまり魔獣とは、この世界で言う平気で人を襲う獰猛な獣のようなものだ。それが、今まさに俺達に向かって襲い掛かってこようとしている。その事実だけでも恐ろしい。


 しかも魔獣とは普通の動物とは全く異なる生物だ。それこそ、俺が今までに遭遇した『フォレストスライム』や『ノーヴェギウス』も厳密にいえば魔獣ではない。元居た世界であいつらとばったり出会ってしまったら間違いなく魔獣だと思うだろうけど、あいつ等でさえこの世界では普通の動物みたいなものだ。


 魔獣は根本的にあらゆる生物とは別の存在だ。そもそも、魔獣の“魔”とはこの世界における魔法の源、魔素のことを指しており、草食動物や肉食獣と違って奴らは空気中に漂う微量な魔素を栄養素として取り込むことが出来る。


 つまり、奴らは普通の生物のような食事をしなくても生きることが出来るのだ。にもかかわらず、奴らは他の生物を襲う。人間だろうと動物だろうと容赦なく襲いかかり、その身体をズタズタに引き裂く。そして対象の息の根が止まったらその場に遺骸を投げ捨て去ってゆく。


 何故、奴らがそのような行動をとるのかは知られていない。奴らにとって他の生物を殺傷することは遊びなのか? それとも別の理由があるのか? それは一切解明されておらず、魔獣を研究する学者たちも頭を悩ませているくらいだ。


 だが、そんなことは今の俺のように広大な自然を旅する人間にとっては関係のないことだ。奴らについて必要な知識はただ一つ。魔獣は人間を襲う。それも何の理由もなく、情けも容赦もなく、ただ襲う。それさえ知っていれば十分なのだ。


 それが魔獣という存在なのである。だから、その事実が俺の持っているスキルに反映され、一度も目にしたことがないというのに魔獣が迫ってくると聞くだけで身体が恐怖し、自分の意思と関係なく震えるのだ。


 なのに、俺に今話しかけてきているハロルドさんは、気を抜けと言う。常識の通じない相手に襲われるというのに気を抜けとは……その言葉は聞いて何だかムカムカときてしまうほどだ。


 「ハロルドさん、いくら魔獣の姿が見えないからって気を抜くってわけには……」


 つい、語気を強めてそう言うと、ハロルドさんは困ったように眉根を寄せた。

 

 「ああ、すまない。俺の言い方が悪かったかな。俺はただ、そこまで緊張しない方が良いと言いたかっただけなんだ」


 「緊張?」


 「そうだ、今のあんたは魔獣の事を考え過ぎているんだ。怖いのは分かるし、いつやって来るか分からないっていう今の状況もそれを後押ししてるんだと思うけど、それじゃあ身体が持たないぜ?」


 「しかし……」


  「まぁ、初めての魔獣戦ってこともあってそうなる気持ちも分かるけどな。もう少し、俺達の事を信用してほしいってわけ。そんなにピリつかれちゃ……ねぇ?」


 おどけるような声と表情で話すハロルドさんだが、その瞳は暗に俺に冷静になるように告げているのが分かる。


 完全に納得しきったことでもないが……確かに、ちょっと気負い過ぎていた所があることは自分でもわかっている。だからといってこの恐怖と、実戦前の緊張を無理やり押し殺すことは出来ないが……


