第21話 策謀の果てに


 三人で控室を抜け、市庁舎の五階東側のバルコニーに向かった。普段は職員以外に開放されていないが、今日は違う。晩餐会の出席者なら特に手続きすることなく行くこと出来た。


 広々とした空間に加え、手入れされた花壇。バルコニーというよりは小さな庭園の様だ。それに近くにあまり高い建物も多くないせいか、結構いろいろなところまで見渡せて、中々に景色も良い。


 「さて、まずどこから話そうか」


 でも、そんな空間を楽しむ暇もなく、到着するやいなやいきなりトゥルフゼフスさんはそう切り出した。せっかちなこの人らしい。


 「カズオ、お前は自分の師匠と議会についてどの程度知ってるんだ?」


 「知ってることと言いましても……師匠の師匠が議員を務めていた事と、亡くなった後に立候補しなかったこと、くらいですかね」


 「そうか、まぁ話せるとしたらそんなところか」


 「えらく含みのある言い方ですね。トゥルフゼフスさんはもっと詳しく知っているんですか?」


 「知っているのも何も、ここ数年の間に入ってきたばかりの新人でもなければ、ギルドにいて噂も含めて一切知らない奴はいないんじゃいか? なぁ、マリア」


 「ええ、そうだと思います」


 「マリアさんも知ってたんですか? なら、水臭いじゃないですか、今までこの話を僕にしてくれないなんて」


 「ええ、でもそう気軽に話せるものでもないものかと……」


 思わず、ムッとした声でいうと彼女は申し訳なさそうに軽く頭を下げた。


 「まぁ、そうマリアを責めてやるな。確かに、今まで伝えなかったのは悪かったと思うが、あまりいい話でもないからな。こういう機会でもなければ話せんよ」


 「そういうものですか?」


 「そういうもんさ」


 「……なら、いいですけど。それで、どういうことなんです?」


 若干釈然としないところもあるが、時間も余りあるわけでもないし、早く本題に入った方がこの場合は良いだろう。

 相応俺の態度を見て取ったのかトゥルフゼフスさんは二カッと笑った。


 「物分かりが良くて助かる。じゃあまず、分かっていると思うが、確認として議会について話すとしようか。カズオはこの街の議会がどういう連中によって牛耳られているかは知っているよな?」


 「牛耳られて……って、随分な言い方ですね。まぁ、各ギルドの代表が主に議員を務めているのは知ってますけど……」


 「そうだ、だから名目上は市民の代表ということになっているが――実体はギルド、それも大手ギルドの連合体に等しい。このことは分かるな?」


 「はい」


 「だから、議会の方針が大手ギルドによって決められてしまうことも理解できるな?」


 「そういうことがあっても不思議ではないと思います」 


 「よし、そのことが分かれば問題ない」


 「これから話すことにギルド間の複雑な事情でも絡むんですか?」


 「別にそれほど複雑というわけでもないがな。お前もこの街が通行税で莫大な収益を上げていることは知っているだろ?」


 「はい、少しですが僕も運送関係のギルドで働いていましたから」


 「なら話は簡単だ。通行税で大きく儲けているということ、特に運送関係のギルドをやっている連中はその儲けと直接絡んでいるだろ? 現に‘今この街で最も勢いのある仕事はなんだ?’とその辺のやつに訊けば十人が十人‘運送業’と答えるほどだ」


 「まぁ、常に人手不足で外部から大量に人を雇うくらいですからそうだと思いますが」


 「でも、この街の市長も副市長も運送ギルドの関係じゃない、そうだろ?」


 「そうですね」


 「おかしいと思わないか? 仕事が順調で十年以上も前から拡大を続けている力のあるギルドの関係者がトップじゃないんだ。組織的に見ても多くの票をまとめられるというのにだ。あまり大きい声では言えないが、本気を出せば現市長を軽く追い抜かせるほどの組織票を入れさせることが出来るんだぜ?」


 「そう言われれば、そうかもしれないですけど……でも、選挙ですから何が起きるか結果が出るまでどう転ぶか分からいものじゃないですか」


 「確かに一理ある。どこのギルドも、一つの業種に権力が集中する事態は避けたいわけだからな。でも、運送ギルドは別だ。冒険者ギルドと一緒で多かれ少なかれ何かしらの関係が何処のギルトもある。商品を運ぶ、よその街と取引をする。どちらの場合も運送ギルドが一枚かむからだ。運送ギルドの代表が市長になったとしても、この街の主要なギルドに喧嘩を売るような政策は取れないわけだ」


