第49話
「おい、聞いたか…」
「ああ、また始まるらしいな…」
「またかよ…勘弁してほしいぜ…」
「あのクソッタレ王女…どうあってもこの街が欲しいらしいな…」
「ダンジョンの資源を狙ってるらしい…」
「戦争のために異界人を呼び寄せたって噂まであるぞ…」
「この街を落としてどうするつもりだ…?」
「もちろんダンジョン資源が目当てだろうな。ムスカの王族にダンジョンが取られたら周辺諸国にとっては悪夢だぜ」
冒険者たちの噂話がラーズさんと共に食事をとっている俺のところまで聞こえてくる。
早朝。
いつものようにギルドを訪れて、声をかけてくる冒険者パーティーがあるまでラーズさんと朝食をとっていた俺は、最近物騒だなとそんな感想を抱いた。
ここ1週間ほど、ギルドに所属する冒険者界隈は、戦争の話で持ちきりだった。
ギルド内に十分以上止まれば、必ず一回は“戦争”という単語が聞こえてくる。
戦争についての冒険者たちの噂話を総括すると、どうやらシスティーナがこの街に攻めてこようとしているらしい。
そのための兵力を準備しており、その予兆がこの街にも伝わってくるぐらいに明らかだそうだ。
戦争好きのシスティーナは、たびたび他国への侵攻を繰り返しており、この街にも過去に何度か兵を率いて攻めてきたことがあるらしい。
その度に、周辺諸国とこの街の冒険者が協力してシスティーナの兵士たちを犠牲を出しながらなんとか撃退してきたらしい。
だがシスティーナは何度敗北してもこの街を諦めるつもりはないようだ。
その理由は、この街のダンジョンなのではないかと言われている。
様々な資源の眠っているダンジョンを手に入れられれば、莫大な富を得たのと同義だ。
システィーナはこの街のダンジョンから得られる富を原資として、さらなる戦争の拡大を目論んでいるというのが、冒険者たちの大方の味方だった。
「気になるのか?」
俺が冒険者たちの戦争の噂話に聞き耳を立てていると、隣に座っているラーズ老が聞いてきた。
ラーズは今日も今日とて、俺の奢りで朝食と酒にありついて、非常に機嫌が良さそうだった。
ガツガツと朝食をとり、酒で頬を赤くしながら、酒臭い息で俺に話しかけてくる。
「はい……戦争があるって話なので。この街で冒険者をやってる身としてはやっぱり心配になりますよ」
「はっはっはっ。まぁ、大丈夫だろう。今度も冒険者の連中がやってくれるさ」
ラーズは少しも心配してない様子で戦争を笑い飛ばした。
「冒険者も参戦するんですか?」
「当然よ」
ラーズが酒を飲み干し、口元の泡を吹いてから頷いた。
「前にも何度かあの王女はこの街に攻めてきたのさ。だが、周辺諸国から集まった兵隊とこの街の冒険者に返り討ちにされた。侵略兵如きに負けるこの街の冒険者じゃないさ」
「そ、それは心強いですね…」
「はっ。俺も若けりゃ、いの一番に名乗りをあげたんだがな……あんたはどうするんだ?戦争に行くのかい?」
「お、俺は……まだわからないです…」
「ま、よく考えて決めることだな。あんまり生き急いじゃいかん。俺はあんたに死んでほしくないからな」
「心配してくれるんですか?」
「当たり前だろう。あんたがいなくなったら俺は誰に飯を集ればいいんだ?」
「ぷっ。それもそうですね」
「そういうことだ!はっはっはっ」
ひとしきり互いに笑い合った後、俺は色々知ってそうなラーズに戦争に関して質問をする。
「あの……どうしてシスティーナ王女はこの街を攻めるんですか?」
「さあな。戦争が好きなんだろう。ダンジョンの資源を狙ってるって話もあるな」
「ダンジョンの資源を……えっと、さっきラーズさんが言ってた、周辺諸国の兵士ってのは?どうしてこの街のために参戦してくれるんですか?同盟関係とかですか?」
「いんにゃ。はっきりとした同盟関係はないらしい。だが、周りの国も、あの戦争好きの王女にこの街が取られたらまずいって思ってるんだろ。この街が落ちたら、次は自分たちだって自覚がある。だから、兵士も送ってくるし、物資も援助してくれる。俺たちの味方は多いってことだ」
