ハロー・ワールド!

 バイタルデータやら、外観やらいろいろなものをチェック、登録してようやくアクセス画面にたどり着く。

 壮大なシンフォニーが流れる、タイトルムービーは今度見るとして……。

 うぉう! 何で佐伯夏姫さえき なつきちゃん?


『いらっしゃいませ、桃沢優美ももざわ ゆうみちゃん。まずはキャラクターを作ってね』


 ガイドキャラにキャラモデルを流用したのか……。

 むぅ……可愛いなぁ……知ってる? 私より年下なんだよ、この娘。

 売れっ子で羨ましい……。

 おっと、妬んでる場合でなく、キャラクターを作らなきゃ。

 顔と身体特徴は本人で固定されているから、髪型、髪色と瞳の色、服装だ。

 髪型は私の宣伝も兼ねて、普段の私と同じエアリーな感じのセミロングのボブにしよう。髪色は……深いグリーンでどうだ! 瞳は淡い若草色。

 服装は、魔道士なので大きなとんがり帽子とローブが定番だよね? 髪が緑系統だから、シルバーが相性良さそう。

 トレードマーク代わりに、大きな星のアクセを帽子に付ける。


『通りすがりの魔道士』ユーミ、誕生!


 そろそろ時間なので、『ミーティングルーム』に行こう。

 ここは楽屋みたいなもので、いつでもどこからでも、ここに来られる。打ち合わせとか……やりすぎて叱られたりする時も、かなぁ?


 わあ、もうみんな揃ってるよ。

 高城さんのお姫様はド派手! 女子高生娼婦さんも清楚で艷やか。

 素のみんなをこの間見ているから、本当に衣装合わせの楽屋みたいだ。


「うん、全員揃ったわね?」


 なぜか、ヤンバルクイナの縫いぐるみが、ワールドデザイナーの蒔田まきたさんの声で話し出す。

 可愛いけど、シュール。


「皆さんの所持品は、私の方で勝手に決めさせていただきました。それと、ちょっとした悪戯で、ユニークスキルを一つ、プレゼントしてあります。ワールドに出たら、ステータスを確認してみてね?」


 おいおい……どこの異世界転生系ラノベだい?

 きっと、使えそうにないスキルを有効活用しなさいってことでしょう。

 本当に好き放題のノリで、やってしまって良いのかな?


「では各自、思い思いのスタート地点を選んで。ただし、『お姫様』と『聖女様』は、申し訳ないけどお城と神殿確定」

「あぁん! やっぱりぃ?」


 アハハ、わがまま姫だ。

 私は……最初の町の噴水広場にいようかな? 最初から、プレイヤーたちに紛れちゃえ!


「先に移動して、どんな状況から始めるか準備しておいてね。ただし、サービス開始後二時間したら、オープニングイベントが最初の町の中央広場で行われるから、その間は強制でお城に飛ばされることだけ、忘れないで。……では、ワールドへどうぞ」


 次の瞬間、私は無人の噴水広場にいた。

 石畳に、レンガ造りの家。うん、良くアニメで見る中世風の街だ。空はうららかに晴れている。街を囲む城塞が遠目に見えた。

 まずはステータスチェック。

 レベル五十! ちょっと盛り過ぎでは……でも、ガイドキャラだからなぁ。良いのか?

 対魔のローブに知識の帽子。手には月光の杖……怖いから装備ステータスはまだ見ない。スタートとしては、とんでもないね。大魔道士の設定だったのか……。

 問題のユニークスキルは……と。


【猫に好かれる】


 ……はい?

 猫は好きだけど……これ、何の役に立つの?

 あ、足元に銀色の子猫がいる。これ、私の子? 貰っちゃうよ?

