第5話 ラクトの街 門所

 エデン達は2時間程掛けて、ラクトの街へと続く門の近くまで来ていた。

 遠目に見えるは石畳などで舗装された道ではなく、多くの人や馬車が行き交ったのか踏み固められただけの道のようだ。



「……突っ走った方が早い」

「超スピードで移動すると目立っちゃうでしょ!」

「し、死ぬかと思いました……!」



 

 本来、店から徒歩で街へと向かうとしたら約3時間掛かる道のりが、何故2時間で街へと着いたか……それは飛んで来たから。ヨルとラクリスに限っては、文字通り『飛んで来た』からである。

 エデンは地上を常人を超える速さで走り、ヨルはラクリスを持って飛ぶ……否応にも目立ってしまうだろう。



「まさかヨルさんに運んで貰うとは……」

「ラクリスは軽いわね〜、もっとご飯食べた方が良いわよ?」



 ヨルは拳大の大きさだ。それにも関わらず、人を楽々と持って運ばれるとは思うまい。

 ラクリスがヨルに向かって苦笑いを浮かべる中、エデン達はラクトの街の門まで続く道を歩いて行く。



「うわぁ〜……だりぃ〜」



 そして、ラクトの街の門が見えると同時に、門前まで続く長い行列に大きく溜息を吐いた。

 全長は1キロ程だろうか、何台もの馬車や冒険者が立ち並び、進むスピードも遅い。



(本来ならもっと早く来れたが……コイツに何かあっても面倒だからな)



 移動するにも、それが運ばれていたとしても意外に体力は使う。ラクリスは一応病み上がりだ。無理は出来ない。しかもラクリスに怪我でもされたらーーと考えた所で問い掛ける。



「そう言えばラクリスって公爵家の令嬢だよな?」

「え、えぇ」

「この行列を追い越して、すぐに街の中まで入れたりするんじゃないかぁ?」



 名案と言わんばかりにエデンが言う。

 確かに、アルザック公爵家の名字を持つラクリスならこの列をショートカットし、直ぐにでも街へ入る事が出来るだろう。

 しかし、ラクリスの反応は顕著と言って良い程良くなかった。



「あ……いや、それは目立ってしまいますし」

「あぁ? 別に目立っても俺は構わないけどなぁ……それにラクリスの知り合いって言った方が、何の検査も無しに入れそうだ」



 エデンの心配する所は、この『吸魔の外套』を脱がされる事にある。

 普通に街に入るとしたら、この外套は脱いで身体検査をしなければならなくなってしまうだろう。そうした場合、その場で黒煙が溢れ出てしまう。


 それを何とか出来ない訳でも無いが、エデンは疲れていた。



("永久付与"は骨が折れる……)



 昨日ラクリスに行った切り火。

 あれはラスト等に行った"ただの付与"とは違う。

 永久に付与を続かせないと病は治った事にはならない。つまりは、付与で無理矢理『回復魔法の真似事』をしているのだ。

 そしてこれがラクリスに対して、『自分が治した』と言わなかった理由でもあった。もし、これがラクリスの口から多くの者に広まりでもしたら沢山の客が来る。それはエデンの最も避けたい事項。



(毎日こんな疲れてたらやっていけないよなぁ)



 エデンは欠伸を噛み締める。



「で、でも……」

「良いから行くぞ」



 変に力を使い過ぎた所為で正体がバレ、国に捕まるなんてもっての外だったエデンは、ラクリスの腕を引っ張り前に居た列の者を追い越そうとした。その時ーー。



「おい!! 待ちなっ!!!」



 直ぐ前に居た冒険者風な3人組のリーダーらしき筋骨隆々な者が叫ぶ。



「あぁ? 何だぁ?」

「いや、何だじゃねぇよ。お前、この列が見えねぇのか?」

「何言ってんだ? 見えてるから追い越そうとしてるんだろぉ?」

「尚更タチ悪いわ!? 早く俺達の後ろに並んどけ!! そこらの商人に目でも付けられたら面倒だぞ!!」



 どうやら心配で怒ってくれたらしいその男は、口の横に手を当て、逆の手の親指で後ろを指す。

 だが、それは要らぬ心配だろう。



「安心してくれ、こっちにはラクリス・アルザック様が居るからな」

「はぁ?」



 エデンはその冒険者の前にラクリスを突き出す。

 すると、そのリーダーらしき冒険者とは別。後ろに控える細身の男冒険者が分かりやすく顔を歪めた。



「って………何だ。卑怯者じゃねぇか。生きてやがったのか」

「っ!!」

「っ! おい!」



 卑怯者、どういう意味だろうか。



「あー………悪いな」



 細身の冒険者の男が遠ざかってくのを見て、リーダーらしき大男は手を挙げて眉を八の字にして去って行く。



「何よあの人! 急に感じ悪くなっちゃって!!」

「おー……てか、ヨル。お前声大きいぞ」

「あ……ご、ごめんなさい」



 世にも珍しい喋る蝙蝠ヨルの事を窘めながら、エデンは横目でラクリスを見た。

 ラクリスは居心地が悪そうに地面を見て眉を顰めている。拳を握り締め、今にもあの冒険者に殴り掛からんとしている様にも見える。



「あ"ー……おい、行くぞ」

「は、はい」



 エデンはそれに気づいてないかの様な振る舞いで、ラクリスを促した。実際、エデンにとっては関係の無い事ではある。一先ず、街に無事に入れる事を最優先した方が良いだろう。