 「すぅぅぅぅぅぅぅ、ふーーーーー」


 「どうした?」


 俺はハロルドさんが目を丸くするほど勢いよく、深呼吸をすると「パンッ!」と自分の頬を叩いて、彼に笑顔を見せる。


 「……自分なりに力を抜いてい見たのですが、どうです?」


 俺がそう言うと、ハロルドさんは人懐っこい笑顔を見せる。


 「上出来!」


 彼がそう言ったのとほぼ同時に、最後尾の獣車から獣車全体に施された拡声魔法の効果で大声が響く。


 「来たぞ! 南東、木々の間から飛び出てきた! 数は14……いや、17匹はいるぞ!」


 その声を聴いて無理やり落ち着かせた心が再びざわつくが、ポンッとハロルドさんが俺の肩に手を置いた。


 「気楽に、な!」


 「……はい!」


 俺は頷くと、獣車の外を見るように体勢を変え、魔獣に備える。


 「カズオ、〈遠見の片眼鏡〉はまだ使うなよ。きっと必要になる時が来る」


 横で弓を構えるハロルドさんが先ほどまでとは打って変わって鋭い声で言う。


 「了解です」


 俺はそう返答しつつ、鳥の装飾に当てていた指を放した。


 「この後の曲がり角でアルマ共は減速する。そん時が勝負になるぞ!」


 真っすぐ外を見据えたままハロルドさんは矢をつがえた。


 「分かっています!」


 俺も右手を真っすぐに突き出し、左手を少し口の開いた革袋に入れ、指先が水につかるようにした。


 今、この状況では自分達に迫ってくる魔獣の姿は視認できない。それでも、最後尾の獣車から放たれる魔法の音と光は俺にも見える。


 「1匹やったぞ、更にもう1匹! ……だが森から更に3匹出てきやがった!」


 戦いの様子は拡声魔法を通じて聞こえてはいるが、その“聞こえている”という状況が少しずつではあるが、俺を再び緊張させる。


 「ブォォォォン!」


 そして、時はきた。先頭から聞こえる角笛の音は、これからカーブに突入するという合図。


 グラッと車内が僅かに右に傾く中、俺はポーションを満載にした木樽をしっかりと固定しているロープの一本を掴み、身体が右に流れるのを防ぐ。


 そして永遠とも思える数秒が過ぎ、再び獣車の中が真っすぐになった時、ハロルドさんが言った。


 「カズオ、〈遠見の片眼鏡〉の準備だ」


 「はい!」


 「焦る必要はないからなカズオ、俺達が片づける。お前は気楽にいけ」 


 もう一度、ハロルドさんが俺の方を見てあえて軽い声で言った。俺は力強く頷いて応える。緊張は完全に抜けないけど、俺は冷静さを失っていない。


「勿論、任せましたよ!」


 そう言いつつ、俺は少しだけ荷台から顔を出し、草原に目を向ける。


 カーブを曲がり、速度を落とした獣車に向かって遠くから黒い塊が向かってくるのが見える。


 「全員降車! 奴らを近づけるな!」


 拡声魔法の通じて響く最後尾のベテラン冒険者の声、それに続いて無数の人影が獣車から飛び出したのも見えた。


 その中には当然、赤い髪をたなびかせた戦斧を担いだ少女、ベアトリスさんの姿もある。


 「カズオ、準備しろ! 言っとくけど、味方に当てるなよ!」


 「そんなヘマはしませんよ!」


 俺は言いつつ、胸元から2本のポーションを取り出し、一気に中身を飲み干した。


 1本は『動体視力強化ポーション』、地下の戦いでお世話になったやつの完成版、コルツベルクへ持っていく目玉商品の一つでもある。


 もう1本は『魔法力強化ポーション』、これは試作品だが、一時的にへなちょこな俺の魔法力を支えてくれる一品だ。


 「――『ステータスオープン』」


 俺の声に答えるように小さな画面が浮かび上がる。


 『動体視力強化魔法(中)(効果時間:9分50秒)』

 『魔法力強化魔法(中)(効果時間:3分10秒)』


 副作用が無くなった引き換えに効果時間が減少したが、これだけあれば十分だ。そもそも、《遠見の片眼鏡》が3分しかもたないのだから、それ以上の効果時間を今は必要としていない。3分以内に片をつけてやる!


 ……なんて、意気込んでみたけど〈遠見の片眼鏡〉で見る限り、戦況は著しく俺達側に傾いていた。


 獣車を飛び出した冒険者達を視認した魔獣達が一斉に飛びかかるも、剣で受け止める者や華麗に攻撃を見切る者など、十人十色の方法で魔獣の攻撃をさばくと、あっという間に攻勢に転じた。


 パッと見た限り大型の犬のような姿をしている魔獣は、〈遠見の片眼鏡〉で見る限り爬虫類のような硬い皮膚を持ち、全身がぬめぬめとした粘液で覆われているようで如何にも組し難い相手のようだが、冒険者達の一撃は易々と奴らの皮膚を貫通し、魔獣特有の紫色の血液を飛び散らせた。


