ジュリア姫の憂鬱

「ねえ、あんた今日は何するつもりだったの?」


 噴水に腰掛け、行儀悪く両脚を石畳に放り出しながら、ドスの効いたハイトーンの声が尋ねる。

 町娘の服装をしていても、その尊大な態度は隠せない……って、これは地なんだけど。

 高城たかぎジュリア扮するワーズランド王国第一王女、ジュリア・ワーズランド姫は今日も退屈そうだ。

 お城を抜け出すまでの手筈は慎重に整えるけど、いざ街に出てしまうと特に無計画なのである。運悪く、街をぶらついているといる所を見つかった私、魔道士ユーミは、暇潰しに付き合わされている。


「でも、コンパニオン・プレイヤーが二人一緒にいたら、運営さんに怒られない?」

「何を言ってるの。……この間、あのチビを連れて空を飛んでいたのは誰よ? その上、娼館のベルリエッタの所に、しばらくいたんでしょ?」

「……何で知ってるの?」

「あの日はエスケープに失敗して、不貞腐れて外を見てたしぃ。それに、あのチビが嬉しそうに、ペットのシマエナガを自慢してたもの」


 無事にリオンちゃんは、念願のペットを貰えたんだ。

 ジュリア姫によると、籠も無しで飛び回っては、リオンちゃんにジャレつく可愛い小鳥らしい。……今度、見せてもらおう。

 白い小鳥と戯れるロリ聖女……凄く良いかも知れない。

 生真面目過ぎる聖女様自身にも、絶対に癒しが必要です。


「でも、ベルリエッタも謎よね。高級娼婦と言うけど、あのキャラ……絶対裏があるわ」


 真っ赤な屋根の建物を睨んで、お姫様が訝る。

 それは私も思うんだけど……。あ、その本人が革鎧の軽装で通り過ぎてった。知らん顔でプレイヤーのパーティに加わってるよ。

 ジュリア姫は、まったく気づいていないみたいだけど……。


「そんなに暇なら、プレイヤーに混じって戦闘技能でも上げてみたら?」


 軽く言ったら、そのはっきりした眉が吊り上がる。

 少し青みがかった目で、私を睨みつけた。


「あのね……お姫様キャラには、戦闘技能は無いのよ? ヒットポイントは有るけど、マジックポイントは無し。魔法も使えなければ、剣も重くて持てやしない」

「そうなの?」

「当たり前でしょ? お姫様自ら、戦場に立ってどうするのよ?」

「最近、姫騎士とか流行ってるのに」

蒔田まきたさんの好みじゃないんでしょ。きっと」


 世界観は、ワールド・デザイナーの蒔田透夏まきた とうかさん一任だからしょうがない。あの人が決めたことが、この世界の全てだ。

 でも、そんなお飾りの姫なら、何でこの高城ジュリアさんを指名したんだか? お飾りには程遠い個性派ですよ、この人。


「ま、こんな所でダベっていてもね……少し歩くよ」


 ひょいと立ち上がって、お姫様。

 私が付いて行くことは、確定事項らしい。


「クリスマスから、お正月はどうするの?」

「休めるのは、あのチビくらいよ」

「リオンちゃん、お休みなんだ」

「クリスマスもお正月も、宗教が違うでしょ? だから、神殿を閉めて目を瞑るって設定らしいよ? 法律とかいろいろ問題有るし……」

「なるほど……」

「その分、私がメインで引っ張るから、体調には注意しなさいってさ。いい迷惑だ。……って、こんな話を外でしない!」

「……すみません」


 ベタなイベントでも喜んでもらえる時期だし、ジュリア姫が引っ張るなら、派手なイベントになるでしょう。これは楽しみだ。

 その内に、私が主役のイベントもやって欲しい。


「ん? あの人集ひとだかりは何よ?」


 職人街の店の一角に、えらくプレイヤーが集まっている。

 あの店って確か……。