「君達、ちゃんと列に並びなさい……ってラクリス様?」

「リドム、久しぶり」

「ら、ラクリス様! ご無事だったんですね!」



 門前まで着くと、何人かの門番らしき騎士が居る。

 そんな中、20代ぐらいの茶髪の精悍な顔つきをした男がラクリスを出迎えた。さっきの冒険者とは、打って変わっての反応だ。



「うん、一応ね」

「ラクリス様が『遊猟の森』に行かれたと聞いた時はこのリドム、心臓が止まる所でした。でも戻って来たという事は入らないで戻って来たという事ですね」

「あー……そうね。それよりもリドム、街の中に入りたいのだけど?」



 ラクリスは色んな状況を考えた結果、『遊猟の森』へと入っていない事へとし、話を進める。



「はい! 勿論ですが……その後ろの大きい者は?」



 リドムは、エデンを見て目を細めた。

 身長は人族としては大きな190強。


 タバル王国では、明確な種族差別など無いものの、戦乱の時代。まだエルフ族やドワーフ族、竜人族ドラゴニュート獣人族ビースト、所謂『亜人』と土地を巡って対立していた頃の名残りから、遺恨が未だに根強く残っていた。その為、容姿を意図的に隠している者に変な視線や態度を送る者も少なくない。


 増してや、エデンの格好は全身真っ黒な外套でフードまで被っていて、病的にまで白い肌に飄々した様子の口元しか見えない。肩には蝙蝠、怪し過ぎるだろう。



「知り合ったの。人族だし……通してあげて」

「しかし……この者信じて良いんですか?」

「大丈夫。実害は無いよ。多分」

「多分って何だぁ、『確実に』だろ?」

「……」



 エデンのテキトーな話し方に、リドムは深く眉間に皺を刻む。



「はぁ、私の命の恩人なの」

「! そうでしたか! そうであるなら先に言ってくれれば………ラクリス様? もしかして『遊猟の森』に入ったんですか?」

「その話は良いから、疲れてるの。早く入れて」

「……後でお話は聞かせて貰いますからね」



 リドムはラクリスを先に街の中へと入れると、エデンとヨルと共に門所の中の一室へと入り、質疑応答と軽めの荷物検査をエデンに行った。



「ふむ……目立ったものは持ってなさそうだな。ん? これは何だ?」



 リドムは外套の上から、横腹辺りに膨らみを見つけ問い掛ける。すると、エデンはそれを取り出した。



「ただの袋だよ。石が入ったな」



 そう言ってエデンは豪華な装飾など皆無に等しい皮袋から、数個の石を取り出しリドムに見せ付ける。



「ほう。これはまた色鮮やかな……」

「こういうのを集めるのが趣味でな」

「特段、危険な物は無さそうだな……そいつは小蝙蝠スモールバットか? テイムはしているのか?」



 リドムは石をいくつか触り確かめた後、肩に乗るヨルを指差す。



「あぁ……テイムしてる」

「なら、この名札を付けてやってくれ。街の中でテイムされた魔物という証明が出来る」



 シンプルな装飾でそこまで大きくない名札を渡されヨルの首に掛けると、ヨルは一頻り名札を見た後に満足げに毛繕いをする。

 そしてリドムは、さらっとメモを取り終え部屋の扉を開ける。



「これで検査は終わりだ。行くぞ」

「くぅ〜……やっと中に入れるのか」

「本来ならその外套を脱いで、身体の隅々まで調べる上にこんな質疑応答だけでは終わらないからな? 犯罪歴があるのかどうか、今までどこの街にどれくらい滞在していたのか……その他諸々を省いての検査。ラクリス様が命の恩人だと言うから、この時間で終わるのだ。感謝しろよ」

「はぁわ〜……ん? おー、感謝だなぁ」



 捲し立てる様に告げるリドムだったが、大欠伸を隠そうともしないエデンに思わず苛立つ。



「お前……ラクリス様の命の恩人だか知らないが、もう少し礼儀を弁えるべきだ。あの人は私達とは比べ物にならない高貴なお方。これ以上無礼を働くなら、ラクリス様1番の騎士リドムがお前を許さない」

「はっ……公爵家の娘ってだけだろ? 親の脛を齧って生きている娘に媚び諂ってもな?」

「お、お前!! 何て事をっ!!」



 エデンの挑発とも取れる言葉に、リドムは顔を一瞬の内に赤く変化させ、剣に手を掛けた。


 距離は2メートル離れてるかどうか。逃げるような場所は無く、壁や床も直ぐに壊れる様な物ではない石の造り、そしてリドムの攻撃範囲内。

 つまりは、何の武器も持っていないエデンの相当な不利。




「おいおい、それはダメだろぉ」




 しかし次の瞬間。




(………な、なにが、起きた?)




 何故か地面に転がっていたのはリドムの方だった。

 自分でもどうなったのか分からず、剣を抜こうとしたら視界がひっくり返った。



(この男がやったと言うのか……?)



 信じられない、と思い呆然とするがそうとしか考えれないリドム。

 目の前ではエデンが怠そうに頭を掻いており、やったようには見えない。しかし周りには人が居ないという今の状況がこの現状を如実に表していた。


 数秒後、奥から軽快な足音が聞こえて来る。



「ちょっと! 何してるの!! 大きい音が聞こえたんだけど!?」



 焦った様子のラクリスが門所の中へと入って来る。リドムの叫び声に、その後の鎧が地面に叩きつけられた音の事を言っているのだろう。



「リドム!! 貴方は何で剣に手を掛けて倒れているのよ!!」

「あ、い、いえ、これは!」

「私言ったわよね!! この人は私の恩人だって!!」



 倒れていたリドムは急いで立ち上がり弁明しようとするが、それを遮るようにラクリスは指を差してリドムを叱り付ける。



「さっ! 早く行きましょう!!」



 ラクリスはエデンの手を引いて、足早にラクリスの街へと入る。遠くなって行く2人の後ろ姿を、リドムはただ見つめる事しか出来なかった。

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