 その中でも突出した強さを見せていたのがベアトリスさんだ。大口を開けた魔獣の嚙みつきを躱し、強烈な蹴りを叩き込んで魔獣の身体を宙に浮かすと、バターでも切るように戦斧を振るってその肉体を両断した。


 それからも右左から襲い掛かる魔獣を軽やかに避け、重さを感じさせない動きで自分の体格以上の戦斧を操って魔獣の命を断ち切っていくその姿は、雲の隙間から差し込む光に照らされて輝く赤髪も相まって、戦いの只中だというのに優雅に踊っているように見えるほどだ。


 「カズオ、奴らが抜けてきたぞ!」


その言葉でついベアトリスさんの動きに見入っていた俺の意識は自分の置かれた状況に引き戻される。


 果敢な冒険者達の働きで魔獣の大半は足止めされたが、それでも数匹の魔獣が冒険者達の攻撃をかいくぐって獣車に向かって猛然と突っ込んできた。


 「落ち着いていけ! 一発で仕留めようとするなよ!」


 俺に声をかけながらハロルドさんの放った矢が次々と魔獣に命中し、射抜かれた者たちはその場に崩れ落ちていく。


 「了解です!」


 そう返事しつつ、俺はこちらへ向かってくる魔獣のうちの1匹に狙いを定める。《遠見の片眼鏡》を用いつつ、魔獣のワニの様に前に突き出た頭部を狙って、俺は魔法を発動する。


 「《ウォ・アクゾルド》!」


 俺の手から螺旋状に水が放たれる。半年の修行の間にアニタさんから教えてもらった2つ目の魔法だ。


 《ウォ・アクゾルド》は《ウォ・アクアゲタ》よりも高速で水を発射することが出来、ぶつけた対象に確実に傷を負わせることが出来る攻撃魔法の一種だ。本来なら俺の魔法力では扱うことの出来ない魔法だが、ポーションで強化された今なら別だ。


 しかも、訓練の成果で体内の水分だけでなく、自分の身体が一定量の水(試したわけではないがおそらく300ml以上)に触れていれば、それを消費することでも発動可能になった。


 (試し撃ちでは分厚い木の板に大穴を空けることが出来た。これなら例え倒せなくても、昏倒させることくらいは出来るはず!)


 この先の未来を想像して勝利を確信するが、俺の放った魔法はあっさりと魔獣に回避されてしまった。


 「なんの、そんなの想定内だ! 《ウォ・アクゾルド》!」


 今度は頭部よりも的の大きい胴体に狙いを定める。だが、今度の攻撃も魔獣に見切られて躱されてしまった。


 「くっ、まだまだ! 《ウォ・アクゾルド!》!」


 徐々に距離を詰めてくる魔獣に再度攻撃する。今度は魔獣の回避先を予測してやや右前方を狙う!……が、魔獣は回避行動をとらずに直進した為、攻撃は当たらなかった。


 「ええい、なんの!」


 「待て、カズオ! 冷静になれ!」


 弓で魔獣を仕留めながらハロルドさんが叫ぶ。


 「何を! もう一度あれば当たりますよ!」


 俺はそれを無視して魔法を放とうとするが、更に大声でハロルドさんに制された。


 「落ち着け、カズオ! いいか、そのままじゃ絶対当たらんぞ! 相手が“魔”獣だと言うことを忘れるな!」


 「そんなの分かってま……“魔”獣?」


 強調するように魔獣と言われたことで俺はようやく気付いた。


(しまった! 相手は魔素を栄養とする魔獣だ! 空気中の微量な魔素を見つけ出して吸収する連中に、魔素を練り上げて放つ魔法を、しっかりと狙いをつけながらぶっ放そうとしたら気づかれるに決まっているじゃないか!)


 俺は自分の馬鹿さ加減に恥ずかしくなった。確実に当てようと思って狙いをつければつけるほど周囲の魔素の流れから攻撃のラインが予測されてしまう。


(でも、それが分かったところでどうする? 狙いをつけなければ1メートル先にだって当てられる自信はないぞ?……うん? 狙い?)


