第35話 暖かな日差しの下で
「ふぅ……」
心地よい日差しの下、程よい温かさのハーブティーを一口飲むと自然とそんな声が口から零れた。
ほんの2か月ほど前までは、週に一度はこのようにしてのんびりとお茶を飲むなんて、一労働者である自分に与えられた当然の権利だとさえ思っていた。それがここ1か月間に巻き起こった事件のことを考えると、それがとてつもなく幸せな事だったということを心の底から思う。
人は平凡な“日常”というものに不満を覚えるものであるが、日常が失われた時に初めてその大切さに気付くと言われるものだが、俺は今回身をもってそれを味わったような気がする。
「なーに、1人でカッコつけているの?」
急に満ち足りていた俺の心の中に土足でローラさんの大きな声が踏み込んできた。
「……今回の事件で得た教訓をかみしめていただけです」
「教訓って?」
「こういう風に過ごせるのがとても幸せだってことですよ」
「ふーん、あたしとしてはああいう所に身一つで飛び込む方がワクワクするけど?」
「それは貴方みたいな無鉄砲な人だけよローラ。全く、貴方のせいで私までみっちりとおしかりを受ける羽目になったのよ」
ローラさんの発言にすかさずマリアさんが反応する。
「その割にはノリノリで準備してたじゃない」
ローラさんは口角を上げて笑う。
「それは貴方があまりにも無計画すぎるからよ!」
ダンッ! と力強くテーブルを両手で叩いてマリアさんが抗議の意思を示す……ハーブティーが零れるからやめてほしいけど、あんまり今の彼女を刺激したくない。
「まぁまぁ、2人とも落ち着いてください。ほらお菓子でも食べて、美味しいですよ」
そう言ってマリアさんとローラさんの眼前に焼き菓子を載せた皿を差し出すハンナさん。
「あら、良いわね」
ローラさんはパッと笑顔を見せるとサッと手に取ってリスの様に頬張った。
「はぁ……気にしちゃ駄目ね」
その様子を見たマリアさんは椅子にゆっくりと寄りかかると手を伸ばしてハンナさんから焼き菓子を受け取った。
「ほら、カズオさんもどうですか?」
「ありがとうございます」
ニコニコ顔のハンナさんに差し出された皿から俺も一つ取って食べる。うん、人気店の菓子なだけあってとても美味しい。
菓子を食べながら先ほどまで言い争っていたローラさんとマリアさんを見るともう別の事を話題にして話をしていた。まぁ、ローラさんがマリアさんを茶化して彼女がツッコミと怒りが半々になった発言をする展開は変わらないけど……
「平和だねぇ……」
俺はもう一口ハーブティーを飲みながら、僅かに事件前と変わった日常の様子をしみじみと感じながらそうつぶやいた。
旧下水道での戦いと犯人の逮捕から早いもので一週間も経過していた。
本来なら全治3か月近い怪我と後遺症で悩まされているはずの身体も治癒魔法のおかげでものの数時間で完治し、全くもって健康な体でいられることに感謝しかないのだが、その代わりにフリッツ捜査官とアントン捜査官から2日2晩に渡ってキツイお説教と地下でのあらましを根掘り葉掘り聞かれることになってしまった……だがこれも軽率な行動をとってしまった自分への罰として受け入れるしかない。
お説教のついでにフリッツ捜査官から聞かされたことであるが、事件の主犯であるバルタザールさんは未だにほとんど口を開かないそうだ。でも、なんで今回の一件を起こしたのか大方の予想はついているらしい。
バルタザールさんはあのアウグスト薬品のあったテーゲン市出身の商人で、五年前の一件の時、唯一グルウィンド運送を中心とする運送ギルドがアウグスト薬品と提携することに反対していたらしい。テーゲン市の出身だったバルタザールさんはアウグスト薬品の黒い噂を知っていたそうだ。
けれども彼の意見は封殺され、それどころか土地勘のある彼は本人の意思に反してテーゲンとマリエンブルクの交易を行う重要な仕事を任されることになってしまった。
そして、案の定アウグスト薬品の悪事が露呈し、マリエンブルクの運送ギルドの評判は地に落ちてしまい、その中心にいたバルタザールさんも当然その影響を受けた。
それでも、唯一提携に反対していた事からギルドからの追放処分とはならなかったものの、アウグスト薬品と組んで粗悪品を売りさばいていたという悪評から逃れることは出来ず、彼の長年の夢だった故郷で仕事をすることは出来なくなってしまった。