 後ろから覗き込んでみると、人目を惹いているのは店頭に飾られた一振りの剣だ。【鑑定】スキルなど持たないプレイヤーでも、ひと目で業物だと解る威圧感。


「こりゃあ、凄いわね……。どういう剣よ、ユーミ」

「魔剣ではないけど、それ自体の品質で、ダメージにプラス効果が有るよ」


 私の【鑑定】に、周りのプレイヤーもどよめいた。

 両手剣のロングソード。おそらく現時点の最高傑作だろう。


「凄いわね……こんな剣を打てるプレイヤーが、もういるんだ」

「いるわけ無いだろう? ジュリア、頭は大丈夫かい?」

 剣の評判を満足そうに見ていた長身の女性が、呆れ顔で溜息を吐いた。


「ソフィア……さん。あなたなんだ……」


 珍しく、ジュリア姫が敬語になる。

『鍛冶師の名工』ソフィアこと、粗笛愛理そふえ あいりさん。この人も雑誌の専属モデル……ああ、そうか。今、高城ジュリアがやってるティーン向け雑誌を卒業して、その上の年齢層の雑誌に移ったんだっけ。

 つまりは、お世話になった大先輩って言う訳か。頭が上がらないわ、それじゃあ。


「ジュリア姫が敬語を使うなんて、すっかり町娘の変装が板についてるわね」


 皮肉がキツイ。仲が良いのか、悪いのか……。

 キセルに火を着けて、一服しながら私に声を掛けた。


「ユーミ。この剣に付与魔法をかけたら、『魔剣』になるかな?」

「付与魔法の永続は無理です。……出来るとしたら、魔道具化してコマンドワードで発動させるくらいかな?」

「あぁ……それは鍛冶屋のプライドが許さないな。もうちょい精進しなきゃダメか」


 顔を左右に振りながら、シニカルに微笑む。

 ほっそりとしたモデル体型で、あの重そうな鍛造ハンマーを振り回すなんて、ゲームならではだろう。


「そもそも、何で鍛冶屋なのよ?」


 ジュリア姫が、声を荒げて問う。

 ソフィアさんが選んだ役柄が、納得いかないみたいだ。

 確かに、もっと似合う役が有ると思う。


「いつか、言ったことが有るだろう? 私の夢は自分のブランドを持つことさ」

「だからって……」

「ブランドを作ったって、売れなければ、買ってくれる人がいなければ直ぐに駄目になる。とことん品質を追求して、納得出来るものを作れば、買ってくれる人も納得してくれると信じてる。武器っていうのは、品質を追求するほど、売れるから」


 ソフィアさんは、誇らしげに笑う。

 汗まみれの顔も、無造作に束ねただけの髪も、不公平なくらいに美しく見えた。

 額から流れ落ちる汗の雫が、この人を飾る宝石だ。


「まあ、楽なもんだよ。好き勝手に、鍛冶にだけ打ち込んでいれば良いんだから。そうそう品質の良いものは作れないが、こっちは好き放題にしていても、プレイヤーの方から、勝手にコネクションを求めてくる。こんな楽しいことはない」

「でも……」

「似合わないお姫様より、気楽な鍛冶屋ってね。まずは自分が楽しまなくちゃ」


 休憩は終わりというように、ソフィアさんが背を向けて作業場に戻って行く。

 炉の熱気が一層高まって、戸口に立っていても汗が滲んでくる。

 私だったら、この熱さだけで耐えられそうにない。


「……帰るよ」

「へ?」

「帰るから、城まで乗っけてってよ」


 なぜ、みんな私をタクシー代わりにしようとするかなぁ……。まあ、良いけど。

 杖を出して、腰掛ける。当たり前の顔して、乗ってくるし。

 プレイヤーたちに驚かれながら、空へ舞い上がる。お城の姫様の部屋までは、ほんの一瞬だ。


「着いたよ~。またね」

「またね、じゃなくてこっちにいらっしゃい。話があると言ってるでしょう?」


 え……言ってないよね?