 「話が見えないのですが?」


 「まぁ、聴け。ようするに、別に運送ギルドのマスターが市長になっても問題がないということだ。にもかかわらず、実際はそうなっていない。それが話の肝だ」


 「それと、師匠とどう関係するんです?」


 「それは、前の選挙のことなんです」


 バトンタッチするかのように今度はマリアさんが話し始めた。


 「選挙?」


 「はい、カズオさんがお見えになる前――五年前の選挙と関係します」


 「師匠の師匠が市長に立候補したとかそういう話ですか?」


 「そうではないのですが、うーん……」


 マリアさんは言葉を選ぶというよりかは、どのような切り口から話を始めるかを考えているようだった。


 「……カズオさん、貴方はマーテルン、マーテルン・ヴィスワさんのことを知っていますか?」


 「師匠の師匠の事ですか? 名前以外は特に……そういえば、師匠から直接聞いたこともありませんね」


 マーテルン・ヴィスワというのが師匠の師匠――つまり前のマスターであることはギルドに来て、最初に大掃除をしたときにチラッとその名前が帳簿に書いてあるのを見て知ったが、どんな人物なのか詳しく聞いたことはない。


 その名前を知った時は、師匠――つまりオルウェンさんも忙しかったし、何より彼女が話したがらなかったこともあって俺も聞こうとはしなかった。


 後で訊こうとも思ったが、俺の仕事もだんだん忙しくなっていたこともあって、時間が経つうちにすっかりその事は頭から抜け落ちていた。


 「マリアさんはマーテルン大師匠(師匠の師匠だからそう呼ぶことにしている)のことをご存じなのですか?」


 「知っているというほどの間柄ではありませんが、今と同じように薬品ギルドには行くことがありましたのでもちろん、お話したことはあります」


 「トゥルフゼフスさんはどうです?」


 「俺は、今の様に遠出することもなかったから薬品ギルドいく事はなかったが、それでもここで何度かお会いしたことはある」


 そうか、二人とも知っているのか……直接の弟子である俺が大師匠の事を名前しか知らないことは悲しいが、今はそうも言っている場合ではないか。


 「それで、大師匠と五年前の選挙に何の関係が?」


 そろそろ話は本題に入りそうだと思い、俺は一度ぎゅっとこぶしを握ってから改めて尋ねた。


 「事の発端は選挙の少し前に遡るのですが、ここより南方の街、テーゲンから薬――つまりポーションを大量に買い付けるという話が持ち上がったんです」

 

 そこから、マリアさんは何があったのかを丁寧に話し始めた。


 遡ること五年前――当時、そして今でもマリエンブルク最大の運送ギルドである【グルウィンド運送】のマスターであり、トーマスさんの前任者でもあったヴァイガント・フート氏は自身の運営するギルドの更なる発展を望んでいた。


 その頃の運送業界は斜陽とは程遠かったものの、現在のように物凄い活気のある業界とは言い切れない状態であった。


 そもそもマリエンブルクは西部から仕入れた毛皮や鉱物を加工し、他の地域に輸出することで財を得て発展してきた手工業の街であり、交通の要所にあるといっても通行税による儲けはあくまで二の次であった。


 それでも、隣接する諸侯と協力して街道付近のならず者を取り締まり、ガタのきていた石造りの街道の再建に取り組むなど、運送ギルドも利益を上げるための設備投資に余念はなく、その成果も徐々に表れつつあったことは街の住民ならだれもが知っていた。


 しかし、運送ギルドそのものを大きく発展させるには今一歩のところで決め手となるものが存在していなかったも事実である。


 街道が整備されたことで街を通る行商人たちは増加し、その結果税収は増え、その一部を受け取っているギルドはその懐を潤すことは出来ていた。だが、街の経済・政治の中心にいるのは複数の手工業ギルドによる連合であり、運送ギルドは手工業ギルドの製品を他の街に卸すことでしか存在価値を見出せない状況から抜け出せずにいた。


 そんな中ヴァイガント氏が閃いたのが、南部有数の薬の産地として知られるテーゲンからポーションを総出で買い付ける事業であった。


 既に単独で大量の荷物を輸送する手段を確保していたグルウィント運送は、当時、帝国の北部地域ではまだまだ一般人には手の届かない存在であったポーションを格安でテーゲン市から買い付けることが可能であった。よって、自らが整備した街道を用いてそれらのポーションを北部地域で売りさばくことで手工業ギルドをしのぐほどの莫大な利益を得られると目論んだのだった。