その時、頭の中の豆電球が光った気がした。


俺は魔獣の左側前方に向かって狙いを定め、その窪んだ眼窩の先にある濁った眼玉を〈遠見の片眼鏡〉を通して見据える。


「今だ! 《ウォ・アクゾルド!》」


 俺はたっぷりと狙いをつけて魔法を放つ。案の定、魔獣は右に向かって回避を試みるが、そこに俺の魔法が炸裂した。


「よっしゃ!」


頭部に魔法が直撃しドサッと魔獣が倒れたのを見て俺は小さくガッツポーズをした。


 「やったな!」


 「ハロルドさんのおかげですよ」


 「何、カズオが上手く攻撃方法を考えたからさ。自分を誇れよ」


 「ありがとうございます」


 そう、魔獣がこっちの狙いが分かるのなら、わざと狙いを読ませれば、こっちの攻撃を回避しようと魔獣が移動した先に魔法を放てば当たるって寸法だ。まぁ、魔法を放つ瞬間に狙いを変えるから上手くあたるかどうか分かんなかっけど……結果オーライだから良しとしよう。


 「マズい、“屍獣”だ! 気をつけろ!」


 そこに悲鳴にも似たベテラン冒険者の声が拡声魔法を通じて聞こえてきた。


 「屍獣?」


 聞いたことのない単語だ。単語の意味を尋ねようとハロルドさんの顔を見るが、それと同時に彼に獣車の奥に突き飛ばされてしまう。


 「何を……!」


 「伏せてろカズオ! アレはマズい」


 「えっ?」


 獣車の奥に飛ばされた俺だが、ほんの少しだけ身体を外に近づけ、まだ使用時間が残っていた〈遠見の片眼鏡〉で外を見た。


 (なんだ……あれは……)


 それは1匹の魔獣だった。しかも、その首は半分ちぎれかかっていた。おそらく、冒険者の一人にやられたのだろう。にもかかわらず、そいつはこちらへ向かって走っていた。どう見ても生きてはいない。“屍”獣という表現はその姿を現すのに最適なものだ。


 なんて考えが頭をよぎった時だった。突如、ブクブクとそいつの身体がまるで煮えたぎった水の様に泡立つと急激にその体躯が倍に膨らんだ。


 「はっ……?」


 情けない声が漏れたが、それが俺の素直な感想でもあった。こちらが瞬きした間に屍獣の身体が比喩でもなんでもなく巨大化し、千切れかけていた頭部が体内に吸収され、新たにサイのような頭が生えてきた。


 そしてその巨体に似合わぬ速度であっという間にこちらに向かって距離を詰めてきた。ハロルドさんを始め最後尾の獣車からも猛烈に攻撃が加えられるが矢も炎の魔法  

もものともせず、真っすぐにこちらに向かって突進してくる。


 (……あっ、これは駄目だ)


 迫りくるおぞましい獣を前に俺の中の本能がすべてを諦めかけたその時である。


 ズドンッッッ!


 「へっ……?」


 またしても空気が抜けたような声が出た。


 こちらに破滅の一撃を喰らわせようと猪突していた屍獣はその場に崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。


 物言わぬ存在になり果てた屍獣を茫然と見たまま俺を乗せた獣車がゆっくりと停まった。


 「はは、あいつ相変わらずスゲェや」


 心の底から感心するようにハロルドさんがそうつぶやいたのが聞こえた。


 這い出るように獣車の荷台から頭を覗かせた俺はそこでようやく気付いた。屍獣の頭部に深々と戦斧が突き刺さっていたのだ。


 「なるほどこいつは凄いや……」


 俺もハロルドさんと同じような言葉しか出なかった。


 屍獣の骸の向こうに、戦斧を投げた張本人の赤い髪がたなびいているのが見える。


 それから続々と獣車から顔を出した行商団のメンバーが喜びと安どの声をあげる中、全ての魔獣が掃討されたことが拡声魔法を通じて獣車の中に響き渡った。


 こうして、俺の魔獣との最初の戦いが終わったことが多くの人達の喜びの声にかき消されながら告げられたのである。

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