「それはここと強いですね……それで、その、戦争のために異界人を召喚したってのは…」
これは俺にも関わる問題だった。
異界人を召喚したって噂は十中八九、俺とあの大学生カップルが呼び出された勇者召喚のことを言っているのだろう。
システィーナは魔族から世界を救うために勇者を呼び出したと言っていた。
まさか“魔族”というのがこの街の人々や冒険者を表すとは思えない。
となると、やっぱりシスティーナは嘘をついていたということになる。
そこらへんについて俺ははっきりさせておきたかった。
「異界人かぁ……これに関しては俺もよく知らんが……王族どもが莫大な金を注ぎ込んでやる儀式だってのは聞いたことあるかな……」
「莫大な金を注ぎ込んでやる儀式……どうしてそんなことを?」
「さあ?王族たちの考えることはよくわからんが……金満の王が興味本位で異界人を呼び出したって言い伝えもあれば、異界の文明を取り入れるために呼び寄せた王族もいるらしいな」
「なるほど…」
「異界人ってのは、どういう原理か一人の例外もなくとんでもなく強力な力を持っているんだそうだ。だから、王族どもが膨大な金を注ぎ込んでても召喚に邁進するのもわからなくはないがな…」
「そういうものなんですね…」
「異界人の記録はいろんな伝承として残っている。異界人がこの世界に対していい影響を及ぼした例もたくさんあるらしい……だがよ、問題はゲスな王族たちが私利私欲のために異界人召喚を行った場合だ」
「ひょっとしてシスティーナ王女が…?」
「ああ」
ラーズがため息を吐きながら言った。
「まだ噂のレベルだが……戦争に勝てなくてイラついたあの王女が戦場に投入するために異界人を召喚して飼い慣らしてるって噂はすでに言われてるな……本当かどうかはわからんが、あの王女ならやりかねん……別世界の人間を自分の都合で戦争に巻き込むことになんの躊躇もしないだろうな」
「そ、そうなんですね……あの、聞いた話なんですが、異界人召喚は魔族を倒すためだっていうのはどうです?」
「はぁ?」
「い、いや、俺の意見じゃないですよ?ただ、そう言っている人がいたっていう話で…」
「魔族を倒すためねぇ」
ラーズが怪訝そうに首を捻った。
「確かに魔族の勢力が大きかった頃はそういう王族もいたかもしれん、だが……今は魔国は衰退の一途だからな……人類にとって大した脅威でもない。あの連中にわざわざ追い打ちをかけるために異界人召喚を行う理由がわからんな」
「ま、魔族は衰退しているんですか?」
「ああ、そうだ。数もだいぶ減ったらしい」
「…そう、なんですね」
これでシスティーナの嘘は確定したも同然だった。
システィーナの話ぶりでは、魔族はこのごろどんどん勢力範囲を伸ばし、人類を滅ぼしかねないという感じだった。
しかし実態は、魔族は衰退しており現時点で人類の脅威とは呼べないらしい。
やはりシスティーナは魔族討伐のために勇者召喚を行ったのではない。
自分の野望のために……戦争をして他国を侵略するために勇者召喚を行ったのだ。
「追放されて……結果的に良かったのか?」
「あぁん?」
「いや、こっちの話です…」
城から放逐された時はシスティーナのことを恨んだが、結果から言うとやはりこれで良かったのかもしれない。
だが、もしシスティーナがあの二人の勇者の力を使ってこの街を落とすようなことがあれば……俺は彼女に再度捉えられてしまうかもしれない。
そうなったら、俺も彼女の野望のために利用される存在に戻ってしまうかもしれない。
そうなる前に街を離れるべきだろうか。
しかし、この街の人々や一緒に冒険をしてきた冒険者たちにはそれなりに愛着と恩がある。
自分だけ逃げ出すのもなんだか気が引ける。
「おい、おかわりいいか?」
「いいですよ」
俺はラーズの酒のおかわりを注文しながら、今後の方針について真剣に考えるのだった。
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