 することも無いし、気合い負けしてるから、仕方なく付き合う。

 ソフィア姫はどっかりとソファに腰を下ろして、腕組みし、長い脚を組んだ。

 そして、盛大な溜息を吐く。


「ユーミ……。あんたが私の立場だったら、どうやって楽しむよ?」

「……ふぇ?」

「あたしだって、自分らしくないのは充分解ってるの。でも、どうやって楽しむよ? 戦闘技能はない。魔法も使えない。お城を抜け出す算段は楽しいけど、その先って何もすることがないのよね?」

「私に訊かれても……」

「なに? あのチビの相談には乗れても、あたしの相談には乗れないって?」


 柳眉を吊り上げて睨む。

 なまじ美人だから迫力有るのよ、この娘。私の方が歳上なのに……。

 それに、どこまで話が漏れてるの?


「あれ? 『余の顔を見忘れたか?』ってやるんじゃなかった?」

「悪徳商人とか、どこにいるのか教えてよ? それに、戦闘技能が無いんじゃあ、格好つけても斬られてお終いでしょうが!」


 確かに。……蒔田さんの嘘つき。

 少し真面目に考えてみる。私がお姫様の立場なら、どうやって遊ぼう?

 体力無し、技能無し。有るのは……人気と地位と権力と財力? 羨ましい。

 無い物ねだりしてもしょうがないから、有る物を使って遊ぶしかない。地位と権力と財力なんて、素晴らし過ぎて目が眩む。


「欲しければあげるわよ、そんな物。魔道士の方が気楽で良さそう」


 苦労は多いんだよ? みんなにタクシー代わりにされたり……さ?

 地位と権力……どうやって玩具にしよう? いやいや、簡単に弄んじゃいけないものだけど、蒔田さんはそれ推奨のタイプみたいだから。

 お姫様の立場で好き勝手して遊ぶとしたら……。


「お姫様なら、戦闘力はなくても、扇動力はあるよね?」

「なにそれ? 革命でも起こせっていうの?」

「あなたは革命される立場でしょ、王族の娘! そうじゃなくて、プレイヤーたちを煽って、高みの見物も面白いかなと」

「ユーミは意外と性格悪い?」


 あなたにだけは、言われたくないぞ。

 でも、私が言いたいのはそうじゃなくて……。


「王族なら、民にお触れを出せるじゃない。まだ運営さんはイベントの準備中なのだから、その間に、勝手にイベントを起こしちゃうのも楽しいかな? って。『一番大きな魚を献上した者に褒美を遣わす』とか、『新しい鶏肉料理を作ってみよ!』とかお触れを出して、プレイヤーを右往左往させちゃうのも楽しいかなと」

「ん……悪くないわね。私のために皆が慌てふためくのは、見ていて楽しいかも」


 ほら、ジュリアの方が性格悪いでしょ。

 ニャニヤしながら、身を乗り出してくるし。


「城にいる時はそれで楽しむとして、街に出た後はどうするのよ?」

「自分で考えなさいよ!」

「参考として、訊いているの」

「次にお触れを出すためのネタを探せばいいじゃない。鍛冶や、服飾、小物作り。生産系の仕事を選んでいる人たちから、次はどの分野をネタにするかって、実際に見て歩いた方が早いよ?」

「なるほど……悪知恵の働く人ね」


 楽しむのに、貪欲と言って。

 子役の頃からゲストばかりで、主役はおろか、レギュラーにもなれなかった私の処世術なんだから。

 無い物ねだりをしてもしょうがない。与えられた役を楽しもうって。

 ……お芝居、好きだからね。ドラマや映画に参加できるだけで、嬉しかったもん。

 この気持ちは、高城ジュリアには解るまい。


 翌日から、早速ジュリア姫のワガママが炸裂して、プレイヤーたちが嬉々として右往左往する事になるわけだけど……それは私のせいではありません。

 苦情は受け付けませんよ? 私、悪くないもん。

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