しかし、彼の夢が断たれたことなど関係なく、マリエンブルクの運送ギルドはかつて以上の繁栄を手にする目前まで復活しつつあった。それを、間近で見ていたバルタザールさんがどのような想いを抱いていたか、分からなくもない。
いずれにしてもバルタザールさんの口が開かれない以上、本当の事は分からない。それでも、共犯者のセバスティアンが自供を始めている関係から、近いうちに真実が明らかなると俺は思う。
……っとまぁ、事件の真相はさておいて。俺にとって直接的に関係のあるのはそんなことではなく、犯行の実行役だったセバスティアンの拘束に偶然ながらも協力したことだ。おかげで協会が請求する高額な治療費だけでなく、立ち入り禁止になっていた旧下水道への侵入などのその他諸々が全ておとがめなしとなった。
その事を考えればフリッツ捜査官達の説教など気にもならないどころか、説教で済ましてくれた2人に感謝すら覚えるくらいだ。特に、あの2人が駆けつけてくれなければこうやって元気に日の下を歩けていたかもわからないのだから。
兎も角、事件から一週間もすれば俺は完全に自由の身になっていた。そんなところで休憩時間の暇を持て余していた俺は同じく冒険者ギルドからお説教を受けていたハンナさんの誘いを受けて久しぶりに一緒にお茶を飲むことにした。
それが今から1時間前の話であり、同じくお灸をすえられてしょげていたマリアさんと一切気にしていない様子のローラさんも誘い、こうやって4人集まって冒険者ギルド本部の外に設けてあるテラス席でまったり過ごしているのだ。
「そういえば、あの後どうなったんです?」
俺はのんびりとハーブティーを啜りながら、ふと気になったことを3人に尋ねた。考えてみれば、旧下水道ではぐれた後3人がどうしたのか全く知らなかったからだ。
それを聞いて言い合いをしていたローラさんとマリアさんはピタッとその動きを止め、ローラさんは得意げに胸を張り、マリアさんは頭痛に悩まされている人の様に額に手を当てた。
「大変だったわ!」
「大変でした……」
そして全く同じことを異なるトーンで言った。ちなみにハンナさんは只一言「はい! 大変でした」と発した。おそらく、ローラさんに近いニュアンスだろう。
「カズオと別れた後ね、ダーッてそのまま走り続けたんだけど、今も使ってる下水道とのT字上に繋がっている場所に出ちゃったわけよ」
「それで、どうなったんです?」
「それがね、天井まで続く格子状の金属扉で塞がれてて、先に進めなかったのよ」
「ええ、それはマズいじゃないですか!」
「そう、後ろから『ノーヴェギウス』も追いかけてくるし、これはもうやるしかないってなって!」
「やるしかないってなってどうなったんです……ゴクリ」
ローラさんの言葉に熱が入り、思わず聞き入ってしまう。
「それは、もう剣を抜いてズバッと一薙ぎしたのよ!」
「えっ、戦ったんですか!」
「と―ぜんよ!迫りくる『ノーヴェギウス』を次々と斬り捨て……」
「はいはい、そこまでよローラ。カズオさんも本気にしないでくださいよ?」
「えっ、どういうことです?」
今の盛り上がる話は嘘だったの? 俺の表情からその意図をくみ取ったのかローラさんは不満そうに唇を尖らせる。
「ちょっと、嘘じゃないからね! ほら、マリアがあんなこと言うからカズオが怪しんでるじゃん!」
「でも、ちょっと盛り過ぎよ」
「どういうことです?」
俺が首をかしげるとハンナさんが回答してくれた。
「扉の前まで追い詰められたのも意を決してみんなで戦おうってなったもの本当なんですけど、流石に次々と『ノーヴェギウス』を斬り捨てて、なんてことはなかったですね」
ハンナさんの説明にマリアさんが付け加える。
「正確に言いますとローラが振り回した剣が飛びかかってきた『ノーヴェギウス』に偶然当たったんです。それで、他の『ノーヴェギウス』達も私達が持っている剣を警戒して飛びかかってこなくなって、互いににらみ合いになったというのが実状です」
「偶然なんかじゃないわ、私の華麗な剣さばきの賜物よ!」
ローラさんが不服そうにそう言ったが、マリアさんがすぐに反論する。
「何言ってるのよ、貴方だって『ノーヴェギウス』の右腕を斬り飛ばした時にびっくりしてその場でひっくり返ってたじゃない」
