大阪城ではたくさんの人が死にはった。昔に何度か戦さがあったさかいに。

烏目浩輔

プロローグ

 ※プロローグ



 大阪のシンボルにもなっている大阪城には、錦城きんじょうという別称があり、日本三名城のひとつにも数えられている。

 しかし、初代の大阪城は一五八五年(天正てんしょう十三年)に、豊臣秀吉によって築かれたのだが、当時の大阪城はもう目にすることができない。

 大坂夏の陣で豊臣家が徳川家に敗れ、初代大阪城は取り壊されてしまっている。

 現在建っている大阪城は市民の寄付金によって、一九三一年(昭和六年)に復興されたものだ。


 このように現存の大阪城は比較的新しいものだが、大阪城が建つ地には長い歴史が刻まれている。その歴史には血腥ちなまぐささを否めないものもある。先にも少し触れた大坂夏の陣では多くの死者が出た。

 特に大阪城を守っていた豊臣方の状況は悲惨だった。


 徳川家に通じていた裏切り者が、いくさのの最中に厨房に火をつけた。大阪城はあっという間に火の海と化し、敗戦を覚悟した豊臣方の者たちは、城内で次々と自害していったという。


 彼らの強い無念と流れ出た血が、大阪城が建つ地には染みこんでいる。


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