 しかしこの計画を実行に移すにはある大きな障害が存在していた。


 ――それが大師匠、マーテルン・ヴィスワさんだった。


 ヴァイガント氏がテーゲンからポーションの買い付けを行うとを聞いた大師匠はすぐにそれを中止するように要請した。


 その理由は単純だった。つまり、グルウィント運送が定期購入の契約を交わしたアウグスト薬品の製造するポーションに問題があったのである。


 俺も師匠から教わったことだが、そもそもポーションの流通量が需要に比べて少ない最大の要因が“ポーション自体が大量生産に向かない”という一点にある。


 ポーションを一本分生成するには非常に繊細な作業が求められる。製造過程で僅かなミスが発生するだけで、どのような影響がポーションに出るか、熟練のポーションマスターですら分からない。その為に、ポーションマスターが一本分の分量が完成するまでの全工程を丁寧に確認する必要がある。だからこそ、一日に製造できるポーションの本数には限界があるのだ。


 テーゲン市に拠点を構えるアウグスト薬品は一日に製造できる本数を倍増させる為、天才魔法技師として名高いヘルマン・シャッペラーを大金で雇入れ、彼に一連の工程を自動的にできるような魔道具の作成を依頼したのである。


 十年の歳月をかけヘルマンはギルドの求める魔道具を完成させ、それによってアウグスト薬品は帝国中の全ての薬品ギルドの倍の製造量を確保することに成功したのだった。


 しかし、彼の作った魔道具は決して完璧な代物ではなかった。第一に、複雑な工程が必要な筋力強化ポーションなどに関してはチェック機能が働かず、この魔道具の力を借りて製造できるのは比較的軽い傷を治す程度の治療用ポーションくらいだった。第二に、そうしたポーションの安全性を感知する精度は八割くらいであり、作る度に約二割の粗悪品を生み出していた。


 こういう状況にも関わらず、ヘルマン氏の研究に莫大な資金を投入したアウグスト薬品は帝国全土のポーションの販売、流通を管理する組織である帝国ポーション協会に賄賂を渡して魔道具の利用を認可させると、安全性100%をうたい文句に粗悪品を混ぜたまま市場にポーションを流したのであった。


 アウグスト薬品の提供するポーションは通常の半額以下ということもあって帝国南部のポーション市場を瞬く間に席巻したが、同時に粗悪品をつかまされた客が体調不良を訴える事例も増えていた。だが、協会を味方につけていたアウグスト薬品はそうした客の声を握りつぶし、問題のない製品として不良品を各地で売り続けていたのだった。


 大師匠は南部の都市群にも(師匠と違って)友人がいた為、アウグスト薬品の悪評を既に耳にしており、これ以上被害が大きくならないようグルウィント運送に取引の中止を申し出たのである。


 しかし、実はグルウィント運送はそもそもアウグスト薬品の製品が問題を抱えていることを知っていたのだ。そして知っていた上で、その事実を隠して北部、そしてこのマリエンブルクで売りさばこうと画策していたのである。


 従って、販売中止を声高に訴え、あまつさえ都市議会の場においてもアウグスト薬品の売り出すポーションの危険性を公然と話す大師匠の存在はグルウィント運送にとって目の上のたん瘤だった。


 都市議会選挙が間近に迫っていたこともあり、グルウィント運送は師匠を選挙に落選させ、自らを中心とする運送ギルドが議会の多数派を握ることで強引にアウグスト薬品との業務提携を推し進めようとすることに決めたのだった。


 そうした背景もあって始まった選挙戦では、グルウィント運送を中核とする運送ギルドによる薬品ギルドに対する選挙妨害に近い強烈なネガティブキャンペーンが行われた。


 残念なことにあの師匠に似て(いや、師匠の方が似たのか?)変人として知られていた大師匠はポーションマスターとしての腕は兎も角、あまり市民に慕われたわけではなく、グルウィント運送が推し進めた『自らのポーションに絶対の自信があるために、市民にとって有益なアウグスト薬品のポーションを恣意的に迫害している』との論調が市内に流れると、あっという間に選挙情勢は大師匠の不利になった。


 それに加え、真っすぐな人ではあったものの搦手を交えた選挙戦が不得意な大師匠はこうしたグルウィント運送の攻勢に対処できず、どんどん形成は悪くなり最終的に議席を失った。


 選挙に大勝し、議席の大半を身内で固めたグルウィント運送は市長に選出されたヴァイガント氏を中心に早速アウグスト薬品と契約を結び、二か月後にはマリエンブルクの市内のポーションの殆どがアウグスト薬品の物になっていた。


 反対に敗れた大師匠が中心だった薬品ギルドは急速にその規模を小さくせざるを得ない状況になり、大勢いた弟子も、一人、また一人と大師匠の下を去っていった(因みにマリアさんの話によるとこの時期に地方に武者修行に出ていたオルウェン師匠が街に帰ってきたらしい)。


 こうしてグルウィント運送の一人勝ちで終わった一連の選挙だが、話はここで終わらなかった。


 案の定、市内でアウグスト薬品のポーションを使った人の中に副作用を訴える人たちが出てきたのだ。それでも初めのうちはどうにか抑え込むことが出来たグルウィント運送だったが、この街の有力議員の息子が、友人と狩りに行った帰りにアウグスト薬品のポーションを飲んで倒れたことをきっかけに事態は急速に市内へと広まった。


 街の有力者の身内に被害者が出てしまったことはグルウィント運送にとって痛恨の事態だった。元々、彼らの躍進を快く思わない手工業ギルドの連合に加え、ポーションの実害を最も被った冒険者ギルドの怒りは大きく、彼らの雇った密偵や同じようにアウグスト薬品のポーションに悩まされていた南部の貴族や都市の協力もあって選挙から一年後、ついに彼らの行ってきたことが白日の下にさらされることになった。


 結果、ヴァイガント氏だけでなくアウグスト薬品と直接的な関りのあったギルド傘下の議員の大半が辞職に追い込まれ、アウグスト薬品との契約も打ち切られた。


 また、元凶であるアウグスト薬品も当然のことながら不正を追及されヘルマン氏や当時の代表を含む多くの逮捕者を出した末に廃業したらしい。


 その後速やかに行われた再選挙の結果、議席の配分は選挙前とほとんど同じとなり、マリエンブルクは再び手工業ギルドの人々の手によって運営されることが決まった。


 他方で唯一、選挙前と異なる結果となったのが大師匠を中心としていた薬品ギルドの議席だった。


 一年とはいえ、議会と結託したアウグスト薬品の製品に押され、かつヴァイガント市長による数々の嫌がらせの影響もあり、俺の今所属しているギルドを除く薬品ギルドはマリエンブルクを去っていた。


 更に、アウグスト薬品を告発する時に、大立ち回りをした大師匠もその時の無理がたたって体調を崩し、悲しいことに半年後に亡くなってしまったのだ。


 後に残った薬品ギルドの関係者はオルウェン師匠ただ一人。その師匠も一連の政争に嫌気がさしたのか議員になることを辞退し、それ以降は街の人から腫物の様に扱われているとか。


 他方でグルウィント運送は崩壊の危機に面したが、外部から立て直しの為に雇われた現マスターのトーマスさんがヴァイガント氏の息のかかった職員を解雇し、ギルドの運営方針も全面的に見直したことでなんとかなったそうだ。


 今のグルウィント運送はポーションを中心に扱うことはなくなり、大方南部から仕入れる食品などの輸送で儲けているそうだ。


 それでも議会における運送ギルドの評判は最悪に近く、勢力拡大が見込めそうな今回の選挙を前に色々と手工業ギルドのマスター達との間でピリピリした空気が流れているそうだ。


 「……そんなことがあったんですね」


 話を聞き終えた俺は内心、己を恥じた。この街に暮らして半年も経つというのに今日聞いた話については何も知らなかった。全く、いくらたくさんやることがあったにせよ、外の世界に興味を持ってなさ過ぎた。


 俺が暗い顔をしているのに気づいたのかマリアさんがフォローを入れる。


 「そんな風な顔をなさらないでください。私達もこのことを何時でもカズオさんに話すことが出来たのですから」


 「ああ……だがそう簡単に、明るく出来る話題でもないだろ? だから、その、なんだ。今日になるまで話せずにいたんだ、すまん」


 あのトゥルフゼフスさんも申し訳なさそうにしている。

 いかん、いかん俺が今こんな顔をしていたら場の空気がさらに悪くなる。


 「謝らないでください。それより、話してくださってありがとうございます。おかげで、色々なことが知れて嬉しかったです。」


 「そうか……なら、良かった」


 フッとトゥルフゼフスさん笑い、マリアさんもホッとしたようだ。


 「それにしても、よく師匠は晩餐会に出る気になりましたね。そんな状態だというのなら……僕の知っている師匠なら次の選挙時くらいまでは僕がどんなに促しても出るようには思えません」


 「確かにな……まぁ、心境の変化でもあったのだろう」


 僅かに考え込んだ後、俺の顔を見ながらトゥルフゼフスさんはニヤッと何時もの様に笑った。


 「?」


 俺はその意味が分からずマリアさんを見るが、彼女もまた「ふふっ、そうね」といつもの柔和な顔で言うだけだった。

 首を傾げつつ、彼らの表情の変化を探るが全く答えが分からない。

 

 その時、ふんわりと穏やかな風が俺の頬を撫で、視線をバルコニーから見える街の景色に向けると、ポツポツといくつかの建物の中から魔石の灯りが見えた。そろそろ、完全に日が沈むころだ


 もうすぐ晩餐会が始まるな、そう思うと同時に俺の思考は「今、師匠は何を考えているのか」ということに移りつつあった。

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