第4話 出発
「ん……」
ラクリスは定期的に聞こえて来る「コン コン」っという音に目を覚まし、自分の体調が良くなった事に気付いたのか、胸に手を当てながら起き上がる。
視線をずらすと、そこには何秒かに1回石を放り投げているエデンの姿があった。
「あ、あの」
「ん? あぁー……やっと起きたか。起きたならさっさとそこから退けろ」
エデンは椅子から立ち上がると、フードを深く被り直してラクリスに言う。
「え……」
「寝るんだよ。そこは俺のベッドだ」
「え、あ、すみません」
未だに状況が理解出来てないのか、ラクリスは眉を八の字にしながらベッドから立ち上がる。それを確認したエデンはラクリスを外に出て行く様に手を払うと、フラフラとした足取りでベットへ向かい、寝転んだ。
(あ、アレ? 私こんな所で寝てましたっけ……?)
何も言わずに眠りに着くエデン。そこでやっと意識がハッキリしてくる。
昨日は1階にある畳で寝させて貰った筈、何故こんな所に。とラクリスは混乱しながらも階段を降りる。下へと行くと、出迎えたのは頭に白い三角巾を付けた蝙蝠ヨルだった。
「あら、起きたのね。おはよう」
「え、あ、おはようございます」
小さな箒で店の窓付近を掃除していたヨルは、ほんわかな雰囲気を醸し出しながら挨拶を交わす。
「あの人は?」
「あ、今ベッドに……」
「じゃあ起きてくるのは昼前……そうね、折角だから貴女も食べて行く?」
それから2時間後。
「貴女のお陰でピッカピカ。お昼ご飯までもう作り終わっちゃった、ありがとね」
「いえいえ、全然です。ご飯も頂いてしまいましたし……」
店の畳の上、休憩がてら座ってお茶を飲む2人。
昨日よりも輝いている床、棚や窓の縁までピカピカになった店の中は居るのを躊躇わせる程の綺麗さだ。
「昨日まではあんなに体調が悪そうだったのに、病み上がりでこんなに働かせてごめんなさいね?」
「いえ、ご迷惑をお掛けしましたので」
「そんな、いいのに」
ラクリスは頭を下げた。
恐らく、恐らくだが自分の病は既に治っている、そんな確信がラクリスにはあった。何十分か毎に襲い掛かる激痛が、起きてから1時間程無いのだ。
それに店の座敷で寝てた筈なのに、エデンの部屋で寝ていた……何かあったのは確実だった。
(私は助かった……何で? まさか今まで夢だったとか……ないか)
「ふわぁ……」
階段から外套を被ったエデンが大きく欠伸を噛み殺して降りてくると、それに反射的にラクリスは身体を強張らせる。
「あら、おはよう」
「うぃ〜……って、何だまだ居たのか?」
腹をボリボリと掻くエデンは、ラクリスを見てぼやく。
「え、えぇ」
「おー……ん? あー、取り敢えず飯にしよう」
戸惑うラクリスを横目に、エデンはテーブルの上に乗ったご飯を見つけ、椅子へと座った。
「ま、お前の体調についても詳しく教えてやるから、早く来い」
そう言われラクリスはオドオドと、エデンの向かい側へと座る。
テーブルの上には、ロールパンが2つに素朴な豆のスープが乗っており、エデンが口を付けるのを見て、ヨル、ラクリスと口を付ける。
「あの、私の病気を治してくれたのって店主さんですか?」
「いんや? てか治ったのか、良かったなぁ」
「え?」
予想外の反応だったのかラクリスは、ポカンと口を開ける。
「ん? 何だぁ?」
「い、いえ、てっきり私は店主さんが治してくれたんだとばかり……」
「違うぞぉ、此処は辺境だし空気が綺麗だとかで、治ったんじゃないか?」
「な、なるほど……」
エデンの言葉にラクリスは首を傾げながら一応納得の返事をするが、それで今まで苦しんでた不治の病が治るだろうか。
(いや……何人の医者に見せても治らなかったのに、こんな簡単な事で治る訳ない。十中八九、店主さんが何かしてくれた筈だけど……)
何故治した事を隠すのだろう?
ラクリスはエデンの様子を伺うが、エデンはのんびりとご飯を口に運ぶだけ。
何か訳があるのかもしれないが、エデンが隠すのなら深くは聞かない方が良いだろうと、ラクリスは区切りをつける。
「それでは此処に泊めて貰ったお礼に、私に出来る事であれば何かさせてくれませんか? 偶々とは言え、此処に泊まって治った訳ですし……」
「あ"ぁー……良いのか?」
ラクリスは感謝の意を伝える為にそう提案すると、エデンは考えた後少しふざけた様に言った。
「タバル国にあるという"幻の龍の緋石"が見てみたいなぁ」
「"幻の龍の緋石"ですか。少し難しいかもしれませんが……分かりました! 任せて下さい!」
「少しぃ? "幻の龍の緋石"だぞ?」
「え、はい。タバル国の昔話にもなってるアレですよね?」
ラクリスのあっけらかんとした態度に、エデンは顔を歪め言い返すが、反応は変わらない。
タバル国騎士団長、聖騎士のラストが言うには噂程度の存在。ラクリスがここまで確信めいた様子なのは、エデンにとっては予想外だった。
「えっと、実はそういう本を実家で見た事があるんですよ」
「……それだけじゃ見せれるとはならないだろう」
「いえ、それがそうでもないんです。その本には『幻の龍、此処に眠る』って書かれていて、そこに出て来る街の特徴がまるっきり実家のある街に似ているんですよ!! しかも小さい時、街でもそういう本を見つけた事があるんです!!」
「何で………いや、そうか。それじゃあ行くしかないなぁ」
ラクリスの苗字はアルザック。アルザック公爵家なら、そんな本があっても何ら可笑しくは無いと判断し、エデンは立ち上がる。
「え、え? 何処にですか?」
「何処って、そりゃあお前の屋敷に決まってんだろ。本があるんだろ?」
「え!? そ、それは、ちょっと……あの」
「嘘だったのか?」
「え、あ、そ、そういう訳では……」
「なら"契約成立"だな」
エデンはラクリスの腕を無理矢理に掴んで、身の着のまま店から出る。そしてそれを追う様にヨルは扉に『閉店』の名札をぶら下げ、飛び出した。
突然の動きにラクリスは戸惑い、そして驚愕した。
(こんなに、自分の身体って軽かったんだ……)
何年も自分の体を蝕んだ病、それが一晩の内に治ってしまった。まるで奇跡の所業。これからの不安もあるが、自分の病は治った。
その感動がラクリスの視界を少し潤ませる。
「遅せぇぞ!!」
「ふふっ……今追い付きますよ!」
「いや………まだ遅い。ヨル!! 持ってやってくれ!!」
「は〜い!」
「……え"?」
目的地は、タバル王国でも最東端に位置する、交流が盛んな街。
アルザック領ラクトの街。
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