「ひっくり返ってはないわよ! あれはちょっと足を滑らせただけ!」
「同じようなものよ!」
「まぁまぁ、2人とも落ち着いて。あっ、良かったらもう一杯飲みます?」
先ほどの様に割って入ったハンナさんが二人を止め、ローラさんの空になったカップを指さしてそう言った。
「あら、いいの?」
「ええ、まだたっぷりありますから」
「ありがとう」
すると、こちらも同様にコロッと表情を変えたローラさんは自分のカップにハーブティガー注がれるのを満足そうに見ていた。ついでに、マリアさんも先ほどのやり取りが恥ずかしかったのか僅かに頬を赤めて咳払いするとゆっくりと席に座りなおした。
それにしても今まではマリアさんとハンナさんとしかこうゆう風にお茶を飲んでこなかったけど、ローラさんが混じるだけで随分と雰囲気が変わるものだ。今までは終始落ち着いた雰囲気のマリアさんと快活に話すハンナさんという組み合わせだったけど、これではまるっきり反対だ。
まぁ、そんなことは脇に置いておくとして、今はさっきの話の続きが聞きたい。
「それで、その後はどうなったんです?」
俺の質問にハーブティーを注ぎ終わったハンナさんが答える。
「その後は、『ノーヴェギウス』がどんどん集まってきちゃったんですが、フリッツ捜査官達が駆けつけてくれたので、何とか怪我せずに助かったんです」
「フリッツ捜査官が?」
「ええ、何でも捕り物の最中だったようで偶然鉢合わせたんですが、市警の方々はとても強くて瞬きする間に『ノーヴェギウス』を全部やっつけちゃったんですよ」
「それは、凄いですね……」
”捕り物”と聞いて俺はお説教を受けた時のことを思い出した。そういえばアントン捜査官が何度も「あと少しで台無しになるところだった」って言ってたけど、もしかすると初めから地下に犯人が潜んでるって分かってたのかな?
そう考えると、色々とマリエンブルク市警の行っていた行動にも説明がつくけど……まぁ、本人の口から聞いたわけでもないし、余計な詮索は止めるか。
「あの……どうかしましたか?」
「えっ、ああ、何でもないです。すみません、続けてください」
いかんいかん、会話の最中に考え事なんてしては駄目だろう。
「それでですね、『ノーヴェギウス』をやっつけた後に丁度マスターも来てまして、いやーこれまでの人生で一番ってくらい大きな雷を落とされましたよ」
頭を掻いて笑うハンナさんだが、あの強面のテオードリヒさんに怒鳴られたらと思うと想像だけでブルッときてしまう。
「その後はカズオさんとはぐれたことを伝えたらフリッツ捜査官達が旧下水道の方へ走って行って私達は地上に追い返されちゃいました」
「そうだったんですか」
「でも、カズオさんは凄いですね」
「何がです?」
「私達が『ノーヴェギウス』と対峙していた時間なんてほんの一分程度だと思うんですけど、それでも死んじゃうんじゃないかってとっても怖かったんです。でも、カズオさんはそれよりも長い時間、たった1人で犯人のセバスティアンと戦ってそれも引き分けに近い戦いだったそうですし」
「……あれは運が良かっただけですよ。フリッツ捜査官から聞いた話じゃ冒険者を退いたセバスティアンは身体がなまっていたそうですし、あの時は不意を突いたようなものですから」
「そんな謙遜しなくたって……」
「謙遜じゃないですよ。あの時の僕はポーションの力で強化されてましたし、セバスティアンはそれを知りません。それに、フリッツ捜査官に助けてもらえなければ僕は確実に死んでました。引き分けどころじゃない、完全な敗北ですよ」
「カズオさん……」
俺は自分の手を見つめる。そうだ、こうしてのんびりとした日常を送れるのも全て色々な“偶々”が重なった結果だ。それを忘れちゃいけない。
「でも、カズオは生きてるじゃない」
「えっ?」
話を黙って聞いていたローラさんがそんなことを言った。
「さっきから運や偶然がどうのって言っているけど、その偶然を引き寄せたのはカズオを力なんだから少しぐらいは自分を褒めたら?」
「そんなことは……」
「一切ないなんてことはないわよ。ポーションの力って言ったってそれを持って行ったのも使ったのもあんたじゃない。そこに“偶然”なんてものはないわ。その後の全てが運よくいったのだとしてもその結果に至るまでの土台を作ったのは紛れもないカズオの力よ」
「ローラさん……」