 覗いてみたら、女の子っぽい。『シッポナ』と名付けよう。おぅ……使い魔登録された。

 これは嬉しい特典。おいでぇ……抱っこしてみる。もふもふの長毛種。


 人が歩いていないのは不気味だけど、街の地図は頭に入ってる。

 まずは魔石屋さんに行って……魔石を下さいなっ。

 ちっちゃな魔石を三十個ほど、買ってみた。

 噴水の所に戻って、腰掛けて……一つづつ魔石を握る。

 むぅ……! と唱えて、魔石に魔法を付加する。きっとこれは欲しがる人が多いだろう。セーブポイントに戻る【帰還の魔石】の出来上がり。

 凄いな……三十個も作って、魔力が減った気がしないよ。これはやりすぎないように注意しないと、他のプレイヤーさんに引かれるなぁ……。

 マントを折って畳んで、石畳の上に敷く。そこに魔石を並べて……ペンで羊皮紙に『一個五シルバー』と書いて立てておく。

 即席、魔法石屋さんの出来上がり。

 スタートの所持金が百シルバーだから、装備の値段と考えてちょっと悩む額だよね?

 他のみんなはどこで、どんな事をしているのだろう?


 やがて、神殿の鐘が鳴る。

 街のBGMが聞こえてきた。シッポナを撫でて待っていたら、徐々にプレイヤーがポップし始める。

 新しい世界に歓声が上がり、走り回ってるね。

 ニヤニヤしながら私が座っているのは、噴水を挟んだポップ地点の反対側。なかなか気づかれないねぇ?

 ちなみに、私の頭の上に表示されているキャラ名は、プレイヤーと同じ水色。完全に紛れることが出来ます。


「早っ! もう商売してるのがいるよ!」


 あ、見つかった。

 でも、とんがり帽子を目深に被って、知らん顔でシッポナを撫でてる。可愛い。


「あの……ユーミさん。これは何の魔石なんですか?」

「【帰還の魔法石】だよ。これを掲げて『リターン』ってコマンドワードを言うと、一度だけ、前にセーブした場所に瞬間移動できるよ?」


 訊かれたら、教えないわけにもいくまい。

 見回すと、もう噴水広場はプレイヤーでいっぱいだ。


「マジックアイテムじゃないか! いきなり、五シルバーでいいの?」

「ワールド、オープン記念の特価だよ。三十個限定」

「下さいっ」


 わーい。飛ぶように売れた。

 ゲーム開始早々に、百五十シルバーも稼いだよ。原価三十シルバーだから、大儲け。


「あの……ひょっとして、コンパニオン・プレイヤーの方ですか?」

「はい。私は魔女のユーミです! こっちは銀猫のシッポナ」

「自己紹介が魔女子まじょこさんだ」


 良かった、某アニメ映画の真似を解ってくれた。


「他のコンパニオン・プレイヤーもいるんだよね?」

「どこにいるのかは私も知らないの。どんな役柄のかは、知ってるけど」

「『姫騎士』とか「聖女』は、いそうだな」

「『悪役令嬢』は、いるのかな?」


 いろいろ予想しているね。

 おっと、そろそろ時間と呼び出しが入った。

 もうすぐ、オープニングイベントが始まるからと言って、手を振って別れる。

 楽屋へ戻ろう。


「優美さん、ズルい。いきなりプレイヤーと接触して人気取りなんて!」


 戻った途端、『聖女様』こと水橋莉音みずはし りおんちゃんが頬を膨らませた。

 周囲の目も、ちょっと冷たい。

 苦笑しつつ、宥めてくれるのは蒔田さんだ。


「そこは、作戦勝ちね。こちらとしても、ちゃんと売りのコンパニオン・プレイヤーがログインしていると宣伝できて、大助かり。まあ、『聖女様』はまだ、神殿から出られないから、ごめんなさいだけど」


 ヤンバルクイナの縫いぐるみに宥められる、私達って……。


「遅くなりました。ここで良いんですよね?」


 突然ポップした、銀鎧の美少女が微笑む。

 え? 佐伯夏姫さえき なつき? 本人? サイン欲しいぞ。


「夏姫ちゃん、忙しい所ごめんね。……みんな、オープニングイベントのMCをサプライズで務めてくれる、佐伯夏姫ちゃん。先輩ゲームの方から、そのキャラで出張してきていただきました」

「よろしくお願いします!」


 噂通りに、性格良さそう。

 妬みは抑えて、見習うべき所は見習おう。

 ……ひょっとして、ログインの時のは、ガイドキャラじゃなかったりするの?

 まさか、あれ本人が直接やってた?


