第22話 オルウェンの独白
(――やはり晩餐会など出るべきではなかった)
私こと、オルウェン・テインバーは顔には出さず、心の中でため息をつく。
晩餐会の行われる会場で、己にあてがわれた席に着いてからおよそ五分が経過した。
既に続々と出席者達が顔を見せているが、誰もかれも“笑顔”という名の仮面を被り、絵にかいたような社交辞令の言葉を口にしている。
実に見るに堪えない光景だ。これに加えて打算と妬みの混ざった晩餐会の場を借りた大人同士の話し合いを二時間以上も聞き続けなければならないとは……考えただけで食欲がなくなる。
(はぁ、何故私はこの場にいるのだろう……)
そう考えるとパッと脳裏に浮かぶのはあの“弟子”のとぼけた顔だ。あのバカとハンナに押し切られるままここまで来てしまったが、冷静になって考えてみれば、ここにいる必要はなかったのではないか?
今、私の前でくだらない世間話に興じている者達にとっては私など鼻から眼中に無いはずだ。むしろ、五年前のことを想起するからいない方が清々するのではなかろうか?
――全く、どうして私は晩餐会の事を口にしたのだろうか?
元々、私は晩餐会になど出るつもりはなかった。それどころか選挙期間中は街を離れようかと考えていたほどだ。現に、私はカズオ君との会話でもこの話が出ないよう、彼がギルドにやってきたばかりの頃は意図的に街についての話題を逸らし続けていたくらいだ。
しかし、何時からかそんなことを考えていること自体馬鹿馬鹿しく思うようになっていた。街の話題を避け、市議会の連中との問題を避け、ギルドマスターとしての責務からも目を逸らしていたことに気づいたからだろうか?
……こんな考えに至ったのも、あの弟子の目にあてられたのかもしれないな。
思えば、サカザキカズオは随分と奇妙な奴だ。ある日フラッとギルドにやってきて、そして私のような人間の弟子になることをすぐに了承した変わり者。読み書きは出来るが書記ではなく、力仕事を出来るような体力もなければ、職人のような技を身につけているわけでもない。
今までどうやって生きてきたのか色々と気になるところもあるが、そんなことが気にならないほど彼は真面目に働き、ポーションの勉強にも真摯に取り組んだ。
彼が何故、これほど私のため、そしてギルドのために尽くしてくれるのかは分からない。
何せ、グルウィント運送で働いていたと最初に聞いた時は、私を陥れるために送り込まれた工作員ではないかと疑ってしまったほどだ(その疑いはものの数分で消え去ったが……)。
何気なく尋ねたこともあるが、その時は照れくさそうな顔をしながらはぐらかされてしまった……しかし、その時の彼の顔を思い出すと随分と気味の悪い顔をしていたものだ。
まぁ、それは置いておくとしてカズオ君は自他ともに認めるだらしない私の世話も小言を言いつつもしてくれるし、ご近所付き合いも本来なら苦手だろうに積極的に行ってくれる。今では彼の方が私よりも知人が多い事だろう。
おかげで静寂で、一人ゆっくりと研究に没頭できたギルドの環境も、かつてみんながいた時の様に(とまではいかないが)、誰かがひょっこりと訪ねてくる様なギルドに戻りつつある。私としては賑わうのは結構だが実験以外に取り組むべき事案が増えることは面倒で……
(うん?)
ふと、手元に置いてあった金属製のグラスを見ると、どうやら気づかぬうちに私の口角が上がっていたようだ。
それに気づいてしまうとどうにも笑いが止まらない。
私は周囲に気づかれぬように額に手を当てるようにして僅かにうつむいた。
(全く、さっきから私はどうしてこんなくだらない事を考えていたのだろう)
こんな場所にいるのが退屈だとかそういうのはもう、どうでも良い事ではないか。
人がやって来るようになったギルドを見て、私は素直に嬉しかったのだ。あの日以来、静けさに包まれ誰もが足を運ばなくなったギルドを見てどう思った? 勿論、お師匠が上手く立ち回ればとか、兄弟子の腰抜け加減にうんざりしたとかの怒りもあった。
だが、それ以上に虚しさを覚えた。私のいない間に私の帰る場所はなくなっていた。その事実だけで私はどうでも良くなってしまったのだ。
それにもかかわらずマスターの座を貰ってまであの場所に居座り続けたのは滑稽かもしれないな……
だが、今は過去を反省している暇はない。
――せっかく、カズオ君が私に小さなきっかけを与えてくれたのだ。
何かが劇的に変わるわけではないかもしれないが、せめてこの場で、薬品ギルドは戻ってきたのだという事だけでも連中に知ってもらおう。
運送ギルドが戻ってこれて、私達が帰ってこれない道理はない。
「ギィ」っと扉が開く音が聞こえた。顔を上げると出席者達が皆席を立ち、揃って扉の方を向いている。
(おや、到着したようだ)
私も彼らに習って席を立つ。
街の有力者たちに迎えられ、私の三倍以上の人生を歩み多くの職人たちから慕われる厳めしい男、ヤーコブ・ロールバッハ。そして冒険者の最前線から退いて尚、刃の様に鋭い視線を放つテオードリヒ・ガイヤー、その二人が揃って会場に姿を現した。
時刻は午後七時を迎え、今日の役者が出揃った。いよいよ晩餐会が始まるのだ――
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