「まっ、だからといって調子に乗っちゃ駄目だからね? 敗北の事実は嚙みしめないと痛い目見るわよ?」
「……はい」
なんか上げて落とす様な言い方な気もしなくもないけど、まぁローラさんなりの気遣いだと受け取ろう。それに、彼女の言う通り完全に卑下するものでもないか。
「ちょっと、ローラ!」
「いいんですよ、マリアさん、ローラさんの言うことは正しいですから。それと、ハンナさん」
「はい?」
「何か、変なこと言ってすみません」
「いえ、そんなことないですよ。こっちこそ、なんだかすみません」
「いやいや、ハンナさんが謝る事なんか……」
そこまで言ったところでなんだがおかしくなって俺もハンナさんも笑ってしまった。
「おや、楽しそうだね」
「えっ、師匠。どうしたんです?」
なんと、テラス席に師匠がやってきた。日差しがまぶしいのか片手を額に当てながらゆっくりとした足取りでテーブルまでやって来る。
「何って、カズオくん。もう休憩時間は終わっているのだが、君こそ何をしているんだい?」
「もう、そんな時間ですか!」
慌てて席を立ち上がろうとするとそれを師匠が制した。
「まぁ、だからといって急ぐ必要はないよ。どのみち今日は店を開けていないのだし、もう少し休んでいても私は構わんよ?」
「しかし……」
「ふむ、ならこうしよう」
そう言って師匠は隣のテーブルから椅子を一脚持ってくると俺の横に置いてそれに腰を下ろした。
「今から私も休憩時間にする。だから君も一杯付き合いたまえ」
「はぁ、分かりました」
何となく師匠の勢いに押され、俺は席に座りなおした。
あっ、何か師匠の登場に動揺して忘れてたけど、3人はこの状況をどう思っているんだ?
同じテーブルに座っている3人の様子を確認するが特に驚いた様子もなく、マリアさんとローラさんは平然と焼き菓子をつまんでいて、ハンナさんは自然な動きで師匠に新しいカップにお茶を入れて注いでいた。
その雰囲気はまるで“いつもの”光景と言った感じた。
「ふむ、こうやって皆と過ごすのも何やら懐かしく感じるな」
「そうね。あれから1年くらいになるんじゃないかしら、貴方籠ってばかりで全然出てこないもの」
「まぁ、その顔を見れば元気そうって分かるからいいけど」
「そうですね」
そして、四人はとても気安い雰囲気で会話を始める。
「おや、どうかしたのかいカズオ君。文字通りに目を丸くしているみたいだが」
「いえ……皆さんお知り合いなのですか?」
「あれ、オルウェンはカズオに言ってないの?」
ローラさんが不思議そうな眼で師匠を見る。
「……ふむ、言ってないかもしれないね」
そう答えると、マリアさんがため息をついた。
「貴方、カズオさんが来てもう半年以上も経っているし私達と会っていることも知っているでしょうに……それどころか、弟子の事を気にかけてくれて私に言ってたじゃない」
なにそれ、初耳なんだけど。
驚く俺の横で、「フム」と言いながら師匠が頷いた。
「あー、カズオ君。私と彼女達はいわゆる幼馴染というやつなのだよ」
「はい?」
イマイチ状況が理解できない俺にマリアさんが言う。
「カズオさん、前に私とハンナがこの街に移住してきた話をしたと思うんですが、覚えてますか?」
「ええ、ローラさんと出会った頃の話をしたときに言ってましたね」
「実はオルウェンも同じ時期に街へ越して来たんです。まぁ、彼女の場合は越してきたというよりも弟子入りの為でしたけど」
「すると、その頃から?」
「はい、ローラも含めて四人でよく一緒に遊んだりしました……オルウェンは当時からあまり外出しないのでローラが引っ張ってきたというか引きずってきたという感じですが」
俺は師匠を見る。
「そうなんですか?」
「うん、まぁそんな感じだねぇ」
俺はハンナさんとローラさんを見ると、2人も「うんうん」と言いながら頷いていた。
「ひどいじゃないですか。知り合いなら知り合いって言ってくれても!」
「黙っていたわけじゃないんだが……忘れていたという方が適切かな」
「適切じゃないですよ! それに、僕の事を気にかけてくれるように言ったんですか?」
「あー言ったねぇ」
なるほど、道理でハンナさんが弟子入りしてから色々と聞いてきたり、初対面の時からマリアさんが俺に親し気に話しかけてきたのか……内心、俺のトークスキルが向上したものと思っていたのにぃ!
