通りすがりの魔道士

 ログインすると、まず『楽屋』に出る。

 みんな芸能事務所に所属しているせいか、『ミーティング・ルーム』ではなく、『楽屋』という言い方が定着してしまった。


 ホワイトボードに、来週のシフトを書いておかなきゃ。


 お仕事なので、週に決められた合計時間のログオンが義務付けられている。もちろん早出、残業は各自の自由だけど、そっちはお金にはならない。ただし、運営さんの要請で出る場合は別です。

 みんなと休みが被り過ぎないようにして、早朝から午前中以外は、コンパニオン・プレイヤーが不在にならないよう各自で調整する必要が有る。

 ヴァーチャルな世界で、ホワイトボードに書くというアナログなことをするセンス。

 私は決して、嫌いじゃない。


「お、ユーミちゃん、おはよう。シッポナも元気?」


 ログインしてきた『人気の吟遊詩人』エリーゼこと、鈴宮絵里衣すずみや えりいさんが、早速シッポナを撫でくり返す。

 素はロックなお姉さんなんだけど、時代設定に合わせて大人しめのルックスのキャラで、文字通りに猫を被っている。さすがの猫好き。


「エリーゼさんは、今日はどうするの?」

「歌うっきゃ無い。まだプレイヤーは、他所の街に行けてないからね。どこかの酒場で歌ってるさ」

「良いなあ……私はレベルが高すぎちゃって、みんなと一緒に冒険はできないし……。身の振り方に悩んでいるよ」

「やりたいようにすれば良いんだよ。運営さんのお墨付きなんだから」

「……とりあえず、どこかで魔法石売りでもしてようかな」

「自分から楽しんでいかないと、続かないよ?」

「ありがとう。もう少し考えてみるよ」


 まだ、プレイヤーがたどり着けていない山間の草原にポップする。

 いたいた、角ウサギたち。ちょっとごめんね。


「【トルネードカッター】!」


 いくつものつむじ風が発生して、群れてる角ウサギたちを一気に屠る。

 駆け出したシッポナが、ウサギたちの遺した魔石を拾い集めてくれる。うん、大漁大漁。

 また魔法を込めて【帰還】の魔法石を作る。

 深入りし過ぎた時などに、持ってると便利なので良く売れるんだ。

 魔法で街に戻っても良いけど、少し歩きつつ考えたい気分。

 のんびり山道を下ってゆく。今日も良い天気だ。小鳥の声が耳に心地良い。


「はぁ……今日はどうしようかなぁ……」


 つい、溜め息が出てしまう。

 魔法石は人気が有る。みんなに喜んでもらえるけど、狩るのも、売れるのも、こうして一瞬なんだよ……。

 エリーゼさんみたいに歌いまくるとか、個人的な楽しみが見つからないの。

 遊び方をガイドするはずのコンパニオン・プレイヤーが、こんな事で良いはずがない。

 だいたい、まだレベル二、三のプレイヤーに混ざって、レベル五十の私が遊べるはずもないでしょう? インフレしすぎて、邪魔だ。

 とはいえ……『通りすがりの魔道士』の役回りを、上手く演じたい。これは女優の性。

 どんなふうに振る舞って、どんなふうに演じればみんなを楽しませ、私も楽しめるんだろう?


 ジュリア姫は早速、お城を抜け出す算段をいろいろ試しているみたいだし、聖女のリオンちゃんは、会いに来るファンの応対に忙しいとか。

 きっちりとホームが有る方が、演じやすかったかなぁ? ちょっと後悔。

 でも、それだと可愛いシッポナに会えなかったから……。

 撫でてあげたら、満足げに「ニャ」と鳴いた。すっかり抱き癖が付いちゃったね。


 せせらぎに惹かれて道を外れると、きれいな川が流れてた。

 このあたりはまだ、岩場が多い。ひょいとシッポナが飛び降りて、川の水を舐め始める。流されないように気をつけてね。

 私もタオルを水に浸けて、顔や首筋を拭う。冷たくて気持ちいい!

 たまには街を離れて、こんなピクニックも楽しいよ。このまま川沿いを街まで帰ろう。

 狼とかゴブリンとか出るけど、そんなのは問題にならない。指先で弾いた炎の玉で、眉間を撃ち抜いておしまいだもの。

 だんだん、歓声が聞こえてくる。

 今のみんなの狩り場になっている、南平原まで帰ってきちゃった。


「そっちに行ったぞ!」

「回復頼むよ!」


 パーティを組んだプレイヤーたちの声や、剣戟の響きが勇ましい。

 今日はそれを横目に眺めながら、のんびりと川をたどる。まだ、トゲネズミやトガリ雀が強敵なんだね。頑張れ~。

 木漏れ日と微風が、気持ち良すぎる。そっちには行かずに、今日は川沿いを歩く。

 たまには私も散歩がしたい。

 このゲームの自然は、とても良く作り込んである。落ち着きます。

 おっと、いきなりシッポナが私の腕から飛び降りて、走り出したよ?

 何があったのかと、叢をかき分けつつ、追いかける。カエルがケラケラ笑ってるし。

 やっと見つけたシッポナは、河原で見知らぬ男子の足元にちょこんと座ってる。あれは、おねだりポーズだ。

 釣りをしていたらしい男子は、釣り上げたコイと、突然現れたシッポナの間で視線を彷徨わせて、困惑している。


「ごめんなさい。こら、シッポナ! 意地汚いよ」

「ああ、やっぱりシッポナちゃんか。モンスターだったらどうしようと、ビビってた」

「そんな可愛いモンスターは、いませんって」


 多大な親バカを込めて訴える。

 他の三人の釣り師たちも、ちらっとこっちを窺いつつ、忍び笑いを漏らしてる。

 お友だち……ってわけじゃないのかな?


「ユーミさんは何で、こんな所に?」

「せせらぎが気持ち良いので、川沿いを散歩してたら、突然シッポナが走り出しちゃって、追いかけてここまで……」

「本当に『通りすがりの魔道士』さんだ。……お魚食べたいのかな?」

「ニャッ」

「こらあ! 当然な顔で要求しないの。お魚も売ればお金になるんだよ」

「良いですよ、一匹くらい。その代わり……撫でさせて」


 言葉が解るのか、ゴロンとお腹を向けて「撫れ」のポーズ。

 ちゃっかり者め。


「あぁ……本当に触り心地良いなあ、こいつ」


 釣人のノルトさんの感想に、周りの三人もソワソワと……。


「機嫌が良さそうなので、撫でたい方はどうぞ?」


 あはは。みんなで竿を置いて、撫でまくりタイムだ。

 その内に撫でられ飽きたのか、ビュッと身震いして立ち上がる。目線での要求に応えて、ノルトさんが釣ったコイを目の前に置いた。

 可愛いシッポナも、やはり捕食動物。

 お食事シーンはさすがにグロいから、目を逸らしちゃう。猫は都会のハンターです。ライバルはカラスたち。


「みんなは、お友達同士……には見えないけど」

「たまたま同じ場所で釣りをしているだけ。ここ、良く釣れるから」


 なるほど……バケツにお魚いっぱいだ。

 でも、さ?


「釣りも良いけど、まだ始まったばかりで戦闘スキル上げた方が良くない? イベントの企画も動いてる……らしいよ」


 危ない危ない、口を滑らせるところだった。

 余計なことを口走ると、怒られる。

 でも、みんな気不味そうに目を逸らしてる。


「うん……そう思うんだけど……なんか……乗り損ねちゃって」

「パーティー募集にも踏み切れないっていうか……」

「勝手に入っちゃうのも……悪いかな……って」


 ああ、引っ込み思案だったり、人見知りだったりすると大変だよね。

 でもゲームは楽しみたいから、お魚釣ってたのか。

 だったら、さ。


「この四人で組んじゃえば? ちょうど戦士二人に神官、斥候でしょ?」


 意外なことを言われたって顔で、キョッどってる。

 だってみんな、乗り遅れ気味の同じノリなんだし……ゲームなら楽しまないと。


「で、でも……全然戦闘やってないから、レベル一だし……」

「じゃあ、私も加えてよ。レベルは内緒だけど、まず負けないから」

「ど、どうしようか……」


 オロオロと相談する四人を急かすように、シッポナが「ニャア」と鳴いた。


「そっか、シッポナも加わりたいって」

「……い、行ってみる?」


 猫の一言で決断するんかい!

 釣具をアイテム欄に収納して、ノルトさんを先頭にパーティーを組む。


「木々を抜けた所にある『南平原』がちょうどいいと思う。出て来るのはトゲネズミがメインだけど、トガリ雀がちょっと強敵。空からアタックしてくるから、良く見て、盾で叩き落として。ポテッと落ちると、しばらく目を回しているから、その間に袋叩きだ!」

「はいっ!」


 移動しながら、ちょっとアドバイスをしてみる。

 地面にいるトゲネズミに気を取られ過ぎて、上からのダイビングアタックでやられちゃうのが、初心者泣かせ。どっちもそんなに強くないのだけれど、視線の上下が有りすぎるから対応が難しい。

 頑張ろうね。


「あ、ずるいユーミちゃんが加わってる」


 フィールドに到着すると、周りからびっくりされる。

 直接コンパニオン・キャラクターが、戦闘に加わるとは思わなかったみたいね。

 軽く手を振りつつ、微笑んでみる。

 早速、トゲネズミ来たーっ!


「相手を良く見て、まず守って。盾で防いだらひと殴り。そしたらまた、守るを繰り返していれば負けないよ」

「はい」


 素直でよろしい。最初だから、神官の女の子『えむ』ちゃんも殴りに行っちゃえ。

 よし、大勝利。でも、息つく間もなくエンカウントだ。

 下を見て……いなければ、上! トガリ雀が来るよ!


「盾で受けて、叩き落とす! ……んだよな?」

「イテッ! 下からトゲネズミも来やがった」

「トゲネズミは私が受け持つから、上をお願い」


 うん、だんだん連携ができてきた。

 攻撃が集中してるのは、きっと魔力の高い私がいるから。

 ネズミは対処できそうなので、見落としそうなトガリ雀に火の玉を飛ばして、援護してあげよう。

 ……ごめん、息付く間もない猛攻を受けちゃってる。

 それでもワー、キャー盛り上がって、楽しんでくれてます。

 私の肩から大ジャンプで雀を仕留めて、シッポナが拍手喝采を浴びてる。目立ちたがりなんだら、本当に。


「私もレベルが上がりましたっ!」


 最後になった、えむちゃんの報告を受けて、フィールドを離れる。

 これで全員レベルが二になったね。

 地面に座り込んで息を切らせてる。大変なことになっちゃった。


「でも楽しかったぁ……こっちに敵が集中しすぎて、周りが呆れてたよ」

「それ、全然気づかなかった。周り見てる余裕なんてなかったもん……」

「ノルトさん、ありがとう。雀から庇ってくれて」

「お互い様だよ、こっちもネズミまで手が回らなかった」

「シッポナも格好良かったよ。あの大ジャンプで雀退治したの!」


 褒められて、この猫得意げである。

 楽しんでもらえたのなら、何よりです。

 すっかり意気投合しちゃった四人は、フレンド登録してログアウトしたり、また釣りに戻ったり……手を振って別れる。

 さて、私はまた街に帰って、魔法石売りでもしよう。


 私はきっと、好きに振る舞っていれば良いんだ。

 意識なんてしなくても、気まぐれに動く私に出会った人にとっては『通りすがりの魔道士』になっちゃうんだから。

 彼らのおかげで、私にもそれがやっと解った。

 これで、何の迷いもなくユーミをやれるよ。

 私からも、彼らにありがとうを言いたい。


 ……他のみんなは、どう過ごしてるんだろう?

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