「順番にみんなを紹介していくから、まずは手慣れた夏姫ちゃんにお願いするわ」

「了解です。では、行きますよ」


 全員が、王城のバルコニーの内側に飛ばされた。

 プレイヤーたちのざわめきが、ダイレクトで聞こえる。盛り上がってるね!


「皆さん、こんばんわ~!」


 いきなりの佐伯夏姫ちゃんに、どよめきが凄い。

「ゲーム間違えた?」「何で夏姫ちゃんが……」など、戸惑いと喜びの声が歓声になる。


「オープニングセレモニーの司会を、恥ずかしがり屋のワールドデザイナーさんに代わって担当します。『ファンタジーフロンティア・オンライン』から出張してきた、佐伯夏姫と申します!」


 笑いと拍手。

 ヤンバルクイナの縫いぐるみが、感慨深げに頷いてる。……やっぱり、シュール。


「ウチの方の泉原いずみはらさんなら、嬉々として出てくるのですけど、スタッフの方も色々ですね。本日は、『シールズ・キングダム』正式オープン、おめでとうございます! 大盛況ですね」


 手慣れた感じで、笑いを取りつつ盛り上げてゆく。

 優等生な子役上がりの若手女優だと思ってたけど、上手いなぁ。こんな事もできるんだと、驚かされる。

 充分に座を温めてから、いよいよ私達の出番だ!


「では、皆さんと一緒にゲームを盛り上げてくれるコンパニオン・プレイヤーのキャラクターを紹介しましょう。……約一名、フライングしてましたけどね」


 あ、イジられた。

 笑いとともに「ユーミちゃーん」と呼びかけがあって嬉しい。覚えてくれた。


「まずは……このゲームの顔になるのかな? このお城のお姫様、ジュリア姫!」


 ド派手なお姫様の登場に、広場がどっと沸き返えった。

 ジュリア姫もピシッとポーズを決めて、煽る煽る。


高城たかぎジュリア?」

「うわぁ、何か有り得ないツーショット」


 顔を見て、すぐに名前バレする彼女が羨ましい。

 でも確かに、優等生な佐伯夏姫とギャルそのものの高城ジュリアのツーショットって、異質過ぎかも?

 二人のトークも、妙に噛み合わなくて楽しいね。


「続いては、神殿におわす『聖女様』……大司教リオン!」


 静々と現れる最年少に、どよめきが大きい。

 ちんまりした印象が有るから、実年齢よりも子供に見えるんだよ。

「小学生?」なんて声に反論したそうだけど、プライベートの話は厳禁なので、必死に堪えてる。可愛い。

 代わりに夏姫ちゃんが


「念の為、小学生ではないと言っておきます!」


 と断言したら、なぜか更に盛り上がった。

 男子は不思議。


「次は……ちょっとフライングしちゃった『通りすがりの魔道士』……ユーミ!」


 おっと、ネタバレしちゃったせいか、三番目に呼ばれちゃった。

 慌てて、バルコニーに出る。もちろん、シッポナを抱いたまま。

 とんがり帽子を取って、お辞儀をしよう。


「え……ひょっとして、桃沢優美?」


 あ、特撮界隈に詳しい人がいたみたい。「誰それ?」って声も有るけど、解ってくれる人がいただけで、嬉しい。


「わぁ、銀色ニャンコが可愛い。この子のお名前は?」

「私は魔女のユーミです。こっちは銀猫のシッポナ」


 うん、笑いが取れて満足。

 夏姫ちゃんは、まだシッポナを撫でてる。……かなりの猫好き?


「いいなぁ……私もペットキャラが欲しいな。あっちで泉原さんにおねだりしてみようか……。それはともかく、突然のフライングはどういう理由なのかな?」


 ああっ、そこを攻めますか?

 意外と意地悪? ここは上手く返さないと!


「ほら、私は『通りすがりの魔道士』だから。……いつ、どこに現れるのか解らないキャラですよ?」


 笑いと拍手。やったね。

 夏姫ちゃんにも、受けてる。


「納得しました。皆さんもどこかで見かけたら、気軽に声をかけてあげて下さい。シッポナちゃんは撫で心地がとても良いです」


 まだ、撫でつつ夏姫ちゃんが笑う。

 次の人に場を譲らなきゃ。


 私と『シールズ・キングダム』というゲームの長い付き合いは、こうして始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る