ガックリと肩を落とす俺の横でマリアさんが首を振る。
「その様子だと、もしかしてあんまり自分の事とか話してないんでしょ? 貴方、昔からそういう事話すの照れくさくてしなかったし」
「……そうだったかいカズオ君」
まるでそんな事実がないかのような様子で俺を見る師匠。
「ええ、そうですよ。師匠の師匠の事やマリアさん達との関係だけじゃなく、今回の件だってそうじゃないですか!」
「ふむ、今回の件とは?」
「フリッツ捜査官との話ですよ! 今日まで何となく話せていませんでしたけど聞きましたからね! 師匠はフリッツ捜査官が訪ねてきたときに僕達の事を全く疑っていないって聞いてたそうじゃないですか。むしろ、薬品ギルドに濡れ衣を着せようと噂を流しているから気をつけろって言われたそうじゃないですか」
「それは事実だが、不用意に君に伝えて私達がその事に気づいていることを相手に悟らせないために、あえてその事を知らせないようにと言ってきたのは他でもないフリッツ捜査官だぞ? だからこそ、君には余計なことを伝えず、かつ君が危険なことに首を突っ込まないようにと色々と言ったつもりだが?」
「ええ、それは確かにそうです……そうなんですが! もっと、こう、言い方というものがありませんか! あれじゃあ、逆に心配になっちゃいますよ色々と!」
「そういうものかね?」
「そういうものです!」
「ふむ、それは今度から考慮に入れよう」
「はぁ、ありがとうございます……って、やらかした僕が何かを言える立場にはありませんが」
なんか変な方向に話が進んでいる気がする。すると、それを聞いていた三人がかすかに笑っていた。
「何です?」
そう言うと、三人を代表してマリアさんが口を開いた。
「いえ、何だがお二人の会話がおかしくて、あのオルウェンがちゃんと師匠をしているなと思うと……ごめんなさい、フフッ」
耐えきれなくなったのかマリアさんが口元を抑えた。ほんと、この人は今回の一件があってからまるで別人のように思えるけど、きっとこっちが“素”なのだろう。
「ふむ、笑うのは良いがねマリア。せっかく会えたのだから私も言いたいことがある。何故にローラを止められなかったのかね? おかげで弟子が危うく居なくなるところだったのだぞ?」
「あっ、それを貴方が言う?! なら、私も言いたいことがあるわ! オルウェン、貴方近いうちに市警が旧下水道に突入するの知ってたんだって? ならそれを前もってカズオさんに伝えておけばよかったじゃない! それなら私だってこの暴走娘を止めることが出来たわよ!」
あっ、やっぱりそうだったんだ。一人納得している隣で、ローラさんがマリアさんの発言に食いつく。
「ねぇ、マリア。その暴走娘ってあたしの事?」
「あなた以外に誰がいるのよローラ!」
そして、ローラさんの介入を意に介さずに話を続ける師匠。
「いや、マリア。さっきも言ったが私はカズオ君に話せない立場にいて……」
「い~や、貴方が口下手なだけでしょ?」
「なら君だって、自分のところのマスターから聞いておけば良いじゃないか。各ギルドのマスターには話が通っていたはずだが?」
「こっちは職人がごっそり市警に連れていかれるって話があってそれどころじゃなかったのよ! それに、貴方は前から知っていたのでしょ!!」
「だから、私は……」
「ねぇねぇ! その暴走娘って言うのは何よ! あたしは別に暴走なんてしてないわ!」
「まぁまぁ、皆さん落ち着いて。お菓子まだありますからそれでも食べましょうよ~」
なんだが師匠が加わってますます騒がしくなってしまった……こうなってしまうと言いたいことも色々あるが首を突っ込んだらどんな蛇が飛び出てくるか分かったものじゃないぞ。
「ふぅ……」
俺は、少しぬるくなったハーブティーを飲む。うん、この温度でもまだまだいけるな。目の前で繰り広げられている騒がしい“お話”の様子を見ながら俺はそう思うと同時に、何だが初めて、この街の一員になれた気がした。
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