第92話


「ふぇえええ!?ここどこですかぁ!?」


制服に身を包んだ少女の驚きの叫び声が魔の森に響く。


朝、学校へ行く支度をしていたら突然どこともしれない森の中にいたその少女……リカは周囲を見渡し、戸惑ってしまう。


彼女の周りには、紫色の肌を保つ宇宙人のような人間たちがいた。


彼らは魔族と言って大陸で忌み嫌われている種族だった。


かつては人類に変わって大陸を征服しかけていたこともあったのだが、勇者との争いに負け、現在は衰退している。


「なんなんですかぁ…?私、自分の部屋にいたはずなのに…夢?夢なんですかぁ?だとしたらほっぺをつねってさっさと起きないと……痛ぁあああ!!これ夢じゃない!?」


リカは自らの頬をつねり、確かな痛みを覚え、これが夢ではないことを自覚する。


周囲を取り囲み自分のことを観察している魔族たちを、リカは恐る恐る観察する。


「なんで肌が紫なんですかぁ…?コスプレ…?コスプレなんでしょうか…これはドッキリなんでしょうか?映画の撮影…?もう意味がわかんないですぅ…って、死体!?人がいっぱい死んでる!?」


魔族の周りにはたくさんの人間の死体が転がっていた。


それらの人々は、魔族たちが勇者召喚を行うために人類の領土からさらってきた召喚士たちであり、勇者召喚の魔力消費に耐えられず、ほぼ全員が命を落としていた。


リカは初めて見る人間の死体に恐れ慄き、ガクガクと震え出す。


「ふぇええええん…もう帰りたいですぅ…誰か私を元いた場所に返してくださぁい…」


目に涙を溜めてそんなことを言うリカを、勇者召喚を行った魔族たちは遠巻きに観察していた。


かつて勇者に敗北した魔族たちは、勇者の恐ろしさが十分にわかっているので、迂闊に近寄るわけにはいかないのだ。


『こいつが勇者か』


『なんだか弱そうだ』


『本当に強いのか?』


『おい誰か、ステータスを鑑定してみろ』


リカの弱々しい言動と勇者らしからぬ華奢な体つきに疑問を抱いた魔族たちは、リカのステータス鑑定を行う。


リカのステータスが顕になり、リカが紛れもない勇者であることが明らかになる。


『間違いない……弱そうに見えるが、こいつは勇者だ…』


『凄まじいポテンシャルを感じるステータスだ……初期値ですでに我々を遥かに凌駕している…』


『これが我らの先祖を打ち負かした勇者か……まさか人間でありながら、ポテンシャルでわが魔族を上回るとは…』


『どうやら我々は紛れもない勇者の召喚に成功したようだな…』


『これで我ら魔族の再興が望める…』


『人間如きに頼るのは忍びないが……もはや我々に残された選択肢はない…』


『人間の世界であれだけの数の勇者が呼び出された以上、我々も同じ手を使わなければ対抗できない…』


『ひとまずは手懐けるところからだ。我々自らが召喚した勇者によって滅ぼされることのないようにな…』


人間領からさらってきた召喚士たちを犠牲にすることによって勇者召喚に成功した魔族たちは、初めて見る異界人にゆっくりと近づいていく。


「ひっ!?」


リカは悲鳴をあげて後ずさる。


魔族はリカの警戒している様子を見て、両手をあげ、敵意がないことをアピールする。


『落ち着くのだ勇者。我々は敵ではない。お前の味方だ』


「だ、誰なんですかぁ!?リカをどうするつもりですかぁ!?ここはどこなんですかぁ!?」


『我々は魔族。お前を勇者召喚した者たちだ』


「ゆ、勇者召喚…?なんですかそれ…あなたたちがリカをここに連れてきたんですかぁ?」


『そう言うことだ』


「だ、だとしたらお願いですから元の場所に返してくださいっ…リカ、お家に帰りたいですぅ…」


『それはできない。送還の儀式を行うにはたくさんの人間の召喚士たちが必要になる。もう攫ってきた連中は皆死んでしまった。すぐにはお前を元の場所に返すことはできない…』


「そ、そんなぁ…というか攫ってきたとか死んでしまったとか、物騒すぎますぅ…ここってもしかしてそう言う世界なんですかぁ?」


『ここはお前が元いた世界とは違う、お前にとっての異界だ。お前には特別な力がある。我々魔族と共に魔国の再興を手伝ってほしい。もし我々の目的が果たされればお前を元の世界に帰す』


「ぜ、全然意味がわからないですぅ……お願いですぅ、ひどいことしないでくださいぃ…と言うかその倒れている人たちはなんなんですかぁ…?」


『こいつらは我々が勇者召喚を行うために人間領から攫ってきた召喚士たちだ。すでに死んでいる。あまり多くの人員を攫ってくることができなかったために儀式の負担がかかり、全員死んでしまった』


「ひぃ!?ま、まさかリカのこともそうやって儀式の犠牲にして殺すつもりなんですかぁ!?」


『そんなはずはない。せっかく召喚した勇者を殺すはずがないだろう。お前には特別な力がある。

お前は我々にとって必要な存在なんだ。ここは我々魔族たちの住む魔国という場所だが、お前は特別に客人として丁重にもてなすつもりだ。だから安心しろ』


「うぅ…怖いですぅ……なんですか特別な力って……私、ただの学生ですよぉ…?」


『異界人にはこの世界にやってきた時点で全員が特別な力を得る。その力の強大さゆえ、人類どもは異界人のことを勇者と呼んでもてはやす。お前とて異世界人だ。必然、とても強力な力を備えている。ステータスと唱えて自分の力を見てみるがいい」


「す、すてーたす?なんですかぁ、それぇ……ふぇええええ!?」


突如自分の目の前に現れたステータス画面にリカは驚く。


そこには自分の名前や性別や年齢などの個人情報が記載されており、さらにその下にはまるでゲームキャラの強さのような数値がずらりと並んでいた。


「な、なんですかこれぇ…?リカ、ゲームのキャラになっちゃったんですかぁ…?」


『それはお前の強さを表すステータスだ。お前には特別な力があると言っただろう。そのステータスは、すでに初期値でこの世界の大半の人間を大きく上回っている。鍛えれば、誰も敵わぬほどの力が容易に手に入るだろう。我々がお前を鍛えてやる』


「よ、よくわかんないですぅ…リカ、あんまり物騒なのは好きじゃなくて…」


『残念だがここでは我々の指示に従ってもらう。

大人しくすれば悪いようにはしない。ひとまずお前を長老の元へ連れて行き勇者召喚成功を報告しなければならない。ついてきてもらおうか』


「はいぃ…」


右も左も分からない状況で、たくさんの魔族たちに囲まれ、リカは従うより他になかった。


たくさんの魔族に囲まれながら、リカは魔の森の奥へと連行されていった。



〜あとがき〜


近況ノートにて三話